6 花咲き娘と主人公
「あ、あの!!」
今まで沈黙を貫いていたリリアが声を上げたことで一気に視線がリリアに集まった。が、リリアはそんな大勢の視線を気にせずにリリア軍団から離れるとなぜかこちらに駆け寄ってきた。
「わ、私ずっと怖くて·····、それで·····」
そしてあろう事かリリアはアルトさんの腕に絡むようにして上目遣いで訴える。
えっと、ちょっと待って。色々とふざけないで欲しい。
怖くてって、全部自分で蒔いた種でしょ?
あの時、私はちゃんと忠告した。それなのにそれを聞かなかったのも何も行動しなかったのもリリアだ。なのになんでそんなに被害者ぶれるの?
それに、なんでそんなに恋するような瞳で、アルトさんを見てるんだ。
なんでそんなに体を密着させてるんだ。
何をどう怒れば良いのかもはや分からない。
取り敢えずアルトさんから離れてもらおうと近づこうとするとリリアがビクリと大袈裟なくらいに身体を震わせた。
そしてさらにアルトさんにしがみつく。
「わ、私この方に虐められてたんです·····。か、階段から突き落とされたりもして·····。だから、怖くて·····っ」
小動物のように震えながらアルトさんの大きな背中に隠れるのを見て私はなんだか唐突に理解した。
ああ、この子はアルトさんのことを自分のものにしたいんだと。
突然現れたこの場にいる誰よりもカッコよくて、立派で大人なこの騎士をこの子は自分のものに、自分の味方につけようとしている。
それは、嫌だ。すごく嫌だ。
そう思うのに、だから動かないといけないのに、身体が動かない。
今までの自分の弱さだとか醜さとか身勝手さがリリアによって全てアルトさんに露見したように思えて、彼の顔すら見ることが出来ない。
だって、あの時も結局最後まで彼女の嘘は信じられたままだった。
私は学園では彼女のものを傷つけ、挙句の果てには暴力をふるったことになっている。
それに私がリリアを虐めていたことは事実だ。
今度こそ幻滅されたかもしれない。顔を上げた時にアルトさんが冷たい目をしていたら、私は耐えられない。
自業自得という字が脳裏をチラつく。
そんな私が、今更反論の声をあげたとこで果たして耳を傾けてくれる人なんているのか。
さっきまでの威勢はあっという間に萎んでいく。
それどころかグラグラと地面が揺れるような感覚までしてきた。
その時。
「アリーサちゃん」
優しい、いつもの声が聞こえた。
ゆっくりと顔を上げた先にいたのは柔らかく微笑むアルトさんだ。
アルトさんはリリアの絡みつく腕を外すと、私に向かって両手を広げた。まるで受け入れるように。
「おいで」
呼びかけられて、もうダメだった。
私は周りの目なんて一切気にせずに全速力でアルトさんに飛びつく。
かなり勢いよく飛びついたにもかかわらずアルトさんは動じずにしっかりと受け止めてくれた。
「アリーサちゃん、大丈夫。俺はアリーサちゃん以外に靡くことなんてないから」
この悩殺スマイルを浮かべる悪魔さんは私の心がお見通しらしい。
ぎゅっ、と安心させるように私を包み込む。
アルトさんのおかげで少し落ち着いた私がそっと周りを見てみれば皆、一同にポカーンと口を開けて私たちを見ていた。
穏健派の生徒もリリア軍団も皆が同じ顔で呆然と私たちを眺めている。
その人たちの顔を見て今更ながらに子供っぽいことをしたと恥ずかしくなってアルトさんから離れようとするも、彼が腕の力を弱めないせいで離れられない。
「な、なんで?」とリリアが声を上げた。
そちらに目を向けると憎悪の視線で睨みつけられる。
「なんで、その女の味方をするんですか。私、私、その女に虐められたんですよ?!教科書を切り刻まれたこともあったし、制服に泥を塗られたこととかも·····」
必死にアルトさんに話しかけるリリアを見て私は違和感を覚える。
前から自分の利益のために嘘をつく子ではあったけど·····、ここまであからさまだったか?
