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ある騎士の話



最初、鬼がいると思った。


いや。鬼という表現すら生ぬるい。



鋭い眼光とギリリと音がするほどに食いしばる奥歯。

そして、なによりもその雰囲気が鬼すらをも従わすような、そんな迫力があった。



きっと、後にも先にもあんなエルセン様を見たのはこれが初めてだろう。










俺は昔から楽観的で人に怒られてもあんまり気にする質じゃなかった。何か問題があっても、なんとかなるっしょなんて気楽に思ってた。

その性格のせいでランサからもたまにお小言を貰ったりすることもあったんだけど、今日までは特に悩むこともなく生きてきた。




が、今回ばかりはそんなことは言ってられない。



だって、俺がしっかりしてなかったからアリーサ様は攫われてしまったのだから。






アリーサ様はある日突然、俺たち二人が任命された護衛対象だ。

きっとどこかの貴族の方なんだろうけど、俺らみたいな平民出の騎士にもいつも優しい。

一番最初に出会った時こそ、居場所がわからずに探し回ったけどその後は俺たちのことをいつも最優先に考えてくれてなるべく護衛が面倒にならないようにしてくれている。


一応、命じられているからアリーサ様の行動を報告しているけど、それだって特に報告するような悪いことはしていないし特に問題もなく日々を過ごしていた。



だからすっかり油断していた。


いや、そんなことは言い訳にしかならない。

馬を走らせながら、俺は今朝の光景を思い出す。


いつもは朝、同僚のミユハが扉をノックすると直ぐに返事が聞こえてくる。

ただ今朝は返事がなかったから俺たちはまた寝坊したのかな、なんて思ってた。

と言うのも、つい先日アリーサ様は城に来て初めての寝坊をした。だからてっきり今回もそうなんだと信じて疑わなかった。


だけど、そう思って入った部屋はもぬけの殻で·····。



一瞬、状況が呑み込めなかった。

だけど、ミユハが一番最初に部屋の中を捜索し始めたのを見て、俺も我に返ってアリーサ様を探し始めた。

遅れてやってきたランサも一緒に探してくれたけどやっぱりどこにもアリーサ様はいなかった。

そして気づいた。


窓の鍵の近くにガラスをくり抜いたようなあとがあり、未だに窓は空きっぱなしだということに。




今までの様子や、状況を見るにアリーサ様が自ら部屋を出ていった可能性は限りなく低い。

·····ということは。



「何者かに、攫われた·····?」



俺の心に浮かんだ言葉をちょうど同じタイミングでミユハが呟いた。


一気に血の気が引く。

ぐらりと視界が歪んで、頭が真っ白になる。



·····どうしよう。どうしよう。俺のせいだ!昨日は俺がずっと当番だったのに。俺がもっとちゃんと確認してれば。

俺がもっと·····!!



