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34 花咲き娘、満腹になる


「·····あの、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

久しぶりのやり取りに胸をあたたかくしていると、ランサさんから問いかけられた。


「はい、なんでしょう」

「失礼ですが、アリーサ様は貴族の生まれではないのですか?」

「·····生まれは貴族ですよ」

「生まれは?」

「はい」


嘘は言ってない。けど、どこまで話していいのかわからなくて私は曖昧に微笑んで回答を避ける。

下手に話してこの二人を巻き込みでもしたら目も当てられない。


私の態度にランサさんはまだ不満そうではあるものの、何かを察したのか引いてくれた。

ミカオさんはよく話の内容がわかっていないようで首を傾げている。


微妙な空気になってしまい、気まずくなっているとミャーシャさんが料理を持ってきてくれた。


「ほい、おまちどうさま!オムライスとレバニラ炒めだよ!」

「お、うまそーっすね!」

「本当だ」


先程の空気から一変、目をキラキラとさせる二人にミャーシャさんがニカッと笑う。

「美味そうなんじゃなくて美味しいんだよ、たんとお食べ!ご飯と味噌汁はおかわり自由だからね」

二人が同時にお礼を言う。

私も目の前のオムライスに目を向けた。

うん、相変わらず美味しそう。

「卵は半熟にしといたからね」

「ありがとう!」


私の好みを覚えていてくれたミャーシャさんに心からお礼を言う。

こういう所がこの食堂が、ミャーシャさんが愛される理由だろう。

「しっかり食べてしっかり寝れば大抵の事はどうにかなる。

アリーサ、私はあんたの身に何が起こっているのか知らないけどこれだけは確かだよ。たくさん食べて英気を養いな」

ミャーシャさんが私の頭を優しく撫でる。

不意に涙がこぼれそうになるのを我慢して私は頷いた。


分かっていたんだ。ミャーシャさんは私がなにかしらの面倒事に巻き込まれてるって。

それでもこうして帰りを待ってくれて、優しい言葉までかけてくれて。



いつか返せるだろうか、私がこの人達にしてもらったことを。

数え切れないほどの恩を。




ミャーシャさんの手が頭から離れた。

温もりが離れていくのが少し寂しく感じながらも、私はスプーンを持った。


「いただきます」

オムライスを掬って口に運ぶ。

ふわふわとした卵に包まれたチキンライスが口の中一杯に広がる。

「美味しい」


思わず顔を綻ばせれば、ミャーシャさんが自信満々に「当たり前だよ」と笑う。

ミカオさんもランサさんも「美味い」とだけ言うとレバニラ炒めを黙々と食べている。


英気を養う、か。


ミャーシャさんの言葉通り、私はしっかりと食べてそれを活力へと変える。


頑張ろう。この後が勝負なんだ。


オムライスが載っていたお皿が空になる頃には私はすっかり満腹になっていた。

「ご馳走様でした」


三人揃って手を合わせると、ミャーシャさんはミカオさんとランサさんに「また来てね」と声をかけ、私に「待ってるからね」と笑いかける。

私はそれに頷き、名残惜しさを感じつつも店を出た。



「いやー、お腹いっぱいっす!俺、三回もご飯おかわりしちゃいましたよ」

「俺も。つい、美味しいからって食べ過ぎたな」

食堂を出ると、ミカオさんがお腹をさすり、ランサさんは満足気に微笑む。

そんなに褒めてもらえるとこちらとしても誇らしい限りだ。

「満足していただけて良かったです、ぜひご贔屓に」

ちゃっかり宣伝しておくと、二人ともまた行くと約束してくれた。やったね、思わぬ所でお客さんゲットだ。





「次はどこに行くんすか?」

ミカオさんの言葉に私はうむむと唸る。


正直、一番の目的は食堂に行ってミャーシャさんに会うことだったからもう満足と言えば満足だ。

他に会いたい人もいるけれど、会えるかも分からないしな·····。


と、どうしようか考えあぐねている私の名を誰かが呼んだ。



「アリーサ?」


私をこう呼ぶ人はかなり限られている。


咄嗟に声のした方に振り向く。

「会長·····」


そこには、会いたくなかった人物、生徒会長が立っていた。



なぜよりによって会いたい人ではなく会いたくない人とこんな所で出会ってしまうのか。


我ながらよく分からない巡り合わせに溜息をつく。


「顔を合わせて早々に溜息とは随分なご挨拶だな」


ニヤリと笑う会長に私も笑みを作ると負けじと微笑み返す。


「そうなる原因を作っているのは会長な気もしますが」

「これは手厳しいな」


微笑みながら無言の火花を散らす。

ミカオさんとランサさんは最初、会長が近づいてくると私を庇うように前に出てくれたものの、私が知り合いだと言ったので今は後ろに下がっていてくれている。

でも私たちのやり取りに若干顔を引き攣らせているのがさっき見えた。·····気にしない、気にしない。


「それよりも俺がいない間に随分と面白い展開になってたみたいだな」

首を傾げる私の頬を会長が撫ぜるように触る。

しかし、声は先程よりも抑え気味だ。恐らく後ろのふたりには聞こえないようにしているのだろう。


「アルト殿、どうやら隣国の姫の婚約者候補になっているそうじゃないか」

「ええ、そうみたいですね」


私が平然と返したことに驚いたのか、会長が片眉ををあげる。

「なんだ、知っていたのか」

「まあその場にいましたので」

「ほお。で、どう思った?」

「別にどうも思いませんよ。私がどうこうする問題ではありませんから」

「·····なら、俺の告白への返事は考えたか?」

不遜な笑みを浮かべる会長に私は数秒考えてから頷いた。

「誠に申し訳ないのですが、丁重にお断りさせていただきます」


会長が観察をするように目を細める。

·····父にそっくりな目だ。


「何故?」

「私、意外とロマンチストなんです。結婚はやっぱり愛し合う人同士がするのがいいんじゃないかと」

「私は君を愛している」

「でも私は貴方を愛してません」

「これから好きになれば良い」


会長の答えを否定しても彼は相変わらず余裕そうな顔で私に言葉を返す。


「君が欲しいものならなんでも与えよう、君がしたいことなら何でもさせよう。決して不自由はさせない」

会長が私の顎を持ち上げ、強制的に見つめ合う形になる。

琥珀色の瞳と目が合う。


「俺なら君の望んでいるものを与えられる」

「会長、―――――」



「なにしてるんですか」


私が口を開いた瞬間、声がした。

いつもより少し低く、掠れるアルトさんの声が。

アルトさんの息は少し荒かった。




「·····また、貴方ですか」


はあ、と会長が溜息をついた。

会長の言葉にふと図書館でのことを思い出す。

そういえばあの時もこうしてアルトさんが割り込んで·····。

って、あれ?



「アルトさん、ジュリーナ姫は·····?」

「多分そろそろ追いかけてくる」

「·····は?」


·····何を、言ってらっしゃる?



と抗議しようとした時、突然「ちょっとぉ〜」という甘ったるい声が聞こえてきた。









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