33 花咲き娘、街に出る
次の日。
目を覚ました私が朝の支度を終えると同時に、誰かが扉をノックした。
「はい、どうぞ」
「おはようございます、アリーサ様」
「ああ、ミユハさん。おはようございます」
扉を開けたミユハさんに微笑み返すと、その後ろからミカオとランサも顔を出した。
「はよっす!」
「おはようございます」
「おはよう、ミカオさん、ランサさん」
ミカオさんは朝から元気そうだけど、ランサさんは朝が弱いのかまだ少し眠そうにしている。
「本日の予定なのですが、今のところ特に決まった予定は無いそうなので自由にしてても良いと国王様から承っております」
「自由に?」
「ええ」
ミユハさんが頷くのを見て私はどうしようか、と首を傾げる。
おそらくアスラン国王達が来ているせいで忙しくしているのだろう。
「えっと、外に出たりとか出来ますか?」
「外、ですか」
「はい。城外とかって·····」
ダメで元々だ、と聞くとミユハさんはキョトンとした顔をする。「·····特に何も言われてませんが」
「え、ホントに?」
「はい。そう言えば、アリーサ様はお城に来てからまだ外に行かれてませんね」
「そ、そうなんです。だから外に行きたくてですね」
「あら、それでは今日は外に行かれますか?」
「いいんですか?」
「勿論です。あ、でもそうなると私は留守番ですね、ミカオとランサが護衛することになると思いますが」
さすがに二人の護衛兼監視はあるようだけど、それでも外に出られるのなら万々歳だ。
あのいけ好かない国王もやはり人の子。
時にはミスを犯すこともあるようだ。
·····外に行ったからって三人が罰を受けないといいけど。
その時はまた考えよう。
「私、外に行きたいです」
「承知致しました」
ミユハさんはそう言うと、早速準備を始めてくれる。
私はその背中に声をかけた。
「あの、なるべく服は平民に近いものを用意していただきたいのですが」
「え、ど、どうしてでしょう?」
「街に出て変に悪目立ちしたくないので·····」
ミユハさんはなるほど、と言って頷くと私の言った通りの洋服を見繕ってくれる。
「街に出て何するんすか?」
その様子を何気なく見ていると、ミカオさんから話しかけられた。
「行きたいところがあるんです」
「行きたいところ?」
ポツリと呟くように答えると、今度はランサさんが反応した。
「はい。どうしても行きたいとこなんです。お二人にお付き合いさせて申し訳ないですが」
「いや、俺たちは全然大丈夫です」
ランサさんが優しく返してくれる。
それに、会いたい人も何人かいる。
「ありがとうございます」
気合いを入れると共に、二人に感謝の気持ちを告げた。
「それでは、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「行ってきます」
準備を終え、見送りに来てくれたミユハさんに私がそう言うと続けてミカオさんが「行ってきます」と手を振り、ランサさんが小さく頭を下げた。
ミユハさんのお陰で私は今、街に出てもあまり目立たない格好をしている。
ミカオさんとランサさんも私に協力してくれるらしく、あまり騎士らしくない格好に着替えてくれた。
·····今頃、アルトさんはジュリーナ姫と出掛けてるのかな。
上手くいってるといいなと思いつつ、モヤモヤとする心に蓋をして、私はミユハさんに手を振った。
街のすぐそばまで馬車で移動し、その後は徒歩で向かう。
「まずはどこに向かわれるんですか?」
「取り敢えず、食堂に行きたいです」
ランサさんの問いかけに素直に答えると、二人して首を傾げた。
その動きがシンクロしてて少し面白い。
「食堂、ですか?」
「はい。とても美味しいところですよ」
「へぇ〜、そこでご飯食べても良いっすね!」
「そうですね、それもいいかも知れないです」
美味しそうな料理の数々を思い出して頬を緩ませる。
·····元気にしてるかな、早く顔が見たいな。
◇◆◇
「いらっしゃいま·····、あ、あ」
「ただいま、ミャーシャさん」
「アリーサ!!!!」
ミャーシャさんは叫ぶように私の名前を呼ぶと駆け寄ってきて私に体当たり、じゃなくてハグをした。あばら骨いったかと思った。
「あんた、一体今までどこに!」
「うぐ、心配かけてごめんなさい」
「ほんとだよ!アルトもしばらく来てないし、ミストだってなんか仕事が立て込んでるらしくて帰って来れてないのに·····あんたまで」
僅かに声が震えているミャーシャさんを私はギュッと抱きしめる。
ちらりとミカオさんとランサさんが呆気に取られているのが見えたけど今は見なかったフリをする。
久しぶりの温かさになんだかこっちまで泣きそうになった。
「でもごめんね、ミャーシャさん。この後また、戻らないといけないの。絶対に帰ってくるから、待っててくれる?」
「待つに決まってるじゃないか!!まったく。アルトにも次、店に来たらガツンと言ってやるんだ、行き先くらい伝えていきなさいって!」
プンプンと怒るミャーシャさんに私は力なく笑う。
·····頑張れ、アルトさん。私は何も言わないぞ。
「あ、ご飯はここで食べていくのかい?」
ミャーシャさんは私から少し体を離すとそう問いかけてきたので、私は頷く。
「オムライスが食べたいな」
「あらあら、アルトと似たようなもの頼んで」
また誤解をしてそうなミャーシャさんに反論する気もなく、私は曖昧に笑っておいた。
「えっと、お二人も何か食べます?」
イマイチ状況を理解出来ていないのだろう。
ミカオさんとランサさんは私が話しかけてもしばらく固まったままだった。
「ミカオさん、ランサさん?」
「·····ぁ、た、食べます」
先にランサさんが我に返ると、ミカオさんもハッとする。
「お、俺はスタミナ系がいいっす·····」
「俺もそれで」
意外なことにランサさんもスタミナ系のものを食べるらしい。
やっぱり二人とも騎士なんだな、なんて思いながら今日はお客さんとして席に着く。
と、隣に座る常連のおじちゃんが私を見て目を丸くした。
「あ、アリーサちゃんじゃねぇか!」
「あ、おじちゃん。いらっしゃい」
「おう、今日も美味しかった·····ってじゃなくて!ここんとこ顔見せねぇから心配してたんだぞ!」
「えへへ、ごめん」
苦笑いするとおじちゃんは「ったくよぉ」と言いながら私の頭を乱暴に撫でる。
「いい歳したおっさんを心配させんじゃねぇぞ。他にも沢山心配してるヤツらはいるからな」
少し照れくさそうにするおじちゃんに私は「ありがとう」と返した。