「何をしてるの!!」



自己嫌悪に襲われ、深みにハマりそうになる俺の背中をミユハが力強く叩いた。

背中にビリビリとした痛みがはしる。


「ミカオは早くこのことを国王様たちに報告するの!ランサは外に何者かの痕跡がないか探して。私も私のできることをする!」



ミユハの言葉に俺はハッとする。


そうだ。今は落ち込んでる暇はない。今この時もアリーサ様は何者かの手の中にいるかもしれないんだ。

早く探し出さないと。



ミユハとランサにあとを頼んで、俺は一目散に国王様たちの元へと向かう。


進めば進むほど内装が煌びやかになって、俺なんかが一生縁がない場所に足を踏み入れてるんだと感じる。それでもこの足を止める訳には行かない。


途中、足がもつれそうになるのを何度も堪えて、俺はやっと辿り着いた大きくて重厚なつくりの扉を勢いよく開いた。


国王様達が俺を驚きの目で見ている。


あまりに全力で走ったせいで上手く言葉が出ない。

伝えなきゃ。早く伝えなきゃ。




「アリーサ様が、どこにもいないんっす!」



やっと、つっかえそうになりながらもあまりに説明不足の言葉が口から出た。


俺の言葉に空間が時間を止めたかのように静まり返る。


「あ、朝、部屋にいったら、アリーサ様がいなくてっ!それで、しかも、窓にくり抜いたあとがあって、攫われたかもって」



何とかわかりやすいように説明しようとしているのに、自分自身混乱しているせいで上手く伝えられない。


そんな中、いち早く動いたのはエルセン様だった。


それまで静かに佇んでいたのに、俺の分かりにくい説明を聞くと物凄い勢いで近づいてきた。


そして、肩を勢いよく掴まれる。

骨が折れそうな程に力が入っていて、痛い。


「·····攫われた?」



その声は地を這うように低かった。


「アリーサちゃんが?」


不思議な色合いの瞳が俺を見る。

あまりの威圧感に身体が震えそうになるのを堪えて俺が何とか頷いたのを見ると、エルセン様は直ぐに部屋から出ていこうとした。

その手にはしっかりと剣が握られていて、その顔は見るもの全てを震えさせるような迫力があった。


「アルト、どこに行く」


国王様がエルセン様に声をかけた。


「わかりません」


エルセン様はそれでも足をとめない。


「行くあてがないのなら無闇に行動するのは得策ではない」


「ですがこのまま何もしない訳にもいかないでしょう」


感情を抑えつけているかのような声色でエルセン様が答える。


「一度落ち着くんだ。急いては事を仕損じる」


「急がなければ彼女の身が危うい!!」


怒号にも近い声をエルセン様があげた時「あの!」と声がした。


その声に皆が揃って声のした方―――扉をみる。

そこに居たのはミユハだった。

なんでこっちに来た?


