砕けたルビー
私のウサギさん、と貴方が僕を呼んでくれるから、僕はアルビノで良かったと思いました。赤い目を、貴方は殊の外、気に入ってくれましたね。貴方の瞳が涙含み、両親の帰らぬことを告げた時、僕の心は打ち砕かれました。少なからず望む思いが僕にもあったからです。それは反逆で背徳で罪悪でした。僕は貴方から離れて、独りふるさとに籠りました。風の知らせで貴方の近況をそれとなく知りながら。貴方をお慕い申し上げていたのがいつからだったのか、僕にももう解りません。気づけば虜となり、貴方に夢中でした。一度、口を滑らせて、僕のお姫様と呼んでしまいました。貴方は嬉しそうでしたが、僕は言ってから恥ずかしく面映ゆく、何とも気まずかったものです。七年の月日を経て、貴方は匂うように嫋やかな佳人となられました。僕の目にはとても眩しく、遠い存在でした。けれど貴方はまた、僕を私のウサギさん、と呼んでくれた。どんなに。どんなにそれが嬉しかったか、きっと貴方は終生、ご存じないままでしょう。僕は再び手を伸ばしました。貴方の手を捉えて、二度と離さぬように。腕の牢獄に閉じ込めました。貴方は優しい人でしたので、不服を言うでもなく、大人しく僕の囚われ人になってくださいました。選び切れない貴方が、唯一と僕を選んでくれた時、僕はもう十分だと思いました。この思い出だけで生きていける。死んでも良いと。臓腑の全てでも貴方に捧げる。
一切れの林檎を食む皓歯が綺麗で、つい見惚れた時。
どうしました、聖さん。
不思議そうに小首を傾げた貴方が、愛おしくてなりませんでした。掻き分けても掻き分けても、僕の心には愛情しか見当たらなくて、息苦しくてどうにかなるかと思いました。
……好きだと思いまして。
貴方は笑いました。
ああ、今年の林檎は出来が良いですね。蜜がよく入っている。
見当違いの答えに、僕は可笑しいような悲しいような気持ちになりました。釣忍が鳴っていて、月桃香が揺蕩っていた。砕けていたルビーの欠片を、貴方が丹念に拾い集めて、接いでくれました。僕はもう、ずっと昔から貴方に救われているのです。でも僕は駄目になりそうです。貴方を愛し過ぎて、気が狂いそうなのです。全て貴方のせいなのです。貴方が悪いのです。そう言って、卑怯な僕は責任を転嫁します。それでさえ、貴方はきっと笑って許してくれるから。
どうか。
どうか砕けたルビーの一粒でも、貴方の心に残るなら。