1 花咲き娘と会長
さて、その後の話をしよう。
まずアンナさんのことについてだけど、私の宣言通りアンナさんは処刑は免れた。
とは言っても流石に無罪とはいかず、暫くは罪を償うために牢の中だと言う。
が、ミユハさんとしっかりと話し合い、アスラン国王とも話をしたというアンナさんは私が会いに行った時にはまるで憑き物が落ちたようなスッキリとした表情をしていた。
申し訳なかった、と誠心誠意謝罪も頂いたし、私としては何よりの結末だ。
ちなみにミユハさんの件については私は気づいていないと言う体のまま、なかったことにした。
ミユハさんは申し訳なさそうにしていたけど、私が良いって言ってるのだからいいって言ったらいいのだ。
その事を小言を覚悟でアルトさんに報告すれば、アルトさんは私の頭を撫で、「まあ、アリーサちゃんならそんなことだろうと思ったよ」と思いのほか優しく笑われた。
ちくせう、カッコ良いじゃないか·····!
残り二人の男の処分についてだが、あの二人はかなり余罪があるらしく犯罪歴のオンパレードだそうで生涯牢から出られることはないだろうと聞いた。
そしてジュリーナ姫についてだけれど、これが一番驚いたことだ。
怪我が治ったらしいジュリーナ姫とアスラン国王は約束通り、謝罪に来てくれたのだけど、何が驚きってジュリーナ姫の性格の変わりようだ。
最早人格が入れ替わったんじゃないかというレベルで別人だった。
そして何故かあんなに好きだったはずのアルトさんの方をなるべく向かないようにしながら私に謝罪をしてくれた。
アルトさんの悪魔的スマイルにとてつもなく怯えていたけど、一体何があったのか。真実は闇である。
·····世の中、知らない方が良いこともあるしね。
アスラン国王も国民への説得および謝罪、そして事態の収拾に全身全霊を注ぐと約束してくれたし、この国と同盟を結ぶ用意も始めているらしい。
何はともあれ、これで本当に一件落着。
·····じゃなかった。
現在、週に二日城で寝泊まりし、残りを食堂で過ごしている。
というのも、未だに私の力は不確定要素的なところが多々あり、放っておく訳にもいかない。
だから、これまでほどではなくとも観察は必要だということでこういう形になった。
私と言えば、ミユハさん達と別れるのは寂しかったけど食堂に戻れないのも嫌だったので正直な所を言うと万々歳だ。
食堂に帰ってきた私をミャーシャさんとミストさんは肋骨が折れるんじゃないかという程の力で抱きしめてくれたし、常連さん達からも熱いラブコールを頂いた。
·····あ、ちなみにアルトさんはミストさんとミャーシャさんのご夫婦からありがたいお説教と物理的なお説教を頂いていた。
相変わらず頭から
花は咲くし、未だに『妖精の奇跡』は行くとこどこで噂されているけど問題はそこではない。
そう、現在一番の問題は·····。
「随分と久しいな、アリーサ」
この俺様会長への御返事がまだ出来ていなかったという事だ。
「ご機嫌麗しゅう、生徒会長。私の方も色々とあったものですから」
不遜に笑う会長に私も微笑み返す。
全く、なんでこんな天気の良い日にこんな胃のキリキリするような事をしないといけないのか。
最近はずっと痛みっぱなしの胃を自分で励ましながら生徒会長を見る。
「会長」
「なんだ」
問い返されて、私は大きく息を吸い込んだ。
言わないと。今、言わないと。
「·····先日の御返事ですが、やはりお断り致します」
「·····理由を聞いても?」
生徒会長がスッと目付きを厳しいものにすると私を見やる。
どこか迫力のあるその姿に少し怯みそうになる。
「私、前も言った通り案外ロマンチストですから。結婚はやはり恋に落ちてするものでしょう?」
「俺と共にいればそのうち恋に落ちるさ」
「いえ、きっとそれは永遠に有り得ません」
「·····なに?」
