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6 花咲き令嬢と忠告


「証拠なら沢山ある。例えば、民衆の前で彼女を必要以上に貶めた罪。これは多くの目撃者がいる!」


ああ、そういえば一年前くらいにそんなことしたかも。

アランが読み上げたことに対して記憶の片隅でそんなこともあったなぁ、と思い出す。



「他にも彼女の靴を隠したり、机に死ねという文字を書いたり、教科書を切り刻んだり、制服をドブに捨てたり·····。

数えだしたらキリがない!そしてこれら全てに目撃者がいる!」


おい、ちょっと待て。


断罪されるのは別にいいんだけどさ、私そんなことした記憶ないんだけど。お祖母様に物は大事にしなさいって言われたからそんな明確ないじめらしいことは出来てないし、明らかなる冤罪になんで目撃者がいるの?




じろりと野次馬を見渡せば皆が一斉に目を伏せた。


·····なるほど、ね。


思ったよりもリリア軍団の力は大きいらしい。


まあ、イケメンも沢山いるし、ファンの子とかも協力してるのか。




はぁ、とため息をつくとアランは私が諦めの息をついたとでも思ったのか嬉しそうに「極めつけは!」と叫んだ。


「お前がリリアを階段から突き落としたという目撃証言だ!」


いや、だからそれもやった覚えがないんですよね。




が、しかし。アランの様子を見る分には本気で私がそんなことをしたと思っているらしい。


それでも、その後ろに隠れるリリアは顔を青くさせてアランを見ている。


「ア、アラン、その話はしなくてもいいって·····」


「リリアは優しいな。でもダメだよ、悪者は徹底的に排除しなければ」




リリア軍団の中でも事情を知っているものと知らない者がいるのかその様子は半々に分かれている。どうやらアランはこれが嘘だと知らないからあんな堂々と宣言してしまったらしい。


おい。グダグダじゃねぇかよ、リリア軍団。






「とにかく、こっちには証人がいるんだ。もう言い逃れは出来ないぞ、アリーサ。今回はお前の断罪をすると共にもうひとつ、しなければいけないことがある。それがお前との婚約破棄だ!


アリーサ・ローズ、お前のような女と生涯を共にするなどたまったもんじゃない!婚約を破棄させてもらう!!」


一息に言ったから疲れたのかアランは、はぁはぁと肩で息をしている。


やっと婚約破棄までいったか。




若干、疲れ気味の私は表情筋を全く使うことなく、「そうですか」と返す。


「なっ?!」


そしてそれに衝撃を受けたように少しのけぞったのがアランだ。


君さ、こんな野次馬がいる中でそんな反応したら馬鹿が露見するよ。折角でっかい猫かぶってるのに。


「こ、婚約を破棄するんだぞ!」


何故か念を押されたので私はもう一度「そうですか」と答える。


ああ、もしかしてアランは私が泣いて縋る的な予想をしていたのかもしれない。やつの中での私はやつにベタ惚れらしいから。


現実はそんなこと絶対しないけど。


正直、そこについては全く演技をするつもりすらないので素で返す。

「寧ろこちらがせいせい致しました。婚約破棄、確かにお受け致します」


やつとの婚約破棄はとてもどうでもいい。その意見については揺らぐことは絶対にない。

ただ、今婚約破棄を私が受けいれたことでもう後戻りは出来なくなった。

あの父が何も言わずにいてくれる段階はもう通り過ぎたということだ。


さて、と。

私は最後の仕上げに取り掛からなければいけない。

私は目付きを鋭くして、生徒会長を見る。

「生徒会長、あなたともあろう御方がまさかこの断罪が有効なものだとお考えなのですか?」

悔しそうに見えるよう、口調も若干恨みが増しく聞こえるようにする。

やだ。私、演技がうますぎる。

「ああ。有効だろうよ。君のしたことは事実のようだし、ここにはたくさんの証人がいるからね」

「·····それならば、私の処罰の程度はどのくらいになるのでしょうか?」

僅かに口元に笑みを浮かべて問いかけると、会長は少し驚いたような表情になる。

「恐らく、ここまで大事になると自宅謹慎がいい所だな」

「そうですか」


自宅謹慎。

生徒会長から確かにハッキリと言われた私の処分。

これを父に伝えれば、もう勘当は確実だろう。

もう、いいかな。


言質もとったし、大勢の前で恥もかいた。

これだけ大事にしたし。もう十分だ。

そう悟った私は生徒会長だけを見据える。

あとのリリア軍団は全く眼中にない。


「私、アリーサ・ローズは生徒会長の重いお言葉しかと胸に刻み込み、処分を甘んじて受け入れますわ」

私の言葉に今まで怖いほどに静まりこんでた食堂がざわつき出す。それもそうだろう、さっきまであんなに喚いていた女が突然、冷静にその罪を受けいれたのだから。


私はざわめきの中で深々とお辞儀をした。


もちろん、自宅謹慎ですますつもりは無い。

恐らくは、学園を退学させられて勘当だろう。


やっと、ここまできた。


あ、でも一つだけ心残りなのは·····。



頭を上げた瞬間、食堂の入口に立つユーリイと目が合った。

息が乱れている。恐らく、ここから離れたところで昼食を食べているところに、誰かからこの状況を聞いて走ってきたのだろう。

なんてタイミングの悪い·····。

思わず、素で笑ってしまった。苦笑だけど。


唯一の気がかりは、ユーリイがあの家で一人になってしまうことだ。

それでも私はユーリイを捨て、自分勝手に生きることを選んだのだ。だから、この選択を後悔しないように、私は精一杯生きなければいけない。たとえそれが私の自己満足だとしても。

