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38 花咲き娘、勘違いされる


「·····そ、そうですね」


呆然としながらも言葉を返す。

そして、ポンコツな頭がやっと状況を受け入れ始め、私の体から遅れてどっと汗がではじめる。


·····え、まってまって。

急すぎて心の準備が出来てない。こっちは昨日、自覚したんですよ。それなのにいきなり実物持ってこられたら直視できないって。



すーっ、とアルトさんから目をそらす。


「·····な、なんでここに?」


「今日で護衛の任務は終わりだからね。あの子には渋られたけど早々に引き上げてきた。·····ただ、残念ながらあまり有力な情報はあの子自体知らなかったみたい」


「ソウデスカ」


カタコトになってしまう私をアルトさんが不思議そうに見る。


あれ、今までの私、アルトさんとどうやって会話してたんだっけ。

どんな話をすればおかしくないのか、どこまで踏み込んでいいのか、全部わからなくなってしまう。


「·····王弟殿下、国王様の説得に成功したみたいだね」


気まずい沈黙にアルトさんが話題を変えた。

話題が話題だけにどことなく俯きがちだった私も視線をあげる。


「みたいですね。本当に良かったです·····。私は今、国王様から教えていただいたばかりです」


「俺もついさっき王弟殿下から教えて貰ったよ。あの子との婚約云々も全部白紙にしてくれるって」


「·····それは良かったですね」


ジュリーナ姫と一緒にいる時の血の気の引いたアルトさんを思い出す。いくら作戦だとはいえ、あれはかなり気の毒だったと思う。


「ああ。本当にね」


実感の籠ったアルトさんの言葉に思わず笑みを零せば、じろりと睨まれた。


ヤバい、と思ったころには時すでに遅し。


アルトさんはその綺麗な御顔にゆっくりと悪魔の微笑みを浮かべると、段々と距離を詰めてくる。



·····嫌な予感しかしない。


「そう言えば、こっちが必死に頭痛と気持ち悪さを我慢している時にアリーサちゃんは随分楽しげにルートさんと話してたね」


「·····へ?え、あ、いやそれは」


一歩、後ずさろうとした瞬間に許さないとでも言うようにアルトさんに手をとられる。


ひえっ。近い。待って、待ってくれ。大至急、離れてほしい。

じゃないと死ぬぞ。私の心臓が。



久しぶりにこんなに近くで顔を見たせいか、その顔面の造形美に目が潰れそうになる。

貴方、そんなにパーソナルスペースの感覚バグってる方でしたっけ?!!


負けじと掴まれている手を引き抜こうとするも、全く抜けない。

強く掴まれてる感覚はしないのに何故抜けない?



「ア、アルトさん?あの、なんか近くないですか?」


「気のせいでしょ。·····それよりも、ルートさんとは何を話してたのかな?」


「え"」


アルトさんから再度投げかけられた質問に私はぴしりと固まる。



何も言わないでいると、アルトさんが「ん?」と微笑みながら回答を促してくる。



「そ、その最近の社会情勢について、とか?」


仕方なく適当に答えを返すと、アルトさんが笑みを深めた。


「へー、他には?」


·····え、他には?

··········他には?


まだ何か捻りだせと?

