39 花咲き娘、監禁される
「いい加減起きなさいよ!」
キンキンとうるさい声と共に肩がゆらされて、意識が浮上してゆく。
·····ミユハさん、じゃない。え、誰?!
ガクガクと揺さぶられながら、目を開ける。
「こんな状況で眠れるとか何処までアホなのかしらね!」
そう言って甲高い声で私を嘲笑ったのはアホの子·····ではなくてジュリーナ姫だった。
目の前の光景に意味がわからず呆然とする。
とりあえず、私は状況を理解しようと周りを見渡した。
どこかの空き家なのか、所々にホコリを被った家具が置いてある。人は住んでいないようで、隅々には蜘蛛の巣も張っている。
そしてここにいるのは、私とジュリーナ姫の他に部屋の入口に男性二人と壁際に女性一人。
女性の方はかなり上等な服を着ているが、男性二人組はあまり綺麗とは言えない服を身に付けている。
女性の方は恐らくジュリーナ姫のお付きの者か何かだろうが、男性の方はわからない。
「ねぇ!聞いてるのかしら?!」
ジュリーナ姫に髪を引っ張られた。
·····痛いな。
じろりと睨みつけると、ジュリーナ姫が僅かにたじろぐ。
「な、何よその目!貴女、今自分がどんな状況か分かってるの?!貴女の命は今、私の手の上なのよ!」
どういうこと?
首を傾げる私を姫が鼻で笑った。
「可哀想に、馬鹿だから分からないのね!それなら教えてあげる!!今、貴女は私に監禁されてるのよ!」
いや、それはもうこの状況を見れば大体わかる。
ジュリーナ姫だけでは無理があるし、大方入口に立つ男二人組にでも手伝わせて私をなんらかの方法で城から連れ去ったのだろう。
そうじゃなくて·····
「なぜ貴女様が私なんかを監禁しているのですか?」
普通、用心深い人間ならばここで動機を話したりなんかはしないが、生憎ジュリーナ姫は馬鹿·····、じゃなくて少々頭が足りない。
私の予想通りフフンッ、と自慢げに語り始めた。
「私はね、騎士であるアルトと婚約を結んだのよ!」
·····まだ婚約候補だけどね。
心の中でツッコミを入れる。
「私とアルトは両想い。お互いにお互いのことを想い合っていたの!」
そうかなぁ。アルトさん、顔引き攣ってたけど。
「それなのに·····」
呑気にジュリーナ姫の話を聞いていたが、急にトーンが低く変化したことに気を引きしめる。
「それなのに、昨日私とアルトの婚約は無くなったって言われたのよ!!何よそれ!!!!ありえない!!!!」
駄々をこね、癇癪を起こしている子供のようにジュリーナ姫が喚く。
「私達は思いあってたし、お父様だって喜んでくれたわ!それなのにどうしてって·····!」
そんな姫の様子を用心深く観察しながらも私は心の中で首を捻る。
その婚約云々の話はわかる。
恐らく、国王様がアルトさんを気の毒に思ってご破算にしてくださったのだろう。
が、なぜそれが今の私が監禁されているという状況に繋がるのか。
その答えを教えてくれたのもジュリーナ姫だった。
「落ち込む私にそこにいるアンナが教えてくれたのよ!!全てはあなたのせいだって!!」
「·····は?」
思わず姫が指さした壁際に立つ女性に目を向けるも、女性は無表情のまま何を考えているのか分からない。
「とぼけても無駄よ!私は確かにアンナから聞いたの。貴女が聖女とやらっていう立場でその立場を使って無理やりアルトと婚姻しようとしているって!!」
「え?」
なんで、この人は私が聖女だって知ってるんだ。
のろのろとアンナと呼ばれる女性を見る。
相変わらず女性の表情は崩れない。
私の視線にも気づいているだろうにこちらに目もむけない。
「よくも私達の邪魔をしてくれたわね!聖女だかなんだか知らないけど、あんまり調子に乗ってると痛い目にあうわよ!!」
「待ってください、ジュリーナ姫。何か勘違いをされてます」
「なにがよ!!現に私はアルトとの婚約を白紙にされてるの!勘違いなんてしてないわ!」
「そういう事じゃなくて·····!」
何かがおかしい。
ジュリーナ姫とまともに話をしようとするものの、興奮状態にある姫には伝わらない。
それどころか顔を真っ赤にして怒っている。
·····どうしよう。
「もう、いいです」
この状況を何とかしようと思案している中、部屋に冷たい女性の声がおちた。
顔をあげると、いつの間にか壁際にいたはずの女性がジュリーナ姫の背後に立っている。
女性の言葉に首を傾げるジュリーナ姫に、彼女はニコリとあまりに冷たい笑みを浮かべた。
「貴女はもう用済みですよ」
女性がそう言うとそれが合図だとでも言うように、入口にたっていた男達が近づいてきた。
近づいてくるほどにその体格の良さがよく分かる。
男達は下衆的な笑みを浮かべると、ジュリーナ姫の腹に目掛けて拳を振り下ろした。
男達の容赦ないパンチによって、ジュリーナ姫はぐったりと気を失う。
「なっ·····!」
思わず漏らした声に女性が振り向く。
「貴女が現在の聖女、ですよね?」
「·····なんのことでしょうか」
動揺を表に出さないよう、何とか言葉を紡ぐ。
「しらばっくれるおつもりですか。·····まあ、認めようと認めまいと構いません。どうせ貴女方はここで死ぬ運命ですから」
穏やかでない言葉に私は今までとは大幅に雰囲気が変わったことを感じる。肌がひりつくような緊張感さえ漂う。
いや、待てよ?今、この人たしか貴女方って·····。
「·····まさか、ジュリーナ姫も殺すつもり?!」
私の嫌な予感は当たったらしく、女性は何を当然なことを、とでも言いたげに頷く。
「ええ、もちろん。まあ私が直接手を下すことはありませんが」
「だって貴女、ジュリーナ姫のお付きかなにかじゃないの?」
「侍女ですよ」
「なら何故?!」
「こいつがなんの責任も負わずに生きているからですよ」
「·····責任?」
「ええ。·····この国と私の国は昔戦争をした。そして私はその戦で父を亡くしました。それなのに王族は私たちになんの謝罪もないまま、敗戦を宣言し戦争を終えた。そして戦争を指示したはずの王族は何も不自由なく悠々と生きています。
·····この小娘だってそう。なんの苦労もせずに人に命令するばかりで自分は何もしないまま金と権力を使っているっ!」
女性の瞳に宿っているのはひたすらに憎悪と嫌悪の色だ。
彼女はぐったりと横たわるジュリーナ姫に目を向ける。
「·····敵国に聖女がいたって言うのは、ある伝手で教えて貰って元々知っていたんです。そして、また新しい聖女が現れたってことも」
何も言えない私を女性は睨みつける。
「私は今ここで貴女もこの女も殺す」
初めて向けられる明確な殺意に私の体は無意識のうちに震え出す。
「·····それは、復讐ですか?」
「ええ」
女性が間髪挟まず頷いた。
「私はこの国にもこの女の国にも復讐する」
「でも、いずれはこんなことバレますよ。そうなったら貴女は·····」
「処刑されるでしょうね」
淡々と、まるで他人事のように呟いた女性に私はなんと言ったらいいのか分からない。
·····なんでそんな、簡単に自分の命を
絶句する私の様子に気づいた女性がその顔に嘲笑をうかべた。