訝しげに見る俺を他所に視線をいっぺんに集めたミユハはその真っ直ぐな目でエルセン様を見据えた。




「アリーサ様の居場所が、分かるかもしれません」









そして今現在、ミユハの言った場所に合わせて馬を走らせている。


城には、これから向かう目的地にアリーサ様がいなかった場合のことも考えて予備隊も待機させている。

俺とランサ、エルセン様は少々無理を言ってこっちについてきた。


こんな時に城でじっとしてなんて居られない。


代わりにミユハが城で待機してくれている。



通常、人が乗れるような速度では無い速さで移動する馬に乗るエルセン様に引き離されないよう、俺達も必死に馬にしがみつく。


·····お願いだから、無事でいてくれ。





がむしゃらに馬で移動し、どれくらいが経ったか、ようやくミユハの予想した場所、ある空き家についた。


外からでは人がいるのかは分からない。


馬から降りると、エルセン様が俺達に目を向けた。



「この先絶対に物音を立てるな。俺が合図を出すまで部屋にも入らないこと。わかった?」


逆らったら殺されそうな眼光に射すくめられ、俺とランサは頷く。

エルセン様は一度、固く目を瞑ると大きく息を吐き出した。


「·····いくよ」


次に目を開いた時、エルセン様の体から先程までの殺気立った雰囲気は消えていた。






今までのどんな訓練なんかよりも神経を研ぎ澄ませて、空き家を探る。


至る所に新しくつけられた足跡がある。

人は住んでいないにも関わらず置いてある家具には使用した形跡もあるしここに最近誰かが入ってきたのは間違いないだろう。



が、未だにアリーサ様がここにいるのかは分かっていない。

焦りばかりが募り、額に汗が滲む。



その時。




壁に何かがぶつかるような音がした。

そして、何かを殴るような鈍い音が続く。



顔を上げると、エルセン様と目が合った。

エルセン様は僅かに頷くと音がした方へと歩を進める。

俺たちも足音を立てないよう細心の注意を払って後に続く。


近づいてゆくと、段々と声も聞こえるようになってきた。


何かを叫んでいるその声は女性ではあるが、アリーサ様のものとは違うように思える。

·····アリーサ様はそこにいるのか。



未だになんとも言えない状況の中で、部屋に近づき続けそしていよいよ扉の前まで来た。

恐らく室内には男が二人。

あと叫んでいる女性と、男達の会話の内容からしてもう一人誰か女性がいるはずだ。



緊張感漂う中、エルセン様から下がれと合図が出た。


何故だろうかと不思議に思いながらも俺もランサも指示通り扉から下がる。


俺達が下がったのを確認するとエルセン様は剣を構えた。


まさか、と思った時には既に爆発音と共に扉が破壊されていた。

恐らくわざと煙を立て姿くらましをする為だろうが、どうあれ扉を剣だけで破壊するとはさすが生ける伝説。



男たちが喚いている隙に部屋を見渡す。

部屋にはやはり予想通り、男が二人と女性が二人いた。

一人はいつかアリーサ様達と街におりたときに出会ったご令嬢。

そしてもう一人は血の気の引いたアリーサ様だった。


俺達がアリーサ様を認識するよりも遥かに早く、エルセン様が駆け寄りその体を起こす。


エルセン様が声をかけるとアリーサ様は気を失ってしまった。

どうしたのかと焦ったが、どうやらエルセン様が来たことに安心して緊張の糸が切れてしまったらしい。

取り敢えず一安心と言っていいのか。


俺達はその間にもう一人の女性の方へ駆け寄る。

こちらの女性は何ヶ所か殴られてしまったようで痛々しい痣が出来てしまっている。

殴られたせいで気を失っているのか意識もない為、俺達は二人で隅の安全な場所に移動させた。






「·····アリーサちゃんを頼む」


そして、一度強くアリーサ様を抱き締めたエルセン様は俺に向けてそう言った。

それに頷き、素早くアリーサ様の元へ駆け寄る。


顔面蒼白ではあるものの、呼吸に異常はないようだ。


本当に、無事でよかった·····!



零れそうになる涙を抑えていると、先程まで感じられなかった痛いほどの刺さるような殺意を感じた。

慌てて顔をあげれば、そこに立つのはエルセン様だ。


「なんだよお前ら!まさかその服、騎士か?!」


「話が違ぇじゃねぇかよ、クソッタレ!!」


大男二人が耳障りな声で騒ぐ。

が、相手がエルセン様一人だとわかると男達はニタリと気味の悪い笑みを浮かべた。


「おやぁ、まさかお前一人で相手するつもりか?」


「そりゃあ、ありがてぇ。それならこいつをボコせば逃げられる確率も高くなるわけだ」


余裕が出てきたのか、ガハハッと笑い声を挙げるふたりに対してエルセン様はニコリと笑みを返した。


あまりに冷たく、まさに見たものを凍らせるような気さえしてくる微笑みだった。それは微笑んでいるはずなのに、喉元に切先を押し付けられているような殺意だ。


うるさかった男達も何かを感じとったようで、一気に静かになるとツーッと頬に汗を流す。





「お前ら、楽に死ねると思うなよ?」













彫刻のように美しく恐ろしい微笑みを浮かべたエルセン様はその後、自分は一切傷つくことなく一瞬のうちに男二人組の意識を刈り取り、捕縛した。



意外とあっさりしているそのやり方を意外に思っていると、エルセン様ににこりと微笑みを向けられた。

思わずビクリと体が反応してしまう。



「大丈夫。この後、ゆっくりじっくり生きるのが苦痛に思うくらいまでたっぷりお仕置きしておくから」



怪しく光る瞳に怯えながらも俺はコクコクと壊れた玩具のように頷くことしか出来なかった。

その姿は鬼と言うよりも悪魔という言葉がふさわしい。



後から連絡を受けて駆けつけた騎士団に男達を引き渡す。

その時にエルセン様が何かを伝えていたようだけど、それは知らなくても良い事のような気がする。·····主に精神衛生上の面で。



それからエルセン様は未だに寝息を立てて眠るアリーサ様を横抱きにすると、俺とランサに目を向けた。



「君達にも色々と聞きたいことはあるけど、アリーサちゃんに嫌われそうだから今はやめとくよ」



憧れの騎士からの嫌な予感しかしないお言葉に思わず顔を引き攣らせる。

·····ランサ、巻き込んでごめん。



隣で同じく顔を引き攣らせるランサに心の中で謝りながらも取り敢えずアリーサ様が無事だった事実にほっと胸を撫で下ろす俺達だった。






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