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 後編

誤字報告ありがとうございました。

それからしばらくして、長男の結婚式が無事に終わり、ホッとしたある日、私はふと長女からきた手紙を読んでみようかと思い、一番最近にきた便箋の封を切りました。

するとそこには


「私は、とうに20歳を過ぎてしまいました。

 もう待てません。

 私は家をでて、平民になりますので私が貯めた持参金だけ持って出ていきます。

 〇の月、〇の日に家へ私のお金を取りに行きます。」


と書かれておりました。

その日まであとひと月もありませんでした。

使ってしまったあの子の持参金の代わりのお金はありません。

そして、結婚したばかりの息子の嫁と嫁の家族には長女は修道院にいるとだけ言っておりました。

今回の弟の結婚もエリーには知らせておりませんでした。

だって、家に戻ってこられては困るのです。

あの子のお金を使ったことは内緒なのです。


慌てて私はあの子に手紙を書き、早馬を出しました。

手紙には弟である長男が結婚したこと、エリーの貯めていた持参金を弟のために使ってしまったこと。

エリーにはまだ修道院で過ごしてほしいこと、そして、これは家の為だから我慢してほしいということを書きました。

私は酷い母親です。

家のためにあの子を切り捨てることを選んだのです。

それでもなぜか、私はあの子は受け入れてくれると愚かにも思っておりました。


それから7日ばかり過ぎて、修道院から知らせがきました。

そこには

「ご息女が急死されましたので、ご遺体を引き取りに来られたし。」

と書かれておりました。


そして続けて

「ご息女はこちらの修道女ではありませんので、御家にて葬儀、埋葬等をお願いいたします。」

と書かれておりました

これを見て、ハッとしました。

そういえば、あの子が修道女になるための寄付金を払っていなかったことを思い出しました。

修道女になるにも教会への寄付金が必要なのに私はそれすらも忘れていたのです。

家にも帰れず、修道女にもなれなかったあの子は行儀見習いのままでおりました。

それ故、まだ我が家の一員とされていたのです。


まだ私の娘である。それなのに私は息子に姉が亡くなったが、修道女になったあの子を見送るのは私だけでいいと嘘を言い、修道院へ行くことにしました。

そして長男には結婚したばかりの嫁やその家族にはしばらく黙っておくようにと釘を刺して。





修道院に着くと、一人の修道女が門の外まで出てきて、案内をしてくれました。

エリーは教会の一室ではなく、近くの空き家に運び込まれておりました。

部屋の中央にある簡素な棺桶の中、蓋は開けられたままでした。

中にいるあの子の遺体はなぜか目隠しをされ、白いドレスを着ておりました。

不思議そうな私に案内をしてくれた修道女から説明をしてくれました。


あの日、私からの手紙を読んだエリーがものすごい叫び声をあげて泣いたそうです。

しばらく泣き続けているエリーは部屋にこもっていたそうですが、急に狂ったように飛び出してしまい、行方がわからなくなったそうです。

しかし夜中に帰ってきたエリーはただ、震えるばかりだったそうです。

修道女たちはエリーが放り出していった私の手紙を見ていたので、落ち着くまでそっとしておこうと部屋へ戻したそうです。

しかし、翌朝に簡素な白いドレスと手作りの花嫁のヴェールを身に着けて教会の管轄地である池に浮かんでいるのを朝当番の修道女が見つけたのだそうです。

そう、あの子は自ら池へ入ったのでしょう。

自死したものを神は許しません。

それ故、教会の中に入れるわけにはいかなかったそうです。

そして池に浮かぶエリーを引き上げたものの、何かを睨むようにカッと見開かれた瞳がどうやっても閉じられないのが、恐ろしくてたまらず誰かが目隠しをしたとのことでした。

そうして修道女でもなく自死したエリーは簡素な棺桶に入れられ、私が来るまでここに置かれていたそうです。


修道女は「それでは、後はよろしくお願いいたします。」と言うと教会へ戻ってしまいました。

