花咲き娘の恋人
大変遅ばせながら日間ランキング三位の御礼としてこれから数日間本編で書ききれなかった番外編の追加をさせていただきます。
『え·····、お母様今日も体調悪いの?』
『はい、ですからお嬢様。なるべくこの部屋には近づかないようにしてくださいね』
『で、でもちょっとだけお母様とお話したくて』
『お嬢様、わたくしはお嬢様が奥様の体調に配慮できる大人な方だと知っています。·····我慢、出来ますよね?』
『·····う、うん。わかった』
◆◆◆
『見てください、お父様!私、今お庭で綺麗な花を見つけて·····』
『花についてる土が屋敷内に散る。捨ててこい』
『ご、ごめんなさい。でも、お父様·····』
『私は忙しい。くだらないことで迷惑をかけるな』
『でもね、お父様·····。私、私ね』
『出て行けと言ったのが聞こえなかったのか?』
『―――っ。はい。申し訳、ありません、でした』
部屋から追い出された私は、廊下で一人蹲る。
『私、ただお父様に笑って欲しかったの。お母様もお父様も最近、元気なかったから元気になって欲しかっただけなの。お話、したかっただけなの。お父様を怒らせるつもりなんて、なかったんだよ⋯⋯』
さっき言いたかったことを、ポツリと呟く。
呟きは誰に届くでもなく静かな廊下に響いた。
とても広い御屋敷は私にとってはあまりに冷たくて、悲しくて、寂しかった。
◇◆◇
「アリーサちゃん、アリーサちゃん!」
「·····え?」
肩を叩かれているような気がして意識を浮上させれば、見慣れた自分の部屋と、アルトさんの顔が視界に入った。
どうやら知らないうちに寝落ちしてしまったらしく、アルトさんが気を使ってくれたのか、肩にはブランケットがかけて合った。
「かなりうなされてたけど」
大丈夫?と問いかけられて私は曖昧に頷く。
·····随分と、昔の夢を見た。
断片的に残る、忘れたくても忘れられない記憶。
「紅茶でもいれようか?」
寝起き早々暗い気持ちになっているとアルトさんが立ち上がりそう言った。
「·····あ、今アルトさんが私に優しいから鳥肌たちました」
「やだなあ、俺はいつでも優しいよ?」
私がほら、と鳥肌のたった腕を見せるとアルトさんがニコリと満面の笑みを向ける。
ちなみに目は笑っていない。寝起きにその顔を見るとめちゃくちゃ怖い。
「それより、アリーサちゃん最近眠れてないの?」
「え、どうしてですか?」
「ここ」
突然変わった話題に問いを返せばアルトさんはトントンと自分の目の下を指さす。
「クマが出来てる」
言われて鏡を見るも、自分ではあまり変化が分からなくて首を傾げる。
「アリーサちゃんがこんな時間に昼寝するのも珍しいし」
·····まあ、確かに寝不足なのは認める。
最近何故か夢見が悪いせいであまり質の良い睡眠が出来ていない。
今日は元々夕方頃から店に出る予定だったからこの時間に寝ても支障はないのだけど、この先も寝不足が続くと昼に店に出る時かなりきつい。
何とかしようとは思ってるのだけれど結局改善できていないままだ。
「ちょっと夜に目が覚めることが多くて」
「なにかあったの?」
「いえ、特に何も」
素直に応えるとアルトさんがじっと私の目を見る。
真偽を見極めようとしているのが分かったので私も若干意地になって対抗する。
本当に後ろめたいことは何もないし、何かがあったという訳でもない。
最近よく悪夢を見るというだけで。
見つめ合う時間が続く。
しばらくしてアルトさんがふっと視線を弛めた。
「·····まあいいけど。なんにせよ寝不足が続くのは良くないわけだしなんか策を考えないと」
「アルトさんって直ぐに私の言葉を疑いますよね」
疑われたお返しにやれやれとジト目を向ければアルトさんに「当たり前でしょ」と言われた。
「アリーサちゃん、放っておけばすぐ一人で何でもかんでも背負い込もうとするし、無茶するし突っ走るから」
「う"っ」
あながち否定しきれないラインを指摘され言葉をつまらせる私にアルトさんは優雅に微笑んだ。
クソ。本当のことだから反論できない。
が、その言い方はあんまりだ。私がアホの子のようじゃないか。
「あ、というか今何時ですか?」
負け戦覚悟で反論しようとしてから私は大事なことを思い出してアルトさんに質問する。
「四時二十分だよ」
「え!私、そんなに寝てました?!」
驚いて勢いよく顔をあげれば、アルトさんが首を傾げる。
「うん。でもお店で始めるのって五時とかでしょ?そこまで焦らなくても·····」
「いえ、その前に人と会う約束をしていて」
「約束?」
「はい、ユーリイが来るんです」
私の言葉にアルトさんの眉が僅かに動いた。
「また?」
「はい、なんか今日は話したいことがあるらしくて」
ふ〜ん、と返すアルトさんは心做しか少し不機嫌に見える。
アルトさんは読めない人だしユーリイも無表情がデフォルトだから私の気の所為かもしれないけど、多分二人はあまり馬が合わないっぽい。
二人ともお互いの名前を出すと少しムッとした顔になる。
「そんな長い話じゃないらしいのですぐ帰ってきますけど」
「そう」
いつもより少しだけ幼い顔をしたアルトさんにそう付け足せば、彼が何故かこちらに近づいてくる。
·····え、なんでこっちに来てるの?
ぼけーっとアルトさんが近づいてくるのを見ていた私だったけど、どうも距離感がおかしい。そしてかなり距離が縮まった今もいまだ近づいてきている。
「え、ちょ?アルトさん?なんか、ちか·····」
目前まで迫ってきたアルトさんの輝かんばかりに美しい御顔を少しでも遠ざけようと手で体を押し返していると、私の腰に彼の腕が回った。
·····ひええ。なに?急になに?
パニックになる私の首筋にアルトさんの髪の毛が当たる。
「ア、アルトさん?」
声が裏返っている私にアルトさんは何も言ってこない。
いつもならここぞとばかりにいじってくるのに!!
謎の無言時間に焦る私の首筋に今度は明らかに髪とは違うものが触れた。
それは柔らかくて―――。
チリッと僅かな痛みが走る。
そしてそのすぐ後に、チュッと言うリップ音が耳の側で聞こえた。
「ア、ア、ア、ア、ア、ア!?!!!」
「そういう鳴き声の生き物みたいになってるよ、新種?」
クスリと笑われ、言い返そうとするのに私の口から出てくるのは奇妙な鳴き声のみだ。
だって、今の!今の!!キ、キ、キスマーク、つけたっ!!よね?!!
「取り敢えず今はこれだけで我慢しておくよ」
そう言ったアルトさんは女の私なんかが太刀打ちできないくらいに色っぽくて、その瞳には見たことの無い種類の光を宿していた。
·····これからユーリイと会うっていうのに!なんてことを!!
顔の熱、早くひいて!!!
目の前の憎たらしい騎士を睨みながら私はなんとか赤くなってしまった頬を元に戻すことに専念した。
お読みいただいた方、本当にありがとうございました!
また、大変な時期ですが皆様お身体ご自愛下さいませ。




