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変化の時

王弟殿下視点です




「観光は楽しんで頂けましたか?」


「ええ、もちろんです」


時は早朝。

兄が問いかけ、それにアスラン国王が答える。

私とアルトは固唾を飲んでその様子を見守る。


アスラン国王親子がこの国に来国して今日で三日目。

今日が変化の時になるだろうという確信が私にはあった。



この場にいるのは、兄と私とアルト。そしてアスラン国王だけだ。聖女であるアリーサ嬢にはまだこの話し合いのことは伝えていない。変に期待させてもしも最悪の状況になった場合彼女にはきついだろうと考えてのことだ。

今頃はまだ部屋で寝ている頃だろう。




「今日はおひとりなのですね」


「ええ。ジュリーナはお恥ずかしながら、はしゃぎすぎて少し疲れてしまったようで今日は部屋で待たせています。」


アスラン国王はそう言うが、要はあまり面倒事を起こさずスピーディに話を進める為、置いてきたのだろう。

この前のちらりと見かけた時の姫の様子を思い出す。

いかにも傲慢で我儘なあの姫が真剣な駆け引きをするこの場にふさわしいとは思えない。

アスラン国王も今回はかなり警戒しているということだ。


「それより、あの騎士とジュリーナの婚約の話が全くの白紙になったと聞かされたのですが、それは何故でしょうか」


ピリピリとした緊張感の中、アスラン国王がいきなり核心に近い質問をした。

隣に立つアルトを見るも、何を考えているのか分からない。

無表情でそこに立っている。


「ああ、そのお話なのですがどうやら私達の調査不足だったらしく話を聞いたところアルトには既に想い人がいるとのことでして」


「何とかなりませんか、そちらにとっても悪い話ではないと思うのですが」


兄上が元々用意していた言い訳を話すも、アスラン国王も両国の関係の強化がかかっている為、睨み合いのような状況が続く。


やはり、そう簡単には行かないか。



思わず漏れそうになるため息を堪えて、姿勢を正す。

昨日、兄上は確かに大丈夫だと言っていた。

それならば私は兄上を信じるだけだ。



「悪い話ではない、とは?」


「·····わざわざ言葉に出さなくても分かるでしょう。私達の国がより良い関係になる為に、この話は進めた方が良いと」


兄の言葉にたらり、と汗を流すアスラン国王の表情はかたい。

恐らく二日前とは流れが変わっていることに気づいたのだろう。


「·····失礼ながら私には何故貴方様が、アルトとジュリーナ様の婚約を進めることが両国がより良い関係になる一番の近道だと思っているのかが分かりません」


「·····なに?」


「いえ、もちろん婚姻をすることで確かに両国の中は安定するでしょう。しかし、なぜそんな遠回りをする必要があるのですか?」


兄上の言葉にアスラン国王は訝しげに眉を顰める。

恐らく、兄上が言わんとしようとしている事が分からないのだろう。

そんなアスラン国王に兄上はニコリと微笑みかけた。


「つまり、早い話私たちが同盟を結んでしまえばいい話ではありませんか」


アスラン国王はしばらく、放心といった感じで兄上を見ていた。

そして数秒後、その細い目を見開いた。


「な、なにを·····!これはそんなに簡単な話ではないでしょう!」



アスラン国王の言おうとしていることは分かる。

私達の国とアスラン国王の統べる国はかつて、戦争をした。

だからこそ、現在両国の関係は悪化しているのであり、同盟を簡単に結べるような雰囲気ではない。

そして、それは国民の意思でもある。だからこそ私たちは今まで探り合いのような真似をしてきた訳で·····。


アスラン国王からしてみれば、今更何をという感じだろう。


だが、私たちだってそんなことは百も承知で話をしている。



「確かに簡単な話では無いです。ですが、それをより難しい問題にしているのは私達自身ではありませんか」


しばらく絶句していたアスラン国王は、ゆっくりと嘲笑のようなものを浮かべた。


「·····は、そうか」


どこか、納得がいったとでも言うようなアスラン国王の様子に私たちが首を傾げていると、国王はその顔に諦めのような色を浮かべた。



「風の噂でお聞きしましたよ。どうやら貴方たちの国には聖女という存在がいるらしいですね」



·····なぜ聖女の存在を?