私はそれを見送ってから、そっとエリーの側へ行き、震える手で目隠しを取ってみました。


そこにはじっと私を見つめるあの子の瞳がありました。

光はなく、ただ空虚なその瞳が私を見るのです。

それは恐ろしい瞳でした。

恐ろしくてたまらない私は再度、目隠しをし、棺桶の蓋を閉めてしまいました。

そして全てに目を背け、あの子を秘密裏に埋葬いたしました。

修道院からは拒まれてしまいましたので、エリーが身を投げた池からほど近いところにある平民向けの墓地にひっそりと埋葬しました。

ここはお金さえ払えばだれでも埋葬してくれるのです。

祈りもなく、手向けの花もなく、私と墓堀りだけでの埋葬でした。


エリーを埋葬した後、私は屋敷へ戻る前にあの池へ向かいました。


エリーの少ない荷物には私宛の手紙が残されていました。

しかし、私はあの子の手紙を読めませんでした。

読まずに池に投げ捨ててしまいました。

怖かったのです。


あの子のことは家のためには仕方がなかったこと。

そう自分に言い聞かせ、家に戻り、長男にはあちらで葬儀を終え、埋葬したと報告しました。

そして姉は修道女になっていたのでこちらとは縁を切っていると嘘をつき通しました。


酷い親です。本当に酷い親です。

貴族として家を守ることを優先し、娘を捨てたのです。

そうして私の娘、エリーはこの世から消えました。

消えてしまったのです。



=============================



それなのに、私のこの目の前で起こっていることは何なのでしょうか。

茫然と立ち尽くしていると、リズが振り返りました。


「お母様……」


その姿は6歳の少女、リズですが、その瞳と声はエリーそのものです。

えぇ、あの日どうやっても閉じられることのなかった、あのエリーの瞳。

そして、低く血を吐くような恐ろし気なエリーの声でした。


リズは白い寝巻のまま立ち上がりました。

私は動くことができませんでした。

立ち上がった幼いリズの姿がいつのまにか、最後に見た白いドレス姿ののエリーになっていました。

そして、スーっとまるで氷の上を滑るかのように彼女は私の側へ来ました。

くっつくほど近づけた白い顔、光がなく何も映さない瞳が私の目をのぞき込みます。

恐ろしさに震える私の腕を掴み、エリーが口を開きました。


「あの手紙に書いてたでしょう?

 あぁ、そうだ。

 お母様は読まなかったみたいだから、もう一度渡すわ。

 今度は読んで。

 ねぇ、今度は読んでちょうだい。」


エリーが私の手を掴み、あの便せんを私の手に無理やり握らせました。

それはあの修道院の名前の入った便せんでした。

何か言おうにも身体中が震えてしまい声もでません。


「ほら、読んで。」


恐ろしい顔で催促され、震える手で便せんを開き、手紙に目をやると。

それは私の手紙への返信でした。




『 お母様へ


 なぜ、私のお金を使ってしまったの?

 いいえ、お金は使ってもよかったのです。

 でも どうして相談して下さらなかったの?

 相談して下さったら、お渡ししてもよかったの。

 私の縁談は 弟より、後回しでもよかったの。


 でも どうして私の縁談は探して下さらなかったの?

 なぜ、数年遅れてもいいから縁談を探そうとしては下さらなかったの?

 平民であれば、持参金がなくてもいいと言ってくれる人もいるかもしれないでしょ?

 なのに、なぜ、ここに残らなければならないの?

 どうして私を修道院に捨てるの?

 私は 神様と結婚なんか、したかったわけじゃないのよ



 弟は結婚したのでしょう?

 どうして弟だけなの?

 

 お母様には弟だけでよかったの?

 私はいらなかったの?

 私より、弟が大事だったのですか?

 

 教えてください。 


 私は何故、捨てられたのか、教えてください。


 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 

 私はいらなかったのですか?