ああ、それと。


私はリリア軍団の真ん中で大切に守られているお姫様を見つけると、目を合わせた。

リリアはそんな私に驚いたようで目を逸らせずにいる。

「最後に、一言だけ。自分にとって都合の良い世界は心地よいかもしれないけど、人の幸せを踏みにじってまで自分の幸せを守っても、いつかそのツケは必ずまわってくるわよ。負け犬の遠吠えと言われるかもしれないけど、これは忠告よ。

·····それでは、永遠にさようなら」

最後にリリアに向けて微笑むと、私は食堂から立ち去る。

ざわめきは大きくなる一方だし、納得の行ってないリリア軍団が後ろでキーキー騒いでるけど、私はやり切ったという思いでいっぱいだった。

まあ、本当のラスボスとの対峙は帰宅してからなんだけどさ。


食堂を出ようとすると、誰かに腕を掴まれて人から見えない場所に引っ張られた。

「ちょっと!」

誰か、とは言っても相手なんてわかりきってるんだけどね。

私が声をかけると、その人―――ユーリイは振り向いた。

その顔は今すぐにでも泣きそうだった。

幼い頃の面影が重なる。

うちに来てすぐの頃、ユーリイはいつも泣き出す一歩手前の顔をしていた。それもそうだろう。よく分からないまま連れてこられたのに、誰もなにも詳しいことは教えてくれない。

引き取った本人は自分にてんで無関心。

そりゃあ泣き出したくもなる。むしろ我慢した方がえらい。

まあ、その時私何も出来ずに影からそれとなく見ていることしか出来なかったんだけど。


「ユーリイ」

だから、幼い頃の私が本当はあの時、ユーリイにしてあげたかったことを私は今する。

その綺麗な銀髪をくしゃくしゃに撫でて、名前を呼んで、そして心の底から笑う。

「大丈夫よ、ユーリイ。貴方なら大丈夫」

「あね、うえ·····。なんで」

五日前のように、いや、五日前よりずっと戸惑ったような不安そうな声が聞こえてきた。

ごめん、ごめんね、ユーリイ。

こんな私をずっと姉上って呼んでくれてありがとう。

断罪前になんとか救おうとしてくれてありがとう。

それなのに、こんな姉でごめんなさい。

貴方を置いて一人逃げるような姉でごめんなさい。

貴方をなにからも救えない姉でごめんなさい。

姉とも言えない姉で、ごめんなさい。

これで最後だから、だから、ごめんね。


私はユーリイから一歩離れて距離をとる。



「貴方は強くて、賢い。だから貴方はお父様の道具に成り下がってはいけない。今ならまだ間に合うから。自分の意思で考えて、行動するの」

「あねうえ·····?」

「どうしようもなくなったら、私の部屋のベッド脇にある引き出しの二段目を開けなさい。二段目だけ二重底になってるから、その中に入っている手帳を見ること。もしかしたら私が居なくなったあとに部屋ごと処分される可能性があるから、なるべく早く取りに行って」


ユーリイは眉を寄せて私を見ているけど、今は伝えたいことを全て伝えないといけない。私には時間が無い。

恐らく一時間もしないうちに、この出来事は家に報告が行くだろう。そうなったら私は家に入れてもらうことさえ出来なくなるかもしれない。それは困る。折角それ用に荷物を纏めたんだから、荷物くらいは持っていきたい。


「えっと、そうね、あとは·····、取り敢えず貴族名鑑は覚えておきなさい。

あと、もうどうしようも出来ない、と思ったら母方のお祖母様のお墓参りに行くといいわ。きっといい知恵をさずけて下さるはず。

それと、一応言っておくけど、わたしアラン様の事これっぽっちも好きじゃないから。むしろ大嫌い。これからあの男に何か言われることがあっても全部無視していいから。あとは、生徒会長には気をつけなさい。あの人恐らくお父様と同じ人種よ。

·····あ、あと私が言えたことじゃないけどもう少し女の子見る目は養いなさい」

そこで言葉を区切って、他になにか言い忘れたことはないか考える。

·····あとの大体のことは手帳に書いてあるしこれくらいかな、なんて思っていると、一番大事なことを伝え忘れていることに気づいた。

「ユーリイ。私のこと、沢山恨んでいいから」


それが少しでも彼の原動力となるのなら私はユーリイに一生恨まれたままでいい。事実、それだけの事を私はした。



もしも、時を巻き戻すことが出来たのなら、今度は私はユーリイを助けるだろうか。


答えのでない問いにもしもの話なんてしても仕方ないか、と私は小さく笑った。

·····もう行かないと。












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