夢現境界 -博麗神社・参-
「よっと……」
箒にまたがる魔女は、やがてふわりとスカートを風で膨らませながら着地した。
白いリボンの主張が大きい帽子を脱ぎつつ、魔女があなたに笑いかけながら口を開く。
「なぁあんた、霊夢を見なかったか? ここの巫女のことなんだが」
ふんだんにフリルをあしらった服装はエプロンドレス。まぶしいくらいに艶やかな金髪を持つ魔女は、どうやら霊夢を探しているようだ。霊夢なら先程母屋の方へお茶を淹れに行ったので、直に戻ってくるだろうという旨を伝えると、魔女は感心したようにあなたを見て、一言。
「ほう、さてはあんた、中々いい金額を賽銭箱に入れたな?」
煽るような笑みを浮かべてあなたの脇腹をつつく真似をした。中々勘の鋭い、とあなたは舌を巻きかけたが、この魔女が鋭いのではなく恐らく霊夢の行動原理がはっきりしすぎているのだろうと思いなおした。どちらにせよ事実なので取り敢えずとばかりにうなずいておく。当然だが投じた金額は伏せておいた。あなたは反省を活かせる旅人なのだ。
「まっ、だとしたら待ってるかな。私の名前は霧雨魔理沙っていうんだ。よろしく頼むぜ」
魔理沙と名乗った少女は口元を緩めながらあなたの隣に飛び乗るように座り、右手を差し出してきた。手を向けるのはこの世界独特の挨拶だろうか? ……と、一瞬あなたの思考回路が素っ頓狂な方向に行きかけたが、なんとか魔理沙の差し出された手に応えることができた。
正直、握手を求められたのは何十年、下手をしたら百年ぶりかと言うほど久しぶりだったのだ。所作を忘れてしまうのは仕方がない。
「今年も桜は綺麗に咲いてるなー。宴会が待ち遠しいぜー」
足をパタパタと交互に揺らしながら独り言ちる魔理沙は、あうんとはまた違ったベクトルで快活そうな少女だ。彼女もまた、霊夢の友人なのだろうか。あなたは軽く自己紹介をしつつ、そのことについて尋ねてみた。
「んー友達というかライバルというか腐れ縁というか……そんなとこだぜ。面と向かって友達だっていうのは、なんか恥ずかしいな」
照れたように魔理沙は頬をかく。
「っていうかお前は随分変わってるな。幻想郷で旅人なんて珍しいぜ」
それはここに来るまでに出会った全ての人々に言われたと、あなたは笑いながら答えた。この世界は、あるいはこの地域はかなり閉鎖的な場所なのか、それとも旅という文化そのものがないのか。考えるあなたはしかしこれはいい機会だと思い、魔理沙に一つ疑問を投げかけてみることにする。
この世界に、旅という文化はないのかと。
「旅、か……ないな。どこに行くにも、遠足みたいなもんだ」
と、魔理沙は答える。何気ない質問の答えに偽りはなく、正真正銘この世界に旅という文化は根付いていないようだ。
「空を飛べれば、幻想郷はそれほど広くないしな。空から地獄の底まで、文字通りひとっとびさ」
足を投げ出しつつ、半ば投げやり気味な魔理沙の口調で旅が根付かない理由を理解する。普通の人間にとって外出は危険極まりないし、そうでない者にとって幻想郷は狭すぎるようだ。
ちなみにあなたは空を飛ぶ手段こそ持っているが、今回の旅行でそれを使うかは悩んでいた。魔理沙の言う通り本当に容易く幻想郷を一周できてしまうのであれば、やはり使用は控えるべきだろうか。
ふとあなたは、人里で出会ったかえでの事を思い出した。彼女も空を飛んだりするのだろうか。
「ちょっと、なんで増えてるのよ」
「おっ霊夢ー! お茶もうひとり分追加!」
そんな取り留めのない話に一旦区切りがついた所で、お盆を持って縁側にやってきた霊夢が文句を溢したのにあなたは気が付いた。体をねじらせて霊夢の方を向いた魔理沙が、人差し指をピンと立てて茶をねだっている。
「湯飲みなら自分で持ってきなさい」
「ちぇー、ケチな奴だな」
言いながら霊夢があなたの湯飲みにお茶のおかわりを注いでいく。礼を言いながらそれを受けとったあなただったが、それに口を付けることはなかった。
やがて自分の湯飲みを持ってきた魔理沙も急須に湯を淹れて茶を作る。
「ふい~いやぁ喉乾いててさ、ありがたくいただくぜー」
そうして淹れたお茶を一気に飲み干した魔理沙は……それはもうすこぶる分かりやすく表情をゆがめた。苦虫を数十匹はかみつぶしたかのような面持ちだ。なお繰り返すが淹れられた緑茶は全く苦くない。これっぽっちも苦くない。
「……おい霊夢。お前またお茶っ葉シブっただろ?」
「んなっ失礼ね! そんなことするわけないでしょ!」
ああ、そしてやっぱりというべきか。慌てて魔理沙の言葉を否定する霊夢はこの緑色のお湯を美味しく飲んでいたらしい。
「……薄いぞ。めっちゃくちゃ」
「えっ、そっ、そんなはずは……あ、あなたは普通に飲んでましたよね? 普通のお茶でしたよね? 薄くありませんよね?」
すがるような眼で霊夢があなたを見る。しかしあなたにできるのは肯定とも否定とも取れない曖昧な回答をすることだけだ。
あなたがしばらく何も言えずにいると、魔理沙の表情がみるみる内に可哀想な物を見る目に変わっていく。
「霊夢……お前とうとう」
「ち、違う! 今日はそう、多分、風邪気味なのよ! だから味が分からなくなってるんだわ!」
「やれやれだぜ。あんたも遠慮せずに言ってやってくれよ」
話を振られたあなたは、解せない面持ちの霊夢のためにも愛想笑いでやり過ごす。
