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36 花咲き娘、恋を知る


·····眠れない。全く眠くない。


起き上がり、ベッドから出る。

目を瞑って羊を数えたものの、柵を超えた羊が9452匹目になった今も全く眠気は訪れない。

寧ろ、羊が狼に食べられ出す始末だ。

なんだ、私の精神状態でも表してるのか?



はあ、と一人溜息をつく。


脳裏に浮かぶのは生徒会長とアルトさんの顔だ。

結局、あの後会長とアルトさんはジュリーナ姫に同伴した為、最後まで会うことなく城に戻ってきてしまった。

色々と話さなきゃ行けないこともあるんだけどな。


まだ戦争防止のための作戦の詳細だって考えていない。

一体どうすれば平和的に戦争を未然に防止することが出来るのか。

二度とお祖母様の時のような悲劇を生みたくない。




グルグルと頭の中で色々なことが浮かぶ。


·····ダメだ。夜はマイナス思考になりやすい。少し散歩がてらアルトさんと話をした時に咲いた花について調べにいくか。


私は引き出しからあの時咲いた花を出した。

相変わらず、生き生きと咲き誇っている。



花を手に持った私はそっと扉を開ける。

廊下には暗がりの中に僅かに明かりが灯っている程度だ。


·····あれ、そういえば―――。


少し寒い廊下に足を踏み出した瞬間、突然肩に手が置かれた。

「ひゃっ」

「あ、驚かせてしまって申し訳ありません」

思わずらしくない声をあげると、謝罪が返ってくる。

振り向くと、そこにはランサさんがいた。

あ。監視のことすっかり忘れてた。


見るところ、ランサさん一人のようだ。

ミカオさんとは交代制なのだろう。


「こんな夜更けにどちらへ?」

「えっと、少し眠れなくて散歩にでも行こうかな〜なんて」

「花を持って、ですか?」

ランサさんは不思議そうな視線を手に持つ花に向ける。

ぎくり


「さ、散歩しがてらこの花の種類を調べたくて」


嘘はついていない。

若干、挙動不審な私をランサさんがじっと見つめる。


「わかりました。一応俺もついて行きます」


あ、いいんだ。割と怪しかったと思うんだけど。

·····前から思ってたけどミユハさんもミカオさんもランサさんも私に甘い気がする。


何はともあれ許可は出た為、私とランサさんは共に資料室へと向かった。







道中、ポツポツとランサさんと話をする。

「それにしてもあのエルセン様とお知り合いだったとは驚きました」

「あ〜、そ、そうかな?」

「ええ。·····実物も相変わらず格好良かったですよね」

「う、うん」

「エルセン様はファンクラブまで作られているくらいですしお会い出来ただけでも光栄です·····」


そういうランサさんは夢見る少年のような目をしている。

·····まさか憧れの騎士が腹黒で性格ねじ曲がってるような人だとは思ってないんだろうなぁ。うん、このことは黙っておこう。

アルトさんの擬態、完璧だし言わなければバレないでしょ。


「アリーサ様、どうされましたか?」

「あ、ううん。なんでもない」


密かに心の中で決意すると同時に目の前に資料室の扉が見えてきた。

ガチャリと音を立てて鍵が開く。


「あ」

「おや」


そして、扉を開けると中にいた王弟殿下と目が合った。


隣にいたランサさんが素早く最敬礼する。

私も淑女の礼をとった。

「やあ、随分また夜更けに」

「少し眠れなくて」

「ああ、君もか。私もどうにも眠れなくてね」

王弟殿下はいたずらっ子のように笑う。


「少し二人で話したいことがあるんだ。二人っきりにしてもらっても構わないかい?」

「·····かしこまりました。部屋の前で待ってます」


王弟殿下の言葉にランサさんがこちらを見たので頷くと、ランサさんは軽く頭を下げて資料室から出ていった。

部屋に静寂が落ちる。


「私は明日兄と話をすることにしたんだが、情けないことに緊張して寝付けなくてね」

「実は私もこの先のこととか考えてるうちに眠れなくなってしまって」


やっぱり王弟殿下も緊張なさるのか。


私は王弟殿下の手元に目をおとす。

「それは·····?」

「この国の歴史について書かれた資料だよ。少し、読み返しておこうと思ってね」


王弟殿下はペラペラと数枚紙をめくると、私にその資料を見せた。


「この資料は君のお祖母様が聖女として活躍した時代のものだ。この前、本で見た光景ではこの国は戦争の真っ只中だっただろう?」

私は頷く。


「あの時、この国と戦争していたのは隣国。つまり、アスラン国王が統べる国だよ」

「そ、そうだったんですか?」

「ああ、知らないのも無理ないよ。ここら辺の歴史は学園でもはぐらかされることが多い。国が隠匿したい過去だからね」


·····確かにここら辺の過去は明確には出来ない事ばかりだろう。


考え込む私に王弟殿下が悲しそうに微笑みかける。

「だからこの国と隣国が戦争になりかけているのは、昔のわだかまりがまだ残っているせいなんだよ。お互い、決して楽な戦いではなかった。この国は勝利したけど、死者だって出た。聖女の力が及ばない範囲にいってしまえば、簡単に人は死んでしまう」


