8 花咲き令嬢と決別
「·····お母様もどうかお元気で」
お母様にそう告げて私は最後に、深々と頭を下げた。
母の部屋を出ると、既に外は夕暮れが近くなっていた。
うわ、まずい。ユーリイがそろそろ帰ってくる時間だ。
あっという間に日没だろうし、早くでないと。
私は自分の部屋に戻ると、クローゼットの中に隠しておいた荷物を取り出して玄関へと向かった。
「お嬢様、どこかへお出かけですか?」
「いえ、私、今日勘当されてこの家から出ていくの。あなた達も今までありがとう」
「勘当された·····?」
使用人の呆然とした声が聞こえてきた。
「ええ。だから私はもう伯爵令嬢じゃない。じゃあ私もう行くね。日が暮れちゃう。」
「ほ、本当に勘当を·····?」
家のことに恐ろしく無関心な使用人にしては珍しく、もう一度私に聞いてきた。
「ええ。父から先程言い渡されました。ユーリイのこと、頼みましたね」
それだけは、と念を押すと使用人たちは戸惑いながらも条件反射なのか「はい」と頷いた。
「ありがとう、それじゃあ·····さようなら」
何人かの使用人たちはそんな私を呆然と見送った。
私は自分の荷物を持って屋敷の外に出る。
一度、外から屋敷を見渡した。
この家はあまりに歪だ。
でも、少しでも、ひとつでも私に何かを変える勇気があればこんなことにはなっていなかったかもしれない。
だから私は被害者なんかじゃない。
寧ろ、加害者だ。
この家の歪を形成しているうちの一人に自分が入っているのだということをしっかりと胸に刻みつけると、私は住み慣れた家へ背を向け、宿を探しに町へと向かった。
後ろは、もう二度と振り向かなかった。