9 花咲き娘とそれから
「わ、私そんなこと聞いてませんけど!?」
「うん、まだ言ってなかったからね」
驚く私にアルトさんはしれっと答える。
「な、なんて送ったんですか?」
「事態を沈静化する気がないのならそろそろ国のお偉いさんがお叱りにいくよって感じのことを遠回しに」
「く、国の権力使っちゃったんですか·····」
脳裏に微笑む国王様の顔が浮かぶ。
あの人なら喜んで協力しそうだ。
「いや〜。だって俺の想像より全然酷い状況だったし、その上その生徒たちを正しく導くはずの教師たちが機能しないとなると少しお灸を据えるのは当たり前でしょ?」
「·····オーバーキルな感じもしますけどね。今頃、学園長たちは国に目をつけられたって震えてるかもしれませんよ」
「それくらいがちょうどいいさ」
やっぱり人間の姿をした悪魔なのかな、この人。
「まあ、立て直そうと思えばいつでも立て直せたとは思うけどね」
『まったく、この人は』なんて思っているとアルトさんがそう呟いたのが聞こえた。
その声にアルトさんの方を見れば、彼は会長に微笑みを向けている。
が、その目は笑っていない。
「·····なんの事でしょう?」
「いえ?何も言ってませんよ。ただ、貴方にも出来たことなのに何故しなかったのか疑問だっただけです」
「そんな深く考えることではありませんよ。ただ、私には思いつかなかっただけの事です」
「はは、ご冗談を。もう少しまともな言い訳を考えておいた方が良いですよ」
会長はゆるりと微笑みを浮べる。
私には何が何だか分からないのだけれど、とりあえず二人の雰囲気が険悪なことだけはよくよく分かる。
空気も食堂に相応しくなく重苦しいものになるその一歩手前で
「おまちどーさま!」
ミャーシャさんが料理を運んできてくれた。
·····ナイスすぎますよ、ミャーシャさん。
ホッと安堵しながら私も手伝って料理を机に置く。
「はい、こっちが白魚のムニエル。こっちが日替わり定食ね!」
会長の前にムニエルが置かれ、ユーリイの前には日替わり定食が置かれる。
どちらも出来たてでとっても美味しそうだ。
「うわ、すごいボリューム」
ユーリイが日替わり定食を見て呟いた。
目が小さな少年のようにキラキラしている。
「こちらも良い匂いだな」
会長もムニエルを見て微笑む。
良かった。さっきの険悪なムードは無くなったっぽい。
「たんとお食べ!!」
ミャーシャさんの言葉に二人はそれぞれ料理を口に入れ、頬を緩ませた。
「美味しい」
「美味しいです」
ユーリイと会長、二人の言葉にミャーシャさんは「それは良かった!」と喜び、厨房に戻っていった。
ミャーシャさんのお陰で雰囲気が良くなった、とその後ろ姿に心の中で全力の感謝を繰り返しているとユーリイが「姉上」と私を呼んだ。
「なに?」
「ここは、とても好いところですね」
「でしょう?」
何故かアルトさんが自慢げに返す。
なんで貴方が答えてるんですか。
と言おうと思ったものの、その顔が宝物を自慢するような誇らしい顔だったせいで悔しいことに少しキュンとしてしまう。
くっ、無念。
「料理も美味しいし、本当に好いところだよ」
と、そんなユーリイの言葉に会長が同意する。
その嬉しい言葉にありがとうございます、と会長の方をむくと、何故か綺麗な微笑みを向けられた。何故だろう。猛烈に嫌 な 予 感。
嫌な予感センサーがビンビンに立っている私に彼は続けて言った。
「俺も入り浸ってしまいそうになる」
·····はい?
一度、思考が停止した。
それはある可能性が過ったからだ。
こいつ、本気で入り浸りになる気じゃね?という、可能性が。
·····いや。いやいやいや。流石にそれはないよね。うん。まさか本当に入り浸る事なんてないよね。流石に考えすぎだよ、うん。
「あはは、ありがとうございます」
なんとかお礼を言う私に会長はやけに詳しく空いてる時間帯はいつなのか、定休日はあるのかと聞いてくる。
·····ん?いや、考えすぎ、だよ、ね?
「なるほど。それでは近いうちにまた来よう」
満足気に頷いた会長が私を真っ直ぐ見つめる。
「俺はしつこい質なんだ」
そして、浮かべたその笑みには爽やかさなんてものは無くて·····。
「いや、渡さないから」
思わず気圧されている私の目を誰か―――アルトさんの大きな手が塞いだ。
視界が真っ暗になる。
「·····は?へ?」
多分、後ろから抱きしめられるようにして目隠しされているのだろうけど、なんだ、この体勢は!!
抜け出そうとする私にアルトさんは更に体をくっつける。
ひえっ。いい匂いがするっ!!
