ダイアモンドのペンダント
「やぁやぁ。よく来たねぇ一夜ちゃん。中に入ってゆっくりしなさいな」
「久しぶりお婆ちゃん」
私は今お母さんのお母さん、母方のお婆ちゃんの家に来ている。
普段はお盆とお正月以外はあまり来る事が無いのだけど、今日はどうしても確認してしておきたい事があったからお邪魔しに来た。
「それにしても急にどうしたんだい?一夜ちゃんがうちに1人で来るなんて珍しいじゃないか。お小遣いでもせびりに来たかい?」
「まさか。しっかりとお小遣いは親から貰ってるからせびりに来た訳じゃないよ。今日はちょっとお婆ちゃんに聞きたい事があって来たんだ」
「聞きたい事?」
「うん。前にお婆ちゃん、私が成人したらダイアモンドで装飾されたペンダントを譲ってくれるって言ってたよね?」
「あぁそうだね。一夜ちゃんが成人したらあのペンダントは一夜ちゃんの物だ。アレがどうかしたのかい?」
「うん。あのペンダントって、元々何か由来があるものなの?例えば、お婆ちゃんが何かの記念で買ったとか、誰かから貰ったとか」
「そう言えばアレがどんなものかまだ詳しく話した事は無かったかねぇ。アタシがボケて忘れる前に話しとかないといけないね」
「詳しく教えて貰ってもいい?」
「勿論だとも」
☆★☆★☆
アタシが若い頃はね、今みたいに誰もが豊かな生活をしていた訳じゃないし、お金さえ出せば便利な物を何でも買える時代じゃなかった。
どこの家も家族が暮らしていくだけの生活をするので必至だったし自分がやりたいと思った事を不自由なく挑戦する事さえ難しかった。
でも、その分家族や親戚との繋がりは今と比べて遥かに強かったし自分が困れば誰かが助けてくれて誰かが困れば自分が助けてあげる。
そんな優しさに溢れている時代でもあった。
今思えば人との繋がりが希薄になりつつあるこの世の中よりも、どれだけ貧しくても昔の方がよっぽど良い暮らしをしていたのかも知れない。
ただ当時のアタシはそんな事考えもしなかったし、たまに町に訪れる裕福な人達を見て憧れを抱いたし羨ましかった。
何より悔しかった。あんな豊かな生活をしている人が居るのにどうしてアタシはああじゃないんだろうって。
そんな思いは日に日に強くなって遂にアタシは家を飛び出してしまった。
今この家に居続けて貧しい思いのまま果てるよりどこか遠くへ行って今の環境から抜け出す方がよっぽど賢い選択だと思ったから。
でも、世の中はそんなに甘く無かった。今でさえ資格や学が無いとまともな職にありつけないのにただでさえ仕事が無い当時に学も資格も教養でさえもロクに無い幼い女が1人でどうにかしていける訳が無かった。
それに気付いた時にはもう遅かった。
今とは違って当時は携帯なんて便利な物は無かったし、地図もそこまで普及していなかったからがむしゃらに歩き続けた自分が今どこに居て実家からどこまで離れた場所にいるのかさえ分からなかった。
当然ながら家に帰る方法さえ分からなかった。
アタシはその時悟ったよ。
どれだけ周りに言葉が通じる同じ日本人が居たとしても、迷子になる時はどこでだって迷子になるし人の往来の激しい街でさえ遭難してしまうんだって。
誰かに頼ろうとも自分が帰りたい場所を明確に示す事が出来ないから頼ろうにも頼れない。
もう二度と、家には帰れない。
アタシはこのまま見知らぬ土地で人知れず死んでいくんだ。
そんな事を考えながらアタシは打ちひしがれていた。
そんな時だったよ。路頭に迷ったアタシに声を掛けてくれたのは。
その人は日本人じゃなく、海外から来ていた観光客の人だった。
髪は黄金色に輝き、眼は蒼く背の高い若い男性。
その人はアタシに『どうして泣いているの?』と日本語で聞いてきた。
アタシは『家に帰れなくなったから』と言った。
するとその人は『なら私に任せるといい。君を家まで送り返してあげよう』と言った。
気休めでもそんな事を言ってくれるのは嬉しかったのだけど、その人はそう言うが否やアタシの手を取って歩きだした。
街を出て、山を越えて峠に出る為の山道へ向かい、ただひたすらに歩き続けた。
そうして日も暮れ始めた頃、アタシとその人は山道から外れて獣道を歩いて山に入った。
