8 花咲き娘と来客
『妖精の奇跡』からしばらく経ち、外に咲く花も私の能力で咲いたものではなく、自然と咲く花が増えてくる季節となった。
私は今も変わらず、食堂で働いている。
相変わらず花は咲くけど、お城にも通いながら平和な毎日を送れている。
「アリーサちゃん、今日も可愛いね」
「はいはい」
机を拭いていると、ご飯を食べ終えたアルトさんがちょっかいを出してきた。
それに適当に返すとアルトさんは「本気で言ってるのになぁ」なんて言いながらニコリと笑っている。
「今日も綺麗にあしらわれてるな」
と、そこに豪快に笑いながらミストさんがやってきた。後ろでミャーシャさんがニヤニヤしながらこちらを覗いてるのが見える。
うわあ、めんどくさい事になりそうな予感。
「あはは、本当に全然相手にしてくれなくて困ってます」
「アリーサ、照れ隠しは程々にね」
アルトさんが困ったように頬をかけば、ミャーシャさんが私に仕方がないなあとでも言いたげに笑いかける。
·····私は大声で今すぐ訴えたい。
違うんです!!!!
と!!!!!!
ミャーシャさんもミストさんも騙されてる!!
この人、本当は困ってます、なんて言って頬をかくようなキャラじゃないんです!!
だって、ほら!!後ろ見て!振り返ってください!!
すぐ後ろ!!アルトさんがニッコリと悪魔の微笑み浮かべてますから!
すごく楽しそうに私の事見てますから!!!
あの人、私のことをからかってるだけですよ!!
と、まあなんてことはさすがに言えないので私は仕方なく曖昧に頷く。
くそ。覚えておけよ、あの男。
「·····やって、ますか?」
なんてやりとりをしていると、お客さんの声が聞こえた。
「あ、はい!やってますよ、いらっしゃいまー·····げ」
気持ちを切り替えて、元気に接客しようと振り返るとそこには非常に見覚えのある顔が二つ並んでいた。
·····一人は分かる。だって、私自身また来てねって行ったから。寧ろ、来てくれたことは嬉しい。
でももう一人は、なんでここにいるんだ。
私は食堂の入口に立つユーリイと会長の顔を見て思わず顔を引き攣るのを感じた。
「·····どうぞ」
私同様に少し顔を引き攣らせている我が義弟と優雅に微笑む会長にお冷を提供する。
ミャーシャさんは厨房へ戻り、ミストさんも午後からの出勤だったそうで仕事へと戻った。
少し離れた席では、会長と目が合ったアルトさんがやはりこちらも読めない笑みを浮かべている。
会長もアルトさんも微笑みとは名ばかりの仮面のような笑みを浮かべているせいでたいへん私の心臓に悪い。
アルトさんがこの顔をする時はすこぶる機嫌が悪い時だし。
「·····なんか、色々と申し訳ありません」
お冷を一口飲んだユーリイが申し訳なさそうに私に謝ってきた。
「いやいや、ユーリイは何一つ悪くないから」
「それじゃあまるで俺が悪い事をしたと言ってるように聞こえるぞ」
言葉とは裏腹に楽しそうな会長の様子に私は溜息をつく。
「そりゃあいきなり来られたら驚きますよ。しかもユーリイと一緒になんて」
「なに、ユーリイがコソコソとどこかへ行こうとするものだから同伴させてもらっただけだよ」
嘘ばっかり。どうせ、この人の事だから私が今どこで働いているのかもこの時間帯にどこにいるのかも把握しているだろう。
「白々しいにも程がありますよ」
ジト目で会長を見れば、ユーリイが申し訳なさそうな顔を私に向ける。
いや、ユーリイには怒ってないからね?
