40 花咲き娘、気を失う
暴力描写があります。軽いものですが、苦手な方はご注意下さい。
どこか自虐的なその笑みを見て何も言えない私に女性は言った。
「もう、どうでも良いんです。貴女達を殺してしまえば私はどうなったって構わない。元々死んだように生きてきました。目的を遂げて死ねるのなら本望です」
何がそこまで彼女を極端な考えにはしらせるのか、私には分からない。
だって、復讐以外にもたくさんやらなければいけないことはあるし、生きてて一度も楽しくなかった訳でもないだろう。
それなのにどうしてそんなに厭世的なのか。
でもこうして考えてしまうのは、私にとってはそれが他人事であるからなのだろう。
きっと彼女にしか分からない事情や思いがあって、彼女は今、殺意を宿してここに立っている。
それでもやっぱり、私にはそれを理解をすれども納得することはできない。
彼女が何を思っていようが、私は生きたいのだ。
やっと自分自身の人生を生きてるって思えてきたのに、こんな所で殺されてたまるか。
決して心が折れないよう、怯んでチャンスを逃してしまわぬように身体に力を入れる。
「その人達は·····?」
男二人組を見やり、女性に質問する。
「金で雇いました。さすがに私一人では二人の殺害は無理がありますから」
「おいおい、そろそろやっちまっていいか?俺たちゃあ、お貴族様を好きにできるって言うから来たんだぜ?」
「そうだそうだ、そろそろ勢い余って殴っちまいそうだよ」
突然話に入ってきて息荒く私とジュリーナ姫を見る二人組に恐怖する。
·····あの人達が二人がかりで来たら私に勝ち目はない。
一体どうすれば。
「静かに。もう終わりますので。そうしたら好きにすればいいでしょう」
男達にそう言い捨てると、女性は再び私に目を向けた。
「今までさぞかし幸せな人生を歩んできたことでしょうし、最後くらい私の為になにかしてくれたっていいでしょう?惨めに死んでくださいな。それでは、さようなら」
そう言うと女性は背を向け、歩き出す。
「·····うっ」
その時、隣から呻き声がして、咳込んだ後にジュリーナ姫がゆっくりと起き上がった。
「·····あれ、私なんでこんなとこで寝っ転がって」
呆然と呟いた姫は出口に向かう女性に目を向ける。
「ア、アンナ?!どこに行くの?!まだ計画は終わってないのでしょう?!嫌よ、私をこんな所に残さないで!ねえ!ねえってば!」
女性はその言葉に振り向きもしない。
「アンナ!アンナってば!!ねぇ!!」
「よく鳴くご令嬢だなぁ。お前からの方が面白そうだ」
一向に反応しないまま出口へと向かう女性に半狂乱になって呼びかける姫は男達に気づかない。
「アンナ!!アンナッッ!!!」
「うるせぇよ」
頬に一発、大きな拳がめり込んだ。
姫が地面に擦り付けられるように倒れ込む。
「ジュリーナ姫!!大丈夫ですか?!」
慌てて駆け寄るも、呻き声を上げたっきり姫は起き上がれない。
「姫!姫!!お気を確かに!!」
今ここで気を失ってしまったら生存確率はぐんと下がる。
お願いだから、起きて·····。
「ほー、こいつ本当にどっかの姫さんなのか。そりゃあいい。嬲り甲斐があるってもんだ」
「·····貴方達、こんなことがバレたら死刑ですよ?」
震える声でなんとか男達に話しかける。
すると、男達はニタァと笑みを浮かべた。
「ハハッ、嬢ちゃん!そりゃあ脅しかい?!俺たちはそんなもん怖くねぇよ。生まれた時から汚れ仕事して生きてきたんだ。この身はいつ滅びてもおかしくねぇ」
それに同意するようにもう一人の男もガハハと笑い声をあげる。
·····狂ってる。どいつもこいつも。
「はっ、はっ」
睨みつけるようにそいつらを見ていると、隣でなんとかジュリーナ姫が起き上がった。
「大丈夫ですか?!」
「い、痛いわよっ!すごく痛い!!」
ジュリーナ姫はゴホゴホと言いながら涙目で男を睨みつける。
「あんた達っ!こんなことしてただで済むと思ってんの?!帰ったらパパに言いつけてやるんだから!!!覚えておきなさいよ!!」
「あんた馬鹿だなぁ。そのパパとやらに言いつける前にお前は死ぬんだ。俺たちに嬲り殺されるんだよっ!」
「·····は?嘘よ!嘘嘘嘘嘘!だって、アンナが助けてくれるもの!ねぇ!アンナはどこに行ったの?!アンナ!アンナ!!」
ジュリーナ姫だって本当はわかっているはずだ。
主犯は彼女で、自分は裏切られたのだということに。
それでも信じたくないのは、育てられた環境のせいか、はたまた認めたら死が直前に迫るこの状況のせいか。
「ジュリーナ姫、落ち着いてください。大丈夫、大丈夫だから」
「触らないでっ!!」
肩に手をおこうとしたものの、その手さえ振りほどかれる。
「ねえ!早くアンナを連れてきて!!こんなことあっていいはずないの!だってこの私が呼んでいるのよ?!早く!!早く!!!」
「うるせぇんだよっ!」
ガッ、と鈍い音がして再びジュリーナ姫が倒れ込む。
また腹を殴られたようで、今度は悲鳴のような声で悶え苦しんでいる。
「·····っとに、こいつうるせぇな。こいつから手っ取り早く殺すか。嬲るのはこの女の方にしよーぜ」
男の指が私に向けられた。
身が竦みそうになる。
震えも止まらないし、奥歯だって噛み合わずにカチカチと音を立てている。
いっそ、気を飛ばしてしまった方が楽だ。
「ああ、そうだなぁ。こいつはいい目をしてる。楽しみだ」
下衆な目が私を見て三日月にその形をゆがめる。
気持ち悪い。吐きそうだ。
「ったい!痛い!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
「うるせえつってんだろ!」
あまりの痛みに叫び出すジュリーナ姫を男がまた足蹴りにする。
そしてもう一人の男が私の方へと近づいてきた。
「さぁてと。嬢ちゃんのその反抗的な目、いつまで持つかなぁ」
骨が折れるんじゃないかと思うくらいの握力で手首を強く掴まれる。
痛い、気持ち悪い、嫌だ。こんなとこで、死にたくない。
ギヒヒッと気味の悪い笑みを浮かべる男を見てふと先程、女性が吐き捨てるように言った言葉が脳裏によみがえった。
『今までさぞかし幸せな人生を歩んできたことでしょうし、最後くらい私の為になにかしてくれたっていいでしょう?』
幸せな人生·····?
そんなもの歩んでこなかった。毎日心がすり減って、いっそ死んだ方がマシだって思ったことだって何度もある。
·····最近になってやっと、その幸せとやらが分かってきたのに、結局私の最期はこんななのかよ。
どうしよもなく湧き上がってくる悔しさに唇を噛み締める。
プツリ、と皮膚の破ける音がして口に鉄の味が広がる。
「楽しもーぜ、嬢ちゃんよお」
男が拳を振りかぶったその時。
爆発音のような音がした。
「な、なんだ?!」
「こんなの聞いてねぇぞ!!」
慌てる男達と立ち上る煙。
そして複数の足音。
よく分からない状況の中で、暖かな腕が恐怖に震える私の身体を包み込んだ。
「もう、大丈夫」
あまりに優しく聞き覚えのあるその声に、プツリと緊張の糸が切れた私はそのまま意識を失った。




