AIに委ねる命の選択
狭い道を歩いていた。
通学路で子供も通る。普通は車は速度を落として進むだろう。
だから突然のその激しい気配に俺は驚いたのだ。見ると、目の前から物凄いスピードで車が走って来る。運転手が辛うじて見えた。見間違いでなければ異様な形相をしている。
「おいおい…… こんな道でスピードを出し過ぎだよ」
と、俺は思った。
掠っただけでも大怪我をしてしまいそうだ。
ただ、本能的に恐怖は感じたが、俺は“大丈夫だろう”と高を括っていた。近年の車にはAIによる自動制御安全装置の設置が義務付けられている。AIが上手くコントロールして、俺にぶつからないようにしてくれるはずだ。人間にとってはあの車は物凄いスピードだが、超が付く程の高速の演算能力を持ったAIにとってはスローモーションだ。容易のはずだ。
が、そこで予期しない事態が起こってしまったのだった。曲がり角から、一人乗り用の小型の車が出て来たのだ。上品そうな爺さんが乗っている。
恐らくは高齢者をサポートする為の自動運転AIカーだろう。高齢者に負担をかけないようにする為に、激しい動きには対応していない。その爺さんを乗せたAIカーは、猛スピードで近付いて来る車を察知すると直ぐに止まった。が、既に頭の部分が道に出てしまっていた。
AIがどんなに優秀でも、ハードがそれに対応できていなければ迅速な対応はできない。爺さんを乗せたAIカーがバックで戻る速度は鈍かった。
そこで俺は青くなった。
車は相変わらず猛スピードで突っ込んで来ている。ブレーキはもう間に合わない。そして、道幅を考えれば、俺と爺さんの両方を助ける選択肢は恐らくはない。突っ込んで来ている車に搭載されたAIは、自ずから俺か爺さんかのどちらを助けるかの選択を迫られている事になる。
しかし、そこに至っても、俺は“大丈夫だ”と考えていた。
AIはより価値ある人間を助けるようにプログラミングされているはずだ。否、この表現には語弊があるか。とにかく、より生き延びらせるべき人間の方を優先させるようになっているはずだ。そして、それは当然、若い命の方だろう。
先にも述べたが、AIの演算能力ならこの瞬間はスローモーションだ。処理は十分に間に合う。
突っ込んで来ている車は、爺さんの方にハンドルを向けるはずだ。
――が、そう思った刹那だった。
車は真っすぐに俺に向けてハンドルを切ったのだ。
なっ?
何故? と疑問に思う暇もなく、俺は車にはね飛ばれされていた。
意識が真っ暗になる中で考えていた。きっとこれはバグだろう。AIは判断をミスったのだ。
きっと爺さんがAIカーに乗っていた所為で、よく見えなかったのだ。否、AIカーに乗っている方が生存率が高いと判断するだろうからそれもないか。
とにかく、AIは判断をミスったのだ。そうじゃなければ、この俺があんな爺さんなんかよりも価値が低いはずがない。
……が、真っ暗の中、救急車の音が聞こえて来る中で、俺の耳はこんな声を拾ってしまったのだった。
「社長! ご無事で何よりです」
さっきの爺さんに言っているのだろう。
まさか…… と俺は思う。
あの爺さんは、どっかの会社の重役だったのか? だから、俺よりも価値があると判断してAIは俺の命を奪う方を選択したのか?
「ふざけるな!」
俺は声を上げたかった。
だがもちろん、そんな力など俺には残されてはいなかった。
学者などの間では、既にこういう議論がなされています。
そろそろ一般の人達も、その議論に参加する時期かと。