思わず声が出そうになるのをすんでのところで堪える。

兄も流石に動揺を隠しきれなかったようで、一瞬微笑みが崩れた。アルトも聖女と言う単語に僅かに身じろぐ。


「·····三十五年前も我が国とこの国は同等の戦力を持っていたにも関わらず、明らかに戦況はずっとこちらの国に傾いていた。ずっとおかしいと思っていたのですよ、まさか聖女なる存在がいるとは想像もしていませんでしたがね」


アスラン国王はその情報元を明らかにはせずに話を続ける。


三十五年前、実は敵国の人間がこの国にその素性を隠して聖女を殺そうとしたことがある。

その出来事はあの方の心にヒビが入ったきっかけでもあるためよく覚えている。

そして、その捕らえられた騎士は瀕死になりながらも命からがらのこの国から逃げ出したと言う。

当時、国の中では大騒ぎになったと聞いている。

なんせ、聖女の存在は極秘にされていたというのにその秘密を知ってしまったものが敵国に帰ってしまったのだ。

大騒ぎにもなるだろう。


だが、不思議なことにその後、敵国が聖女云々と言い出すことは一度もなかったし、そのようなことを仄めかすことさえもなかった為、すっかりと油断していた。

敵国は聖女の存在を知らないままでいる、と。


が、次にアスラン国王が口にした言葉は私の想像とは少し違っていた。


「三十五年前は哀れにもその事実を知らずに戦っていましたがね。話に聞くと聖女は常人には持たない力を持っているそうで。今回も聖女がいるから余裕というわけですか、それで私にそんな無茶な要望を」



·····三十五年前は、知らなかった?

ならば、情報元はあの騎士では無いのか?



その時、私の頭にある可能性が浮かんだ。


·····まさか、この国にスパイがいる?



その可能性に辿り着くと、それしか思えなくなってくる。

そうなると何処までこの国の情報を知っているのか分からない。


どうしたものか、と思案する私と兄の目が合った。

その瞳に先程までの動揺は見受けられない。

任せろ、とでも言いたげなその姿に私は一度大きく息を吐き出し、頷いた。

大丈夫。私達が望むのは平和的解決だ。



「アスラン国王」


兄の呼び掛けにアスラン国王は項垂れて答えない。


「確かに、私達の国に聖女はいます」


アスラン国王が勢いよく顔を上げた。まさか肯定するとは思わなかったのだろう。

兄はそんなアスラン国王から目をそらさずに続ける。


「ですが、私達はこれから先どんな状況になろうとも聖女の力を武力として使うことはないと断言します」


「·····な、に?」


「三十五年前、私達の国は確かに聖女の力を使用し戦を勝利へと導きました。しかし、その代償は大きかった。普通に幸せな暮らしを送っていた少女の心を壊し、民を無作為に傷つけ、そしてなにより貴方の国の多くの人間を死に追いやった」


アスラン国王が唇を噛み締める。

何故か今はその大きな体が幼子のように小さく頼りない姿に見えた。

この方も、元々はそこまで好戦的ではない。きっと、戦争をすることについてもまだ迷っているのだろう。

何が正しいのか。



「私達は、当時その様子を見ていることしか出来ませんでした。まだ幼かった私たちにとって国王であった父の権力は絶対であり、なによりも何が起こっているのか把握しきれていなかった」