伝わってくる体温にドギマギしていると僅かな重さがかかった。
なんだ?と首を傾げているとゆっくりと目隠しが取れる。
突然の明るさにしばらく目を慣れさせていると、今自分がどんな状況にいるのかが分かった。
ア、アルトさんの!お、お、お顔が!!!私の顔の!すぐ側に!!!ある!!!!!!
先程の肩の重みはアルトさんの御尊顔だったようで、本当にすぐそこ、目を少し横に向ければ間近にアルトさんがいる状況だ。
パニックになる私をよそにアルトさんが優雅に笑ったのが見えた。
わ、笑わないで欲しい。眩しすぎて目が潰れる。
「アリーサちゃんは、誰にも渡さないよ」
耳元で甘く低い声が囁いた。
羞恥で死ねるというのなら、私はきっとこの瞬間に百回以上死んでいる。
そんな馬鹿なことを考えながら、私はその場でキャパオーバーを起こした。
◇◆◇
それから数日後、私はアルトさんと共にお祖母様のお墓参りへと来ていた。
「アルトさんはもう少し羞恥心を持った方が良いと思います」
「まだこの間のこと怒ってるの?」
怒る私にアルトさんがニコリと笑う。
ちなみにこの間のこととは言わずもがな、ユーリイ達が食堂に来た日のことだ。
あの後、私はアルトさんにもう二度と人前であんなことをするなとしこたま叱った。
「それもありますけど、それだけじゃありません。さっきも街中で突然抱きしめてきたでしょう!心臓に悪いからやめてください」
それに、私の胃にも負担がかかる。
女性の嫉妬の目線とか、女性の嫉妬の目線とかのせいでな!
アルトさんは相変わらず大層おモテになる。
私と付き合ってからは以前のように言い寄ってくる女性にやんわりとでは無くしっかりお断りをしてくれるようになったのでその点に関しては全く心配していない。
が!!!その代わりに私の胃の負担が三倍ほど増えた。
周りからの目線が痛いのなんの。
その上、私は元々人前で甘えられるほどのメンタルを持っていない。本当に豆腐メンタルをなめないでほしい。
「ごめん、ごめん。もう人前ではしないから」
「約束ですからね」
なんてやりとりをしているうちに、お祖母様のお墓のある丘の上へと着いた。
「良い場所だね」
「はい。私とお祖母様の思い出の場所です」
心地よい風にそよぐ髪を抑えながら答える。
墓石に花束を置くと、私は目を瞑り手を合わせた。
まだまだ問題は山積みだけど、今度は逃げずに頑張るから見守っていてください。
目を開くと、隣でアルトさんも手を合わせてくれていた。
私より数秒遅れでアルトさんも目を開いた。
「行きましょうか」
「もういいの?」
「はい。また、来ますから」
「そっか」
アルトさんは微笑むと、私に向けて右手を出す。
私はその手に左手を差し出し、手を繋いだ。
暖かな体温が伝わってきて落ち着く。
「食堂に戻りましょう」
「うん。あ、その前にさ」
「はい?」
「デートしない?」
突然のアルトさんからの提案に私が恥ずかしさを抑えながら頷けば彼は嬉しそうに笑った。
それは仮面のような微笑みでもなければ悪魔の微笑みでもない。
正真正銘、優しく美しい微笑みだった。
あー、どうしよう。この人まだまだ私を惚れさせるつもりだ。
この人への尽きることの無い好きは自分でも心配になるレベルだ。
令嬢であった時ではこんな気持ちを持つことになるだなんて考えもしなかっただろう。
でも、だからこそ私はこの暖かい気持ちを大事にしたい。
ありきたりな言葉かもしれないけど、この人が悲しむ顔は見たくないし、ずっとこの人に笑っていて欲しいから。
·····恥ずかしいからそんなこと絶対に言ってやんないけど。
「じゃあいこっか、アリーサちゃん」
「はい」
言われて頷いた私はアルトさんと共に街へ下りた。
いつもと変わらない、私たちの居場所へと。
その後も私たちは様々なところで様々な形で迷惑をかけてゆくことになる。
まあ、それも私達らしいというか、本当に申し訳ないというか、誠心誠意土下座したいというか·····。
でも、そんな日々が私は楽しくて仕方がない。
あ、勿論迷惑をかけている方にはもうスライディングで土下座するけれども。
この国で、私は私に生まれた幸せを噛み締めながら、今日も生きてゆく。
ポンッ!!!
「·····アリーサちゃん。また頭から花咲いてるよ」
·····ただ一つだけ不満があるとすれば、花!!!!
誰かそろそろ私に能力がコントロールできる術をよこしてください!!!
END
お読み頂いた全ての方、本当にありがとうございました。




