43 花咲き娘、問い詰める
まあ、聖女のことを隠さなくて良くなったのはいいけどそのせいで今こうして城を歩く度に聞こえてくる『妖精の奇跡』についてランサさんはずっと気まずそうにしてるし、ミカオさんは抑えきれていない笑いを後ろで堪えている。
ランサさんはいいとして、ミカオさん。あなたは許さない。覚えとけよ。
·····さてさて。
話は変わり、気になるジュリーナ姫についてだがあの後アスラン国王から私に直々に謝罪の言葉があった。
見るからに親バカなアスラン国王も今回の所業は流石に許せないらしく、怒りを顕にすると共に自らの育て方を悔いていた。
私としては怪我はなかったわけだし、寧ろ今回痛い目にあったのはジュリーナ姫なので、心を改めてくれることを願うばかりだ。
私はもちろん戦争なんて望んでいないし、出来るのなら平和に済ませたい。
取り敢えず、今はまだ怪我で体が動かしづらいらしいので完治し次第ジュリーナ姫と謝罪に来てくれるそうだ。
隣で話を聞いていたアルトさんがとてもイイ笑顔で「許さなくても良いんだよ」って囁いてきたのは軽く私のトラウマになってる。あの人、本当に怖い。
でも、色々あったもののなんとか平和的に解決出来たのは本当に嬉しく思う。
·····さてと。残る問題はあと一つ。
部屋に戻り、椅子に座った私はミユハさんにお茶を淹れてもらう。
「どうぞ」
机の上にカップが置かれた。
「·····今日も美味しいです」
ほう、と息をつくとミユハさんは良かったですと可愛らしく笑った。ミカオさんとランサさんは部屋の外にいるので今は二人っきりだ。
カチャリとソーサーにカップを置いた音が部屋に響く。
外でそよそよと花が揺れるのを一瞥してから覚悟を決め、私はミユハさんに視線を戻した。
「ミユハさん」
「はい。なんですか?」
「少しお話したいことがあります。お時間よろしいですか?」
私の座る向かい側の椅子を進めると、ミユハさんは読めない笑みを浮かべ了承する。
·····なんで私の周りってこういう人ばかりなんだろう。
胃がキリキリしながらもミユハさんが向かい側の椅子に座ったのを確認すると話を始めた。
「·····まず、私が攫われた時に居場所を見つけ出してくれたのはミユハさんだそうですね。本当に助かりました。心からの感謝を申し上げます。ありがとうございます」
「いえ、そんな、顔をあげてください」
慌てた様子のミユハさんにそう言われ、私は言われた通り顔を上げる。
「私は出来る事をしたまでです。とてもお礼を言われるようなことはしていません」
「ミユハさんがそう思っていても、私は本当に感謝してます」
そういうと、ミユハさんは困ったような微笑みをうかべた。
渇いた喉を潤すために私はもう一度お茶を飲む。
·····これで終われたら楽なんだけど、残念なことに本番はここからだ。
「でも、幾つか気になることがあるんです」
ミユハさんが首を傾げた。
「なんでしょうか」
「·····まず一番にどうして、あの空き家の場所が分かったんですか?」
ピクリと肩が揺れた。
ミユハさんは何も答えないままに時計の針が進む音だけが聞こえる。
「アリーサ様のお部屋をみて、手がかりを探しました」
しばらくしてから淡い笑みを浮かべたまま、ミユハさんが答えた。
「·····そうですか。それでは質問を変えます。
私はミカオさんから貴女があの時全ての指示を出してくれたと聞きました。自分たちが何をすべきかも、どこへ向かうべきかも。それならミユハさん。貴女はどうしてあの日あの時間に国王様たちの居る場所が分かったんですか?」
「·····それはどういう意味でしょう?」
「あの日、国王様達は秘密裏にアスラン国王と話し合いの場を設けていたそうです。それを行う時間帯も場所も必要最低限の関係者にしか知らされておらず、私もその話を聞くまでそんな話し合いがあったこと自体知りませんでした。
でもミユハさんはミカオさんに国王様達の居場所を教えたそうですね。そのおかげでスムーズに私の状況を知らせることが出来た、とミカオさんが言っていました」
ミユハさんは何も言わない。
「だから、あの状況でミユハさんが国王様たちの居場所を的確に知っているのは明らかにおかしいんですよ。それこそあの場にいた誰かからその情報を教えて貰わない限りは」
「·····気づいてらっしゃるんですね」
本当はこんな詰寄るような真似やめておやつの時間にしてしまいたい。
私は悪役令嬢の真似事なんてしていても争いごとや揉め事はきらいなのだ。