折角ふるまってもらったものにケチをつける程あなたは図々しく生きられないし、なにより色々な世界での飲食に慣れているあなたにとって、薄味程度の問題は些末な物なのだ。
「えーっと、そういえばあなたは旅人なんですよね? この後は何処に行くんですか?」
なじるような魔理沙の視線か、それとも苦笑いを続けるあなたを見てか、いよいよ耐え切れなくなったという風に霊夢が話題を変える。
その質問に対しては決めかねている、と正直に答えた。目立つような観光名所でもあればいいのだが、生憎ここに来るまでの道であなたの目に留まった物はない。
「ほう。そういうことならっ」
頭の上に電球を出しながら、魔理沙はぴょんと縁側から跳ねる様に立ち上がる。
「この私が幻想郷観光ツアーのガイドを務めてやってもいいぜ?」
「はぁ? いきなり何言い出すのよ魔理沙」
唐突な、あまりにも渡りに船というか、あなたにとって都合の良すぎる提案に一瞬耳を疑う。しかし得意げに胸を張り続ける魔理沙の態度を見るに、どうにも聞き間違いとか、からかわれているわけではないようだ。
願ったりな申し出に甘えても良い物かと悩んでいる間に、魔理沙は続ける。
「ちょうど暇だった……もとい、仕事を探してたところでね。どうだ? 退屈はさせないと思うぜ」
「思いつきなんだから……無理に付き合わなくても良いですよ」
星が出てきそうなほど綺麗に片目を瞑った魔理沙に対し、霊夢は呆れている様子だ。きっとこの魔理沙という少女は、行動力に溢れた子なのだろう。そしてそれによって人をひっかき回すタイプだ。
とはいえ、あなたとしては振り回されるのは望むところである。
旅は道連れ。人とのつながりを大事にするほど旅が面白くなるというのは、あなたがこれまでの人生で学んできたことだ。
二つ返事で頷いたあなたを見た魔理沙はパチンと指を鳴らす。
「よし! 決定だな。霊夢も来るか?」
「やめとくわ。これから掃除しないとだし」
「ちぇー。まぁいいや」
にべもなく断る霊夢に魔理沙が口をとがらせるが、しかしすぐに気を取り直して箒にまたがる。大きな帽子をかぶって箒に乗る彼女は、正に物語に出てくる魔女のようだ。黒猫と一緒にいさせたら映えるのではないだろうか。
「あ、っていうかお前って飛べるのか? 飛べないなら私の箒に乗せてやるぜ?」
しばしその姿に見とれていると、箒の後ろ側を手で叩きながら魔理沙がそんな提案をした。後ろに乗れと言いたげな所作だが、あなたは顎に手を当てて少しだけ考える。
飛べないかと聞かれれば答えは飛べるになるのだが、先程言った通りあなたはこの世界を割とのんびり周るつもりだ。空を飛べば目的地まで一直線である事に間違いないだろうし、空からの景色というのもまた一興なのだろう。それでも旅の始まりでもあるので、今回ばかりは徒歩で目的地に向かいたいと進言する。
すると魔理沙は驚いたように目を見開いたが、すぐに口角をあげて箒から飛び降りた。
どうやらあなたの提案は聞き入れてもらえたらしい。
「まずは歩いてみたいなんてほんとに旅人みたいじゃないか! 良い度胸だぜ」
ほんとにも何も、あなたは数多の世界をこの足で歩いてきた本物の旅人である。そう言うと今度は「おお~」という感嘆の声と共に魔理沙の表情がパッと明るくなる。こうして見ると魔理沙は鉄面皮で達観しまくっている霊夢と違ってどこまでも表情が豊かだ。
「くぅ~~良いなぁ旅行! 私も色んな世界に行って大冒険してみたいぜ! なぁなぁ、道中旅の話を聞かせてくれよ。良いだろ?」
「やっぱりそれが目的だったか」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる魔理沙にあなたは素直に首肯する。こと土産話という事に関してあなたは全く困った試しがない。正に有為転変と言っても過言ではないあなたの冒険譚はどこを取っても大衆の興味を引くこと請け合いである。
「あんまり変な所に連れてくんじゃないわよー」
あきれ気味だが友人の暴走をそれとなく諫める霊夢。「わーかってるって!」と満面の笑顔で拳を握る魔理沙に対しては肩をすくめる他ないようだ。
とはいえ旅に多少のトラブルや問題は付き物だし、あなたはそれすらも醍醐味だとさえ思っている節がある。なのでスラム街でも地下の賭博場でも面白そうなら大歓迎だと言い含めておいた。
「どこでも良いって……あなたも大概怖い物知らずですね。言っとくけど、幻想郷はそれなりに危険な所も多いですよ」
「まぁまぁ慌てるな旅人。魔理沙さんツアーは安心安全設計だから、任せときな!」
好奇心が命の執着に勝ったのはいつ頃だったか、そんな忠告も今のあなたにとっては冒険心をくすぐらせるスパイスにしかならない。望むところだと持ち上がる口角を隠しもせずに言えば、霊夢は少し驚いた顔をしてから、諦めたように息を吐いた。
かくして、あなたは魔理沙の安心安全設計ツアーに参加することになる。
-人物名鑑-
霧雨魔理沙
種族:人間 職業:魔法使い 身長:やや低 住んでいる所:魔法の森
森に棲んでいる至って普通の魔法使いさん。
負けず嫌いで努力家の彼女は霊夢のライバル兼友人兼腐れ縁のようで事あるごとに一緒にいたりいなかったりする。
弾幕はパワーだよ。
ホットミルクでも飲みながら続きをお待ちください。