「私は恋とは少なからず相手に敬意を持っているものだと思うのです」
「君は俺に敬意を持ってないと?」
私は微笑んで答えない。
「はっ、随分とまたお厳しいな」
「·····それに、貴方も私に敬意なんて持っていない」
それまでは私が断りの言葉を口にしても動揺を見せなかったのに、その言葉で初めて会長は少しの動揺を見せた。
「貴方が私をそんなにも求めるのは、穴を埋める存在が欲しいから、でしょう?常人には分からない、その感覚がわかる私を近くに置いておきたいから」
「その通りだよ。·····そこまで俺の事をわかるのなになぜ断る?。不自由はさせないと約束するが?」
「いえ。だからです」
私が首を振って見せると彼は訝し気に眉をしかめた。
「会長のそれは恋なんてものではありません」
「それならなんだと言うのだ」
「貴方のそれは、依存ですよ」
改めて口に出してやっぱりカチリとそれがあて嵌ったのを感じた。
ずっと、何かが引っかかっていた。
極上と呼ばれるような存在である男が私に愛を囁き、挙句この先も惜しみない愛を捧ぐと約束しているのにどうして心が動かないのか。どうして私はこんなにも冷静なのか。
その違和感の正体が、ハッキリとわかった。
「確かに私もずっと虚しさを抱えていました。どれほど頑張っても認めてくれない環境と、愛してくれる人がいない状況に。いつも満たしようのない飢餓感があった。だから、私もずっと心の奥底で探していました。依存する相手を」
目を見開く会長に私は微笑む。
少し歪になってしまったかもしれないその微笑みは会長に届くだろうか。
「でも会長。共依存が産むのは、悲劇ですよ。
いえ、世の中にはそれでも上手くやっていく人はいるのかもしれない。·····でも、私達に幸福はやってこない」
まるで全く答えの見つからない難問にでも会ったかのような難しい顔をする会長を見ながら、私は自分の中の言葉を探す。
「お互いに敬意を持たないまま、例えば私達が結婚したとしましょう。きっと最初の頃は上手くいくはずです。お互いに依存して穴を埋めて、また依存して。·····でも、そのうち限界が来る。
私達は酷く自分勝手で、いつも自分が孤独だと思い込んでいますから。そのうちお互いの事を疑い出すでしょう。本当は相手が自分のことをどう思っているのか、と」
さわさわと心地よい風が頬を擽る。
「私は、そんなのは嫌なんです。幻想だと言われようと、なんと言われようと私は共に支え合える人と一緒になりたい」
頭に意地悪く笑うあの人の顔が浮かぶ。
少し、いや、かなり性格がねじ曲がっていて、でもとても優しいあの人の笑みが。
きっと、令嬢時代にこの人と出会っていたのなら、私はこの誘惑に陥落していたかもしれない。
でも、今は·····。
「私は、自分が孤独ではないと気づきましたから。
·····だから、お断りさせて頂きます」
やっと本当に自分の言葉で伝えられた気がしてやりきった感すらある。
自然と口角が上がる私に会長は眩しそうに目を細めた。
そして数秒間を開けてからポツリと呟いた。
「俺は置き去り、か」
その瞳は、まだ昏い。
·····ああ、もうなんで伝わらないのかな。
私は浮かべていた笑みを消すと、一歩生徒会長に近づいた。
「そういうことじゃないです」
「·····なにがだ。事実、君すら俺を置いてゆく」
昏い、昏い瞳が私を映し出した。
·····この人は本当に私とよく似ている。
他人の助けなんていらないと叫び、傷つくのが怖くて誰も近づけない。その癖、なぜ自分の気持ちを分かってくれないんだと嘆く。酷く自分勝手で、我儘で、そして·····、本当はとても寂しくていつも誰かに救って欲しいと願っている。
きっと、今も。
似ているからこそ、わかる。
私は最後までこの人に向き合わないとダメだ。
一度気合を入れる為、深呼吸をした私は再び生徒会長に向き直った。