どれくらい歩いたのだろうね。しばらくすると何も無い山に似つかわしくないお屋敷が姿を現してきた。
初めはどうしてこんな所にお屋敷が?と思ったけど、『ここは私の家なんだ。変な所にあるだろう?』と笑って言うその人を見ているとそんな疑問は消え失せてアタシの頭は目の前のお屋敷の事で頭が一杯になっていた。
何せ当時の日本じゃ考えられない程に煌びやかで見たことも無い様式で建てられたお屋敷だったからね。
少なくとも、外国の建築技術を用いられて建てられたのだろうなと子供ながらに考えていたよ。
そんな感じでお屋敷に興味深々な私を見て、その人は声を出さずに微笑みながらお屋敷の中へと案内してくれた。
そう、案内してくれたんだよ。
でも不思議な事にね、そこまでの記憶はあるのにどうしてもお屋敷の中がどうなっていたか思い出せないんだ。
家出してからお屋敷に行くまでの事は鮮明に覚えているのに。
その後に起こった出来事で唯一覚えている事がそのペンダントに関する事なんだ。
お屋敷を案内された後、気がついたら見覚えのある山の中にいた。
木々の隙間から見える町を見下ろしてここが自分の家の近くにある山だという事が分かった。
いつの間にここへ帰って来たのだろうと不思議に思っていると、アタシの両肩に手を添えて後ろからその人が耳元でこう囁いたんだ。
『このペンダントをミエコ……君に預けよう。これは幸運が宿ったペンダント。これを持ち続ける限り、君と君の家族の人生は豊かで幸せなものになる。けれどこれの力に限りがある。限りを越えても尚持ち続けると今度は不幸が訪れるようになる。だからこれは君の子が産まれ、そのまた子が産まれた時に渡して欲しい。そうすればきっとこのペンダントは私の元へと返ってくるから。君と君の家族人生に、幸があらんことを。短い間だったけど楽しかったよ』
その人がそう言い終えて、アタシが振り向いた時にはもう居なかった。
夢か幻かと思ったけど、アタシの手にはしっかりとダイアモンドで出来たペンダントが残っていた。
だからあれは夢でも無いし幻でもない。
だったらきっとあの人が言った事は嘘じゃないんだろう。
そう思ったアタシは一目散に家へと駆けて戻った。
後は一夜ちゃんの知っての通りだよ。
アタシは元々得意だった裁縫を活かして当時はあまり普及していなかった洋服を作り、それを売る事で財を為した。
今では世の中に洋服なんてありふれ過ぎてアタシの作った洋服は殆ど売れなくなってしまったけど、それでも当時の稼ぎのお陰で老後を暮らすには充分過ぎる程のお金を残す事が出来た。
それが本当にそのペンダントに宿った幸運の力のお陰なのか、アタシには幸運の力が付いていると思い込んだだけなのかは分からないけど、いずれにしてもそのペンダントはアタシに前を向いて生きる活力をくれた大切なものなんだよ。
☆★☆★☆
「そんな由来があったんだね。ペンダントをくれたその人の名前は聞いたの?」
「聞くには聞いたよ。でも、当時は外国語なんて全然分からないし、名前の音も日本人とは違うから今じゃうろ覚えさ。確か……《サンジマン》さん?だったかしらねぇ。でも急にどうしてそんな事を聞きたくなったんだい?」
私は隣町で経験した事と、今学校で噂になっている話をお婆ちゃんに話した。
「なるほどね。ならもしかすると、そういう事なのかも知れないね」
「何が?」
「さっきも言ったろう?このペンダントをアタシの子のまた子に渡して欲しいと頼まれたって。一夜ちゃんは一人っ子だから、アタシがペンダントを渡さなければいけない人なんだよ。だから一夜が成人した時にペンダントを渡すと言っていたのだけど、そう言う事なら今もう持っていきなさい。きっとこれをあの人に返す日が来たんだよ」
そう言ってお婆ちゃんは私の手に優しくペンダントを握らせる。
「もしも本当にあの人に会えたのなら、言伝をお願いしても良いかしら?」
「なんて言えばいい?」
「あなたのお陰で、このペンダントのお陰でアタシとアタシの家族は幸せになれました。本当に、ありがとうございましたって」
「分かった。もし会えたらその《サンジマン》って人に必ず伝えるね」
「よろしく頼んだよ」