 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。

 教えてください。 教えてください。



 私を捨てるのですね。

 捨てるのですね 捨てるのですね

 捨てるのですね 捨てるのですね 

 捨てるのですね 捨てるのですね

 捨てるのですね 捨てるのですね

 捨てるのですね 捨てるのですね 

 捨てるのですね 捨てるのですね

 捨てるのですね 捨てるのですね

 捨てるのですね 捨てるのですね 

 捨てるのですね 捨てるのですね

 捨てるのですね 捨てるのですね

 捨てるのですね 捨てるのですね 

 捨てるのですね 捨てるのですね




 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



最後の方の文字は力の入れ過ぎのように太く、ところどころ掠れて呪詛のように見えました。


「ち、ちがう……」


そう言おうと顔を上げると目の前のエリーはずぶ濡れでたった今、池から上がってきたかのような姿に代わっておりました。


「ひぃ!」


後ずさろうとする私の手を濡れた手で掴み、エリーは微笑みます。


「弟と一緒にいさせてあげるから。」


そう言うとものすごい力で引っぱられました。


次の瞬間、別荘の子供部屋にいたはずの私はなぜか、エリーと一緒にあの池の上に立っておりました。

水面はまるで厚い氷のように私たちが乗っていても揺れもしません。


何かを言いたいのにはくはくと唇が動くだけで声が出ません。

そんな私の手を握りしめ、エリーは光のない瞳で私を見つめます。


「私の弟と一緒にいさせてあげるわね。」


エリーは最後に見たあのほほえみとは全く違う、恐ろしい歪んだ笑みを浮かべ、私の手をすっと離しました。

次の瞬間、


とぷん・・・と小さな音だけで、私は水の中へと吸い込まれていきました。

真っ暗な水の中を落ちていくのですが、何も見えません。



その後はどうなったのかわかりません。


=============================


今、私は美しい門の外側に立っております。

何故か、私の傍らに孫息子がおります。

私と孫息子はしっかりと手を繋ぎ、門の外から、門の内にある美しい庭を見ているのです。

門の脇には美しい光り輝く鎧の門番がおりますが、門番は私たちに門を開いてはくれません。

ただ、寂しそうな顔をしてそっと目を反らすだけです。

門の内では楽しそうな笑い声や嬉しそうな声が響いております。

美しく輝く人々が楽しそうに走ったり、歩いたり、寄り添っている様が見えるのです。

きっと光り輝くあの庭は『神の庭』なのでしょう。

そして、なぜか私たちは入ることを許されていないのでしょう。

しかし、追い払われることも邪険にされることもありません。

ただ、美しい庭で人々が楽しいそうに過ごしているのを立ち尽くし、眺めているだけなのです。


孫息子は時折、庭から目を離し、じっと私を見つめるのです。

その顔に表情は一切ありません。

泣きも笑いもいたしません。

何も読み取ることのできぬ顔で私を見つめます。

ですが、私から目を反らすことは許されぬように思え、ただ、孫息子が気のすむまで見つめ合うだけで何もできないのです。


それがとても、私には辛いのです。


あぁ、これは私への罰なのでしょうか?



=============================



「お義母さまとあの子が眠ったままでもう12年も過ぎましたね。」


窓辺から外を見ながら妻が私に話しかけてきた。


「あぁ、そうだな。

 そしてリズはもう18歳になるのか。

 このままであればリズが婿を取り、家を継いでもらうことになるな。」


明日は長女リズの誕生日である。

そして昨日はこの国でも有名な医師が息子と母を診てくれたのだ。


「そうね。あの子はもう目覚めないとお医者様に言われてしまいましたものね。」


「たとえ目覚めても、2歳のままであろうとも言われた、そうであれば当主になるのは無理であろう。」


「やっと諦めがつきましたわ。」


「あぁ、私もだ。

 予約待ちだけで1年以上あったが、あの彼が詳細に診てくれても目覚めるのは無理だと判断したのだ。

 もう、諦めよう。

 それよりも・・・

 長いこと色んなことを我慢させたリズをこれからは優先させよう。」


「そうね。聞き分けがいいからとつい、甘えてしまった私も悪い母親だわ。

 できるだけ、あの子のしたいことはさせたつもりだけど、やっぱり我慢させてたわね。」


リズの希望通り、女学園へも通わせたし、近場であればお茶会にも参加して貴族女性として最低のことはさせてきた。

それでも成人前の貴族の令嬢は親が同行するが常識のため、日帰りできない領地のお茶会には行かせてあげられなかった。

息子と義母のことを考えると一日でも家を留守にするというのはできなかったためだ。

そんな制限があってもリズは一度も文句を言わなかった。

『ごめんなさい』と謝る両親に『大丈夫よ』とほほ笑み返していたのだ。



「しかし、母さんのことだが、今更だけど、何故、あの夜、あの池に行ったんだろうな。」


「ええ、とても不思議だったんです。

 なぜ、お一人であの池まで行かれたのか……


 ただ、すごくショックを受けていらっしゃったからお一人にするべきではなかったですわ。

 お義母さまは孫である息子のことをとても愛してくださっていたから。」


「あぁ、そうだな。

 母さんは古い貴族女性だから跡取り息子ができたと喜んでたからね。

 

