ショートショートホラー「見るな」
古い仏壇を片付けていたら、真っ赤な表紙の本が裏から出てきた。まるで隠してあったみたいだ。表紙を捲ってみると、筆文字で「読むな」と書かれている。気にもかけずに次のページを捲った。
すると意識が遠のく。気づけば、戦国武将の嫡男、井ノ崎忠ノ信として生まれていた。自我という意識は消え、忠ノ信として四十二年が過ぎ、戦の最中に力尽きた。と思うと、遠ざかっていた意識が戻る。
今のは夢なのか? いや、夢ではない。頭の中には確かに忠ノ信として生まれ、そして死んだ記憶が残されていた。
衝動的に開いていたページを凝視した。そこには井ノ崎忠ノ信という名前だけが残されている。わけもわからないまま、恐る恐る次のページを捲った。
するとまた意識が遠のき、今度は江戸時代で商家の次女、坂上文子として生まれていた。そして、二十五歳まで人生を歩み、病により世を去る。とまたしても意識が戻る。
やはり頭の中には文子として生きた全てが残されていた。これは面白い。他人の一生を体験することが出来るのだ。恐ろしさよりも面白さが先立ち、夢中になってページを捲った。
そうして何人もの人生を体験し、ふと気づく。あれ? 俺、私、僕は……誰だっけ?
ほんのりと涼しさをお届け出来ていたら幸いです。