あんぱんと缶コーヒーと、ナシゴレン。
手配中の連続窃盗犯の自宅アパート前。
道端に止められた車の中で、俺はアパートの入り口を注視していた。
「先輩、買って来たっすよ。あんぱんと、缶コーヒー」
バディを組んでいる新人の女刑事が助手席に乗り込んで来た。
「悪いな。遅かったな?」
「いやー、混んでまして。並びましたよ」
そう言う新人の手には、フラッペ&カプチーノのカップ。見慣れたチェーンのロゴ入りだ。
「お前のそれ、買う時に……か?」
「そりゃそうっすよ。あんぱんと缶コーヒー買うのに並ぶわけないじゃないすか」
「張り込み中にカフェで並んでんじゃねえ」
こいつよく刑事になれたな。俺は憤然とあんぱんにかぶりつく。
「……お前は食い物は買わなかったのか? 少しでも食っとかねえと身がもたんぞ」
「あ、さっき頼んだんで、もうすぐ来ると思うっす」
「来る?」
その時、車のサイドガラスがノックされた。
「どうも、デリバリイーツです!」
「あ、どもー」
街でよく見るフードデリバリーのバックパックを背負ったロードレーサーの配達員から、新人は笑顔で容器を受け取っている。
「……何だそれ」
「ナシゴレンっす」
「ナシゴレン」
「あーッ、おいしそうー!」
膝の上に容器を広げ、新人は甲高い歓声をあげている。
「張り込み中にデリバリー頼んでんじゃねえ、目立つだろうが! なに車内にエスニック臭漂わせてんだ!」
「あげないっすよ?」
「いらねえわ! 張り込み中だぞ、あんぱんで腹満たすくらいでいいんだよ!」
「あんぱん食べても犯人は現れないっすよ、先輩。バイキンマンじゃあるまいし」
うぇっへへ、と笑う新人。腹立つ女だな。
「それにいまどきデリバリー頼んだからって別に目立ったりもしないっす。ホラさっきの人、そこのアパートにも行ってる」
「あ?」
配達員の自転車が、張り込み先のアパート敷地内へと入っていくのが見える。
「何だと、くそッ!」
俺は缶コーヒーで口の中のあんぱんを流し込むとドアに手をかけた。
「どしたんすか?」
「ばか、張り込み中に何見てたんだ、アパートの住人は全員出払ってるだろうが。行くぞ!」
足早にアパートに向かう。
「死角からホシが戻って来てたのか? いや、あるいはあの配達員自身がホシか? だとしたら図太い相手――」
振り返ると、新人はナシゴレンを口いっぱいに頬張って車中からこっちを眺めていた。
「ナシゴレン食ってんじゃねえッ!」
長い刑事人生、後にも先にも口にすることの無いであろう台詞を、俺は全力で叫んでいた。
なろうラジオ大賞4 応募作品です。
・1,000文字以下
・テーマ:缶コーヒー
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