「·····だから仕方がなかったことだと?」


「いえ。そんな無責任なことを言うつもりはありません。いくらその時権力がなかったとはいえ、それを免罪符にしてはならない。

·····ただ、私は、私達はその悲惨さを知っている」


アスラン国王は何も言わない。

ただ、ちぎれんばかりに己の唇を噛み締めている。

まるで己の中の何かと戦っているように。


「私達の地位というのは常に何かを選択しなければならない。そしてその代償に少なくない犠牲を払ってしまうことだってある。だからこそ、私達はその選択を後悔してはいけないと思うのです。後悔しないような選択を常に選び続けなければいけないのです。私は、貴方と戦争をすることが良い選択だとは思えません。それがこの国を背負って立つ、私の意思です」



少し息がしづらく感じるような、そんな空気感が続いた。

その間、誰も何も言わずにいた。


そして、アスラン国王が口を開いた。


「私の母は、先の戦争で命を落としました」


「·····存じております」


「私には民を説得し、戦争を回避するだけの力があります。だが、今まであえてそれをしなかった」


自嘲気味た笑みを浮かべるアスラン国王はその悲しそうな瞳を私たちに向ける。


「一部の国民が戦争だ、と騒ぎ立てた時私はそれをおさめることができた」


それは、懺悔のようでもあった。


「でも、心の奥底では私も確かに戦争になっても良いと思っていました。母の仇を、今取れば良いでは無いかと、そう囁く自分がいました」


静かな部屋にポツリポツリとアスラン国王の語りが落ちる。


「母との思い出や、声なんかは忘れかけているのに·····、消えないんですよ。その時感じた憎しみや、悔しさだけが。そういう感情だけがずっと私の心の奥底で燻っていた。だから、今はまだ放置しておこうと自分の中で言い訳を重ねながらこうして状況が悪化するまで放置していました」


「·····同じことを、先代の聖女が言っていました」


兄の呟きにアスラン国王が顔を上げた。

私も驚く。その話は初耳だ。


「尤も、私は父と聖女が言い争っているのを盗み聞きしただけなのですが、聖女は仰っていました。憎しみや悲しみはその人の心の中で燻り続けると。だから、これからはもっと違う政治をしようと。聖女自身、父を殺したいほどに憎んでもおかしくない状況にいたのに、何度も何度もそう言っていました。·····父がそれを受け入れることはありませんでしたが」



兄の話し方からして恐らく、彼女が父と言い争いをしていたのは終戦後、つまり彼女の心が壊れたあとのことだろう。

·····そうか、あの人は自分がボロボロになっても尚、他の人を想っていたのか。



脳裏に優しい少女の姿が浮かぶ。

突然、自由を奪ったのは私達だと言うのに挙句の果てには私達の心配をしだして、どうにか平和的に解決できないかと考える少女の姿を。


·····その優しい血は引き継がれたのですね。


心の中でそう呟いた。




「そう、ですか。聖女がそんなことを」


「ええ」


兄が頷くと、アスラン国王はゆるゆるとかぶりを振った。


「·····もう、私にはわかりません。どんな選択肢を選べばいいのか」


国王とはいえ、兄もアスラン国王だって一人の人間だ。

迷う時だって、必ずあるだろう。

そんな国王に兄上が微笑みかけた。


「それならば、共に手を取り合い選択肢を増やしましょう。もう誰も不条理な不幸になど合わせないよう、憎しみも悲しみも共に背負って、歩みましょう。次の段階へと」


兄が席をたち、アスラン国王へ歩みよる。


兄が手を差し出し、アスラン国王がゆっくりではあるものの、その手をとろうとしたその瞬間―――。



バンッ!!!!





扉が音を立てて勢いよく開いた。



「何事だ?!」


兄上が声を荒らげる。

この時間、この場は幾人も立ち入り禁止になっているはずだ。

にも関わらず、目の前に現れた騎士は息を荒くして兄上を見る。


ん?この騎士、確かアリーサ嬢と一緒にいた·····



そこまで私が考えた時、未だに苦しそうに息をする騎士は叫んだ。




「アリーサ様が、どこにもいないんっす!!!!」













いつも1ページあたりの長さが安定しなくて申し訳ありません。


皆様、今年も拙作を読んでくださりありがとうございました。来年もどうかよろしくお願い致します。

良いお年を!

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