陽気な異邦人
お婆ちゃんからペンダントを受け取った翌日の夜、私は再び隣町のお屋敷へやってきた。
相も変わらず人気は無いし、そこはかとなく不気味さを感じる場所ではある。
けれども私は確かめなければならない。
このお屋敷にまつわる噂がどこまで本当で、お婆ちゃんのペンダントと何か関わりがあるのかどうかを。
以前はお屋敷の中に足を踏み入れた直後からの記憶が無くなったけど、今回はお婆ちゃんのペンダントがある。
これが本当に私のメモ帳に記してあったダイアモンドのペンダントを指しているのなら、お婆ちゃんが過去に出会ったという異邦人と何か関係があるのなら必ず以前とは違った結果になる筈。
そう、信じている。
私は恐る恐るお屋敷の中に足を踏み入れる。
が、
「別に……何ともない?」
私の身に何かが起こる訳では無く、普通に中に入る事が出来た。
「それにしても……この匂いは何だろう?凄く食欲がそそられる匂いがする」
お屋敷の中は不思議とチーズを焦がしてベーコンと一緒に焼いたような匂いが充満していた。
当然ながらお屋敷の中は廃墟同然。
壊れた家具や割れたガラスがそこら中に散らばっていてとても誰かが料理をしているようには思えない。
「とりあえず、匂いの方へ向かって行ってみよう」
自慢じゃ無いが私は嗅覚には自信がある。
小学校の頃は職員室の前にある落とし物ボックスの中から比較的匂いの強い物を取り出してそれに染み付いた匂いを元に持ち主へ届けていったものだ。
今思えば変人極まりないが、誰一人嫌な顔せず感謝してくれていたので良しとしよう。
「んん?こっちかな?」
他にも同級生の中には稀に洗剤かシャンプーか何かの匂いが強く残っている人が居て、そういう人が廊下を歩いた後、特に換気が行われていなかったら数分前に誰がそこを通ったか当てる事も出来た。
側から見ると変態か匂いフェチに勘違いされそうだけどそういう嗅覚を持って生まれてしまったのだからしょうがない。
それに、その特技があるおかげで今もこうして閑散としたお屋敷の中から匂いの発生源を辿って行ける訳だし。
「……それにしても複雑だな」
外観からはとても想像出来ない程お屋敷の中は入り組んでいた。
正直今自分がどの辺に居るのか詳しく把握出来ていない。
下手をしたら迷子になりそうだけど、そうなった時は窓を破って外に出よう。
流石にそれは最後の手段だけど。
「よっ、よっと」
所々床が崩れて歩いて行けない場所がある。
ギリギリ私の身体能力でも飛び越えて行けるくらいの幅だから何とか進めているけど、もし失敗したら痛いじゃ済まなさそう。
こんな所で怪我をして動けなくなったら助けも呼ばないから気をつけて進もう。
「うわっ!?ほらもー!」
考えてる側から下に落ちそうになった。
今はまだ一階だけど、下に地下室でもあるのか床のすぐ下は地面では無く空洞になっている。
私は閉所恐怖症では無いけど、いくら何でもこんな暗くて得体の知れない場所に1人で取り残されたら発狂する自信しかない。
急がば回れって言葉もあるし、床が崩れている場所はなるべく通らないようにして迂回する方がいいかも知れない。
「でも……多分そろそろかな?」
少しずつ進むにつれて匂いが強くなってきている。
そう遠くはない筈だ。
「ここか」
そうしてもうしばらく進んでいると匂いの発生源と思われる部屋の前に辿りついた。
部屋に通じる扉をスマホのライトで照らすと、金色の蝶を模した模様が浮かび上がる。
純金で装飾されているのか、模様はお屋敷の劣化に反して一切朽ちているようには見えないし、ドアノブも少しのくすみも無く金色に光輝いている。
まるで日々手入れがされているような感じだ。
「……ふぅ。よし!」
色々気になる事はあるけど、この部屋に入れば何か分かる筈。
中に居るのがお婆ちゃんの恩人なら良し。誰も居ないのならそれもまた良し。
浮浪者が住み着いているのならダッシュで逃げる。
私は覚悟を決めてドアノブを回し、部屋の中に入る。
すると、
「やぁやぁ!よく来たね。お腹は空いているかい?試行錯誤しながらピザを焼いてみたんだ!口に合うかは分からないけど取り敢えず食べて見て欲しい!僕的には自信作さ!」
「……え?……はい?」
中に居たのはとてもフレンドリーで金色の髪と碧眼を持つ背の高い外国人だった。