「ねえ」
アルトさんがリリアの言葉を遮った。
「それ、本当?」
「ほ、本当です!!」
話が出来たのが嬉しいのかリリアは目を輝かせる。
「·····本当に?」
「は、はい!私、怖くて怖くて·····」
「嘘つき」
さらに言葉を重ねようとするリリアにアルトさんがにこりと微笑んだ。仮面のような笑みだった。
「·····え」
リリアが絶句するのも気にせずにアルトさんは楽しそうに「信じて貰えると思った?」と笑う。
「アリーサちゃんはそんな事しないよ。ちょっと口が悪いところもあるけど、理由もなくものを傷つけたり誰かに暴力をふったりすることはありえない」
「で、でも私は本当に!」
「じゃあ証拠は?」
「·····へ?」
「まさか証拠もないのにアリーサちゃんが犯人だって言ってるの?そんな訳ないよね?なにか証拠があるんだよね?」
先程とはうってかわって威圧感のあるアルトさんにリリアが目を逸らす。
「えっと、あの、も、目撃者が」
「目撃者?まさかそれだけだとは言わないよね?それだけならどれだけでも偽装できる」
「え、あ、いや、でも·····」
「君にひとついいことを教えてあげよう」
狼狽えながらも言葉を探すリリアにアルトさんが人差し指を立てた。
「これでも俺はそこにいる糞ガキ共よりは人を見る目があるんだ。それなのに俺が君の味方にはなるわけが無いだろう?
·····そしてこれは忠告。いつまでも自分を守ってくれる人がいると思ったら大間違いだよ」
その言葉にリリアは衝撃を受けたように目を大きく見開く。
「そうやっていつまでも他人を貶めることばかりで自立しようともしない人に誰がいつまでもついてきてくれると思う?」
「ち、違う。違う。私は、悪くない。悪いのはその女で·····。だから私は関係ないのに、悪くないのに、なんで?なんでみんなして私を責めるの」
アルトさんの言葉を否定しようと、リリアはうわ言のように同じ言葉を繰り返す。
その様子は酷く痛々しい。
こんなことになっているのは自分のせいではないと、今なお信じたいのだろう。
この状況を作り出したのが自分だと信じたくないから、目を逸らし私に罪を全て押し付けようとしている。
「そのまま嫌なことから目を逸らし続ければ待つのは破滅だけだ。頼る相手を新しく探すくらいなら解決策でも考えるんだね」
どこか吐き捨てるような様子でそう言うとアルトさんは目線をリリア軍団に向ける。
その表情は笑顔なのに向ける視線はどこまでも冷たい。
「君たちもだよ。自分の信じたいことだけ信じてなにを得られた?何も得られて無いだろう?
それどころか君たちは多くの信頼を失った。その腹いせに彼女に当たるのは些かおかしな話だと思うけどね」
その言葉に元婚約者が抗議の声をあげようとする。
が、結局何も言えないまま口を閉じた。
「そんなくだらないことでアリーサちゃんにあんな言葉を向けたのかと思うと反吐が出る。今後二度と君たちに会わないことを心の底から祈ってるよ」
そう言うとアルトさんは私の肩を抱いたまま講堂の出口へと向かう。
「え、ア、アルトさん?」
「もういいよ。帰ろう」
「え、でもまだ問題は·····」
「あれだけお灸を据えても効果がないんだったらその時は切り落とすまでだよ。大丈夫。賢いものならこの先どうすれば良いのか分かるはずだ」
歩きながらアルトさんが確信を持った口振りで話す。
「姉上!!」
後ろから声がして振り返ると義弟が立っていた。
だけど、アルトさんは歩くのをとめない。
「今度、また伺います。今日はありがとうございました」
少し止まって欲しいと、腕を引いて抗議するもアルトさんが止まってくれないので私は歩きながらもユーリイに頷き、「またね」と声をかけた。




