5 花咲き令嬢と断罪
「ごめんね、ユーリイ」
だからその言葉は完全に無意識に出たものだった。
「あね、うえ·····?」
戸惑いを隠せていないユーリイの声に私は自分が失言をしてしまったのだと理解した。
ああ、今日はダメだ。上手く演技ができない。
「もう疲れたわ、出てって」
だから私は心底迷惑そうな顔を作ると、ユーリイの呼び掛けを無視して、彼に向かって手で追い払う動作をした。
今日は多分、このまま話していてもまた失言をしてしまう。
今、ボロが出るとまずい。あともう一息なんだから。もう後戻りはできない。
しばらく何かを言いたげにしていたユーリイも私が本当にもう話す気がないことを悟ったのか、小さな声で「失礼いたしました」と言うと、部屋から出ていく。
それを確認すると、私は再びベッドに突っ伏した。
なんだか、すごく泣きたい気分だった。
◇◆◇
あの日からユーリイは私と目が合う度に何か言いたげに私を見つめる。でも、私はそれに気付かないふりをし続けた。
痺れを切らしたユーリイが部屋に訪れたこともあったけれど、今日は体調が悪いとかなんとか理由をつけて断った。
だから、義弟とはあの日から挨拶以外は一言も言葉を交わしていない。
そして、ユーリイと一切の会話をしなくなってから五日後。
ついに私は食堂に呼び出された。
昼時の食堂は当たり前だが、人が多い。
とことん私を晒し者にしたいのだろう。呼び出した張本人達は得意顔で私を見て笑う。
それならば、私も最後まで哀れで愚かな嫉みババアになりきってやろうじゃないの。
私は嘲りを含む笑みを浮かべると、リリア達に綺麗なお辞儀をした。
さて、いよいよ仕上げのときだ。
「本日はなんの用ですの?わざわざ私を呼び出すなんて、それはそれは大事な用事なのでしょうね?」
「ああ、アリーサ。君にとっては人生が大きく変わる用事だよ」
このねちっこい嫌味な言い方をする男が我が婚約者、アランだ。
こいつは、見た目は確かに王子様のようにキラキラとしているのかもしれないけど、中身は最悪オブ最悪。
プライドの塊野郎で、私が少しでもやつより優れているところがあると、その事についてずっとネチネチネチネチ文句をつけて、最終的に俺の方が優れてるんだと威張る最悪男だ。
女々しすぎて、こいつがもし女だったら私なんかよりよっぽどこのポジションに向いていると常々思っていた。
正直、私の方こそ何倍もこの男と婚約破棄したかったのだけれど、当然の如く父がそれを許可しなかった。
それをどう勘違いしたのか知らないけれど、何故かやつの中では私がやつにベタ惚れという設定になっているらしい。曲解もここまでくるといっそ清々しい。
だから、今私がリリアを虐めているのも自分がリリアに惚れてしまったからだと思っている。はっきり言う。超きもい。
まあ、いい。このやり取りも恐らく、今日で最後だ。
そう思えば、このウザさも多少は懐かし·····めないな。
うん。やっぱりキモいものはキモい。
「アランの言う通りです。
アリーサ様、貴方様の今までの行い、目に余るものがありました」
早速本題を話し始めたこいつは、この学園で一番最初にリリアに惚れた宰相の息子だ。こいつはすぐに理屈どうこうを引っ張り出してくる。正直、話してて凄くめんどくさい。
「あら、私の行い?貴方たちに咎められることなんてなにもなくてよ」
興味皆無!とひと目で分かるような表情を作り、リリア軍団を見渡す。普段、表情筋を使わない私も今日は大判振る舞いだ!