 それにリズが二人が寂しくないよう一緒の部屋にと言ってくれてからずっと二人は一緒だ。

 目が覚めずとも二人でいるのだから寂しくはないだろうな。」


「えぇ、二人は一緒ですわ。

 いつか神の庭へ招かれるまで・・・」 


そう言って妻が涙を滲ませた。

そんな妻の肩を抱きよせ、ことさら明るく話す。


「さぁ、リズの縁談を考えよう。

 リズにふさわしい、あの子を愛してくれる男を探さねば。

 リズは結婚資金といってお小遣いを貯金しているそうだからな。

 そういうのは心配しないでいいと言っても『万が一』といって聞かないんだ。

 それにどこに隠してるか、誰も知らないそうだ。

 なかなか、しっかりした娘だよ。」


「賢い娘なのよ。きっと弟の分まで頑張ってくれているの。

 そんなあの子が頼れるようなそんな人を探してあげてね。

 今から、あの子の花嫁衣裳を考えるのは楽しみなの。

 思いっきり美しくしてあげなくては。」


妻は涙を拭き、微笑んでくれた。

あの子の結婚は大きな意味がある。

なぜか、私は確信している。


私は何かを忘れているような気がするが、今はリズのことだけを考えてあげたい。

そうせねばならないと頭の中のどこかで警鐘が鳴っている。



=============================


二つのベッドが並ぶ静かな東の端にある部屋にリズは入ってきた。

レースのカーテンを二重にして、少し光を抑えたこの部屋は清潔だが、動くものは何もない。

静かに、静かに、リズは部屋へ入っていく。

身体だけは14歳になった弟と何も変わらない祖母。

明日、リズはエリーが初めて縁談をねだった年になる。

眠ったままの祖母のベッドへ近づき、その顔を見下ろし、リズはニィっと笑った。



「大丈夫よ。

 ずっと一緒にいられるように私がしてあげるから。

 私が結婚しても二人はずっと一緒にいられるからね。

 お祖母様。

 


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 ね?          お母様……」










その屋敷には静かに眠る二人がいた。

老女はいつも少し苦し気な顔をして眠っているが、少年はただずっと静かに眠っているという。



二人の世話するのは少年の姉で彼女には非常に仲の良い夫がいる。

彼女は目覚めない弟の代わりに領地を継ぎ、夫婦で穏やかに治めた。


夫婦の治める領地には美しい池があり、その池には時折、一通の手紙が浮いているらしい。

しかし、そこは教会の管轄のため、許可なく立ち入ることが禁止されている。

そのため、誰もその手紙を読んだことはない。

ただ、立ち入りを許可された教会の修道者も誰もその手紙を拾い上げたりしない。

いや、拾い上げてはいけないという修道者もいたとか、いないとか。



~ END ~

読んでくださり、本当にありがとうございます。


設定は色々あったのですが、蛇足になりそうなので少しだけ。

弟は本当に何も知らされてませんでした。

姉は納得の上で修道女になり、亡くなったと思ってました。

女性しか入れない修道院のため、弟が行くことはできないと母親に止められてました。

なのでいつか子供たちが大きくなったら母と妻に墓参りに行ってもらおうくらいに考えてました。

そして母親は死ぬまで何も知らせないつもりでしたので嫁にも何も教えてなかったためエリーの修道院に弟夫婦が行くことはなかったのです。

そうこうしているうちにこの事故でそれどころではなくなり、姉のことそのものを忘れてしまっていたのです。

そんなことはエリーにはわかっていたので遠回しな復讐として新しい弟を祖母(母親)に当てがったという次第。

唯一の被害者は2歳の弟ですかね。

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