でも、このままにしてもわだかまりはのこってしまう。だから逸らしたくなるのを必死にこらえてミユハさんをじっと睨みつけるようにして見ていると、彼女はポツリとそんな言葉を呟いた。
それから諦めたような溜息をつく。
「物的証拠とかはないですけど」
そう答えれば、ミユハさんは眉を下げてこちらを見た。
「そうです。ご考察の通り、私は元々アスラン国王様からスパイのような役割を任命されてこの国に来ました」
――――やっぱり。
想像していたとはいえ、本人の口から聞くとやはり心にくるものがある。
スパイという言葉に私はギュッと膝の上で重ねている手に力を入れた。
「国王様から聞いたのですが、アスラン国王は聖女の存在を知っていたそうですね。それもミユハさんが?」
「ええ。この国に来てから情報を集め、確信しました。御伽噺として語られているだけではなく、本当に聖女はいるのだと」
「この国に来たのは何年前ですか」
「もう七年前になります。でも聖女について確信がもてたのはここ数年のことです。なにせこの国の最大の秘密と言ってもいい存在ですから情報を集めるのも容易ではありませんでした」
「·····そんな前から」
「はい。それから念願叶って城仕えになり、何の因果かアリーサ様に仕えさせて頂いています」
「それじゃあ、私と出会ったのは本当に偶然·····?」
「ええ、私もとても驚きました。まさか自分が聖女の担当になるとは思いもしませんでしたし、最初の頃は本当に貴女様が聖女だとは気づいていませんでした」
苦笑するミユハさんに私も複雑な心情になる。
なんせ、ミユハさんがどんな気持ちでスパイをしているのか、聖女をどれ程憎んでいるのかも分からないのだ。
微笑む余裕なんて無い。
「いつ、私が聖女だと気づいたんですか」
「·····能力を使っているのを、お見かけ致しました。王弟殿下と初めてお会いになった時に」
·····ん?
「実はあの時、アリーサ様が聖女だとは思っていなかったのですが念の為に素性を知りたいと貴女様の跡をつけていたんです。
·····でも、その、お部屋から出た時にアリーサ様の頭からお花が咲いていたので·····。しかも、直で」
ミユハさんの言葉に私は質問をした姿勢のまま、綺麗に石化した。
·····あ れ を、見られていたのか!!!!!!!!
は、恥ずっ!!え、ちょっ、え!!!滅茶苦茶恥ずかしい!!
何それ!え!!!え?!!
何を言われても冷静でいようと覚悟を決めていた数分前の自分が馬鹿らしくなってくる程の狼狽えを見せる私にミユハさんが気まずそうに目を伏せた。
「·····その、能力自体はよく分からなかったのですが、聖女は常人が持たない能力を持つと聞いたものですからもしかして、と」
なるほどね。うん。はい。
なるほど。はいはい。つまり、私が間抜けだったが為に聖女だってバレたわけね。あー、はい。うん。·····うん。
取り敢えず、コホンと一度咳払いをして気持ちを沈める。
·····少し落ち着こう。恥ずかしさに悶えるのは後でもできる。
とりあえず今は話を進めないと。
「·····だから花が無くなってたんですね」
「やっぱりお気づきでしたか?」
「はい。とは言っても気づいたのはたまたまなんですけどね」
私達が話しているのは王弟殿下と最初に会った時に咲いていた夾竹桃という花のことだ。
あの日、私は咲いた花を引き出しの中に入れて置いた。
それなのにどうしても眠れなかったあの夜、引き出しの中にあった花はアルトさんと話し合った時に咲いた花一輪だけだった。
そう、何故か夾竹桃の花が消えたのだ。
今まで花が消えたことなんてなかったし、花を移動させた記憶もない。
それを不思議に思っているうちに私の頭にある可能性が浮かんだ。
もしかして、誰かに花を盗まれたんじゃないかと。
そしてそれが出来る可能性が最も高いのはミユハさんだ。
「多分花をとったのは私が街に出た日ですよね?あの日はほとんど一日中出かけていたし、ミユハさんは城で留守番していましたから」
「はい、その通りです。アスラン国王からどんな能力なのか分からないのかと問われてあの日咲いた花を調べようと失礼ながらアリーサ様のお部屋を調べさせていただきました。
でも結局、アリーサ様の真の能力は未だに分かっていません。
·····花は後でしっかりとお返し致します」
「·····え、まだ咲いてるんですか?」
「はい。水にいけてる訳でもないのに生き生きと。やはり聖女の力で咲いた特別な花なんですね」
確かに私の頭から咲いた花はどれも生命力が強い。
·····まさかそこまで強いとは思わなかったけど。
私は曖昧に頷くと、話を進める。