私の表情作りは効果抜群だったようで、軍団からは見るからに苛立ったような雰囲気が立ちこめる。
「あはは、リリアちゃんを傷つけておきながらしらばっくれるんだぁ。俺、世界中の女の子大好きだけど、君のことは大っ嫌いだわ〜」
私も貴方のその間延びした喋り方大っ嫌いです。
闇深めなチャラ男からのお言葉に、思わず真顔になってしまったので慌てて嘲笑を浮かべる。
「あら、気が合うのね。私も貴方のこと嫌いよ。と言うか、リリアってそこの小娘のことだったかしら?傷つけるってなんの事かしらね。全く心当たりがないわ」
クスクスとお上品に笑ってやると、食堂に異常な静けさが漂った。
野次馬達も、これからの展開にそれなりに緊張しているのだろう。
「君って」
「本当に」
「「性格ブスだね〜」」
そしてこの面倒臭い喋り方をしている二人は御察しの通り、双子だ。
確か、腹黒だったんじゃないかな。
アランとキャラが被っちゃってるんだよなぁ。
そして私は声を大にして言いたい。
「お前らも性格ブスだろ!!」と。
知ってんだぞ。お前らが、リリアを虐めた令嬢を皆で断罪した後、わざわざまた呼び出して「お前らみたいなブス元から眼中にねーよ」的発言をしたこと!!お前らも負けず劣らずのクズだわ!性格ブス男達め!!
「ふんっ、分かっていないのなら別にいい。どうせこれからこいつに降りかかる事実は変わらないのだからな」
ラスボスっぽく最後にでてきたこいつは、この学園の生徒会長だ。私の家以上の家柄のこの男とはパーティでも度々顔を合わせていた。私の記憶ではカリスマ性と確かな頭脳を持っている、なかなか優秀な男だと認識している。
あと、生徒会の仕事がかなり忙しいらしく、滅多にリリア周辺に現れない為、私の中で勝手にレアキャラ認定している。
まあ、その他諸々たくさんのイケメンが私に罵詈雑言を投げつけてくる。
暫くはそれにちょいちょい嫌味を挟んで対応していたのだけれど、あまりの人数の多さに疲弊してしまったのと、私の反論する語彙が無くなってきたのでここら辺で打ち切ることにした。
「結局、言いたいことがなんなのか伝わらないのだけど。野生の猿どもがキーキー喚くのは勝手だけど、簡潔に物事を説明する能力くらい身につけたら?あら、知力がないからそれも難しいかしら?」
本気で心配する顔を作って無理矢理、キーキーうるさい奴らの言葉を遮ると、さらに軍団の声が大きくなった。
おそらく反論しているのだろうけれど、キーキーにしか聞こえない。やっぱり猿だ。
私が演技じゃなく、本気でイラつき始めた頃、生徒会長がみんなを手で制した。
「静かに。どうやらあの女は自分の置かれた現状がよくわかっていないようだし、じっくり分からせるためにもこれから本格的に断罪と行こうか」
そう言った生徒会長は言葉とは裏腹にゲームを楽しんでいるかのような顔をしている。
·····どうしてあの面子のなかに生徒会長がいるのかずっと不思議だったけれど、もしかしたら彼は本気でリリアに惚れてるんじゃなくて、このゲームを楽しんでいるだけなのかしら。
この人は、父と同じ人種かもしれない。
ふと、そんな考えが浮かび、あの男の底知れなさに少しだけ怯んでしまった。
もちろん、表には出さないけど。
「·····断罪?あら、生徒会長ともあろう方が随分と面白いことを仰るのね。私にそんなことできるとでも思って?」
手で口元を隠しながらお上品に笑う。尚、目は笑っていない仕様です。
「ああ、できるさ。証拠がこれだけ揃っていればな!!」
そんな私の問いかけに答えたのは生徒会長ではなく、アランだ。
いや、お前はお呼びではない。出てくんな。
自信満々のアランが手に持っていたのは何枚かの紙が重なっているのを留め具でまとめた資料のようなものだった。
アランはそれを捲ると、声を張り読み上げる。
「アリーサ・ローズ。お前がこれまでリリア・カサランに行ってきた外道の行為、決して許されるものでは無い!よってここでお前の断罪を行う!!」
·····いや、言ってる内容薄いなぁ。そんなに声張り上げてんだからもっと内容のあること言えよ。
「リリア・カサランにしてきた外道の行為?身に覚えがありませんわ、証拠はあるのかしら?」
威圧的に問うと、アランは得意げな顔になった。