「本当だよね〜。許可もなしに急にこられても困るよね〜」
遠くの方からアルトさんが私に同調する。
全く、この人もこの人だよ。
「アルトさんも食べ終わったんなら仕事に戻ってください!」
「ええ、つれないなあ。でも大丈夫、今日は午後から非番だから」
何が大丈夫だと言うのか。
明らかに私が言いたいことがわかっているはずなのに、アルトさんはニコニコと笑うばかりだ。
本当になんで私の周りこんな人ばっかなの·····。
「注文はお決まりになりましたか?」
くだらないことを話してないで早く決めろオーラを出しながら尋ねると、ユーリイは日替わり定食を頼み、会長はおすすめを聞いてきた。
「今日のオススメは白魚のムニエルです」
「じゃあそれを」
「かしこまりました」
逃げるようにその場から去り、厨房にいるミャーシャさんへ注文を伝える。
「はいよ!今すぐ作るからね。あ、出来たらちゃんと呼ぶからアリーサは戻ってていいよ。知り合いなんだろ?」
「え」
正直、戻りたくない。
が、あの人達だけにしておくのも少し可哀想な気がする。
·····主にユーリイが。
数秒考えてから私はミャーシャさんに感謝を告げ、三人の元へと戻った。
「随分と面白いことをおっしゃいますね。それではまるで彼女にふさわしいのは自分だけだと言っているように聞こえますよ」
「あはは、正確に私の意思を汲み取って下さって感謝致します」
席にかえると、会長とアルトさんがニコニコと微笑みながら舌戦を繰り広げていた。挟まれたユーリイの顔は虚無だ。
一見、いつもと変わらぬ無表情にも見えるけれど私にはわかる。あの顔は考えることを放棄した人の顔だ。
「店の中で喧嘩するのなら出ていってもらいますよ」
思わず漏れた溜息と共にそう告げれば、二人が振り向いた。
「あ、アリーサちゃん。喧嘩ってなんのこと?ルートさんとちょっと話してただけだよ」
アルトさんの言葉に会長が頷く。
「それよりもアリーサ、仕事はいいのか?」
「はい。せっかく知り合いが来てくれたんだから、と」
「なるほど」
「·····前々から気になってたのですが」
会長が納得すると、今度はアルトさんが声を上げた。
「何故貴方はアリーサちゃんのことを呼び捨てにしているのでしょう?」
「呼び捨てというのは親しいものがするものだからですよ」
さも当然とでもいうように悠然と微笑む会長だけど一応抗議しておく。
私は会長とそこまで仲良しじゃないし、呼び捨てにして良いと言った記憶もないからな!
「ユーリイ、なんかごめんなさいね」
ニコニコと微笑み合いながら仲良く喧嘩しているので、私はそっとユーリイに近づく。
「いえ。寧ろこちらこそいきなり押しかけるような形になってしまって申し訳ありません」
「ユーリイに関しては良いのよ。私もまた会いたいと思ってたし」
私の言葉にユーリイは安堵したように僅かに口角を上げた。
「今日、ここに来たのは勿論姉上に会うためでもあるのですがその後の学園についても一応お伝えしておこうかと」
「その後?」
「はい。姉上が学園に来てくださってから大きく変化があったんです」
そう言うとユーリイはゆっくりと話し始めた。
学園ではあれから過激派や、混乱に乗じて違反を繰り返していた者はなりを潜めたらしい。
そして代わりにリリア対立派が力を強め、今のところ事態は沈静化へ向かっていると言う。
「教師陣にも助言してくださったようで、本当にありがとうございました」
え?教師陣?
首を傾げた私にユーリイは眉間に皺を寄せる。
「え?学園へ手紙を送ってくださったのは姉上では無いのですか?」
一体ユーリイはなんのことを話しているのか。
私が首を振り否定するとユーリイはその顔に困惑の色を浮かべた。
「先日、教師陣から謝罪があったんです。今までの事態を見て見ぬふりして申し訳なかったと。その上、学園長が直々にリリアを一旦謹慎させることを生徒達に説明するなんて出来事まであって、なぜ急にそんなに教師陣が機能するようになったのか調べたんです」
「それで、その理由がその手紙なの?」
「はい。どうやらその日の二日前に学園に手紙があったらしくその手紙で状況が変わったそうです。手紙の内容までは分からなかったのですが手紙ひとつでそこまで状況を変えられるのは姉上だけだということになり·····」
いや、私にそこまでの力は備わってませんよ?
一体皆さんは私をなんだと思っているのか。
「その手紙を出したのは私じゃないわ。だって私その手紙の存在を知ったのは今だもの」
「·····それじゃあ一体誰が」
「ああ、その手紙を出したのは俺だよ」
首を捻るユーリイに答えたのは、アルトさんだった。