ちらりとアルトさんを見るも、先程と変わらない笑顔で私を見ている。

·····うん。笑顔、のはず。何故か威圧感あるけど。


「·····他には、最近あったこととか」


「他には?」


「え、えっと、天気の話とか」


「他には?」


「た、体調の話とか」


どこの老人の会話だ、と言いたくなるような話題しか思いつかなくなってきた。十代がする体調の話ってなんだ。天気の話ってなんだ。


自分自身無理があると思う答えにもアルトさんは機械のように「他には?」と繰り返し続ける。


そして、私は悟った。

あ、これ本当のこと言うまで離してくれないやつだ、と。


「·····本当に、大したことじゃないんです。何でもないような日常の話です」



でも私は本当の事を言わなかった。



「俺には言えないことなの?」


僅かに私の手を掴む力が強くなった。

気づけば笑みも消えている。


自分でもどうしてこんなにも会長に告白されたことを言いたくないのかわからない。

ただ、直感的にいまアルトさんに話すのはふさわしくないと思った。


ここでこの問題にほかの人を巻き込んでしまったとしたら、そこにどんな問題があろうときっと会長は納得しない。

そう思うのはあの時、会長の昏い目を見たからなのかもしれない。

昔の私にそっくりなあの瞳を。



「·····言えない、です」



なんとか絞り出した答えにアルトさんは何も言わない。

妙な緊張感が漂う。


「でも、この話はもう自分の中でケリは付いてるんです。

·····だから、全てが終わったあとにアルトさんがまだ気になるんでしたらまた質問してください。そうしたら、その時はきちんとお答えします」


「必ずもう一度聞く」


間髪を容れず、そう言われた。

不思議な色合いをした瞳が私を射抜く。


「だから、その時は聞かせて」


「·····はい」



私が頷くと、アルトさんはゆっくりと手を離した。

先程までは近すぎる、なんて思ってたのに離れられると離れられるで少し寂しさを感じてしまう。



「·····じゃあまた風邪ひくといけないし、そろそろ中に入ろうか」


名残惜しさを感じつつも、頷く。

確かに少し日が暮れてきて寒くなってきたかもしれない。


「城までも一緒に戻る?」


「あ、いえ私は」


護衛の方たちがいるので、と答えようとして思い出した。

いや、思い出してしまった。




そうだった!私達の後ろにはミユハさん達がいたんだった·····!!




バッ、と勢いよく後ろをむくとそこには木の後ろからニマニマと顔を覗かせているミユハさん、ミカオさん、ランサさんがいた。

いや、ランサさんだけは真っ赤な顔でこちらを見ている。


·····み、見られてた!!!


顔が一気にあつくなる。



取り敢えず、慌てて別れを告げる。


「わ、私は護衛の方達と戻りますね!それじゃあまた明日!!」


アルトさんの返答を待たずに私は一目散に三人の元へと向かった。

この位置からだと話してる内容は聞こえずとも、私たちの姿はバッチリと見えているだろう。



なるべく早足で息荒く、ミユハさん達の元へ辿り着くとランサさんが真っ赤な顔のまま「恋仲だったのですね」と呟いた。


「違います!」


「またまた、随分と親しい様子でしたね」


と、ニマニマとした顔のままミユハさんに肩を叩かれた。

なんだその「全部わかってるよ」的な顔。

あなた、何も分かってないよ。


「まあ騎士の間では最近話題だったっすよ!あの伝説の騎士に想い人現る?!ってかんじで。物思いに耽けることが多くなったり、どことなくご機嫌だったり」


続けてミカオさんからの謎情報に私はなんと言っていいのか分からない。

物思いに耽けることが多くなったのは、戦争のことを考えているからだろうし、ご機嫌なのは私というストレス発散方法を見つけたからだろう。

アルトさん、揶揄いがいがあって楽しいとかふざけたこと言ってたし。


そもそも、私が一方的にアルトさんのことを好きって言うだけで実際はアルトさんとはただの·····。







·····あれ?ただの、なんだ。



三人になにか反論しようと言葉を探して、何も当てはまるような言葉を見つけられないことに気づいた。





知り合い?それとも共犯関係?·····まさか友達、とか?




以前ユーリイにアルトさんを紹介した時も思ったけど、アルトさんと私の関係ってなんなんだろう。

赤の他人よりは仲良くなれていると自負している。

·····でも、それ以上は?


私はアルトさんの中でどんな位置付けにされているんだろう。






ふと黙ってしまった私に三人はまたなんだかんだやんやと好きなように言ってくるけど、私はそのどれもに曖昧に否定することしか出来なかった。






アルトさんは、私のことをどう思っているのか。


私にはあの腹黒騎士の気持ちが全く想像できなかった。













そして、それぞれの夜が更けてゆく―――。






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