だからね、と王弟殿下は続ける。


「正直、アスラン国王も兄も中々簡単には引かないと思ってる」


俯く王弟殿下に私はなにか声をかけようと思うものの、何も言えなかった。

その時を生きていない私にとって、戦争はただ想像することしか出来ない。その時の痛みも、苦悩も想像することしか出来ない。

そんな私が何かを言ったところで、それは気休めにしかならない気がした。


「でも」


王弟殿下が俯いていた顔を上げた。

私と目が合う。


「だからこそ、私がやらなければいけない、説得しなければいけない。兄と、あの時の誓いを守るためにも」


時は夜更け。部屋は少し薄暗いにも関わらず、王弟殿下の姿ははっきりと見えた。



私はその姿に気迫のようなものを感じて圧倒される。


「·····その花は?」


が、打って変わって次の瞬間には興味津々と言ったような目を何かに向けている。

突然質問された私は「え?」と王弟殿下の見ている先に合わせて視線を下げた。


そこには私が持ってきた花があった。

「それは君の能力で咲いた花だろう?」

首肯すると王弟殿下はニンマリとらしくない笑みを浮かべる。


「おやおや。それなら君は誰かに恋をしているようだね」

「··········はっ?!」


何を言ってるんだこの人は!!


私は思わず目を見開いて王弟殿下を見る。

そんな私の反応に王弟殿下は首を傾げた。

「おや、違うかい?でもその花、カーネーションだろう?しかも、白色の。花言葉は『純粋な愛』。南の国ではプロポーズに使う人もいるそうだよ」


·····は。


「そもそもカーネーション自体の花言葉が『無垢で深い愛』なんだ。どうやら君は相当その人のことが好きなんだね」


私は王弟殿下の言葉が理解できないまま花に目をやる。


相当、その人のことが、好き·····?







私は花が咲いた時のことを思い返す。


あの時は、とにかく苦しそうにしているアルトさんを励ましたかった。

それで、アルトさんはいつもみたいにニヤニヤと笑ってるくらいの方がいいって思った。



·····アルトさんには、幸せでいて欲しいって思った。



なんで? なんでそう思ったの?




だって、私はアルトさんの笑った顔が好きで、それであわよくばまた私に笑いかけて欲しいから·····。






そこまで考えてから私は自分の顔がボンッと音がしそうな程に赤くなるのを自覚した。


「おや、無自覚だったか」


王弟殿下が楽しげな声色で呟く。

私としては何も面白くないのだけど。






·····でも、そうか。


はぁぁ、と私は長い溜息をついた。



どうりでジュリーナ姫といるのを見ると胸がモヤモヤするわけだ。

私だってもっとアルトさんと話したいのに、なんて思うわけだ。




ああ。これはもう認めるしかない。



私はあの腹黒騎士が恋愛的な意味で好きなのだと。

あの人が悲しめば私も悲しいし、あの人が笑っていればこっちまで嬉しくなってくる。





この胸を締め付けるような、でもふわふわするようなこの気持ちが、恋なんだ。








今頃になって気づくとは自分の事ながら呆れてしまう。

·····でも婚約してる時も恋なんてしてなかったし!

いや?そもそも私、これが初恋なんじゃ·····?


「一人で百面相してるのは見てて面白いけど、そろそろ部屋に戻らないと風邪をひくよ」



衝撃の事実に気づいてこっちは大混乱中だと言うのに、王弟殿下からほのぼのと声をかけられた。

その顔には言葉の通り楽しそうな笑みが浮かんでいる。

元はと言えばこの人が原因なのに·····!


「部屋に戻って、ゆっくりと考えると良いよ。自分がどうしたいのか、どうなりたいのか」

「··········はい」


すれ違い際に、王弟殿下にポンポンと頭を軽く撫でられる。

くっくっくっ、って笑ってるのこっちに聞こえてますからね!!


一人でむくれていると、ランサさんが部屋に入ってきた。


「アリーサ様·····?王弟殿下にそろそろ部屋に戻った方が良いと言われたのですが」

「あ、もう戻ります!」


ランサさんの言葉に私達も資料室から出る。


先程よりも挙動不審な私をランサさんが心配そうに見ているけど、今は誤魔化す余裕もない。



あ〜、どうしよう。眠れなくて資料室に行ったのに、これじゃあもっと眠れなくなっちゃったよ·····。

一睡も出来なかったらどうしよう。
















翌朝。ミユハさんが部屋に入って起こしてくれるまで、私はぐっすりと眠っていた。


·····ほんとに、よく寝た。




思ったよりも図太い自分に私は起きて早々に溜息をついたのだった。










お読みいただきありがとうございました!


Happy Merry X'mas!!

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