32 花咲き娘、反撃の手を考える
·····とは言え、だ。
すっかり忘れていた、というか記憶から消し去っていたけどアルトさんは現在ジュリーナ姫の護衛であり、婚約者候補最有力者(笑)だ。
自由に動くのはなかなか難しいだろう。
けど、逆に言えば護衛だからこそ出来ることがある。
「ということで、アルトさんにはジュリーナ姫の婚約者を目指して頑張っていただきたいと思います」
「·····は?」
私はポカンと口を開けるアルトさんに説明をする。
「まず、これは言わずもがなですが今、ジュリーナ姫やアスラン国王の機嫌を損ねるのは得策とは言えないでしょう」
「それはそうだね」
「はい。ですからアルトさんにはまずジュリーナ姫のご機嫌を取っていただきたいのです。それと、アスラン国王がいない時に情報を聞き出したり、アルトさんそういうの得意じゃないですか」
「·····ああ、なるほどね」
アルトさんは嫌な顔を隠しもせずに頷く。
·····めちゃくちゃ嫌そう。
「嫌ですか?」
「嫌というか·····。そもそも、それで俺が本当に婚約者になってしまいでもしたらどうするの」
「·····えっと、その場合はもうなるようになるしかないんじゃないかな、と」
すーっ、と目を逸らすとアルトさんに肩を掴まれた。
「俺、あの子と結婚するなんてごめんだからね?」
目がガチだった。
私は気圧されてこくこくと頷く。
さ、さすがに私だって本気であんなこと言ったわけじゃない。アルトさんにそんな残酷なことさせる気は無い。
「ただ、あの子の場合断るのにも骨がいると思うけどね」
「ああ、それは間違いないですね·····」
二人して遠い目になってしまう。
思い出すのは、先程の姿だ。
·····あの人、悪役令嬢のお手本みたいな人だったからな。
私のエセ悪役令嬢精神で通じるのかどうか。
「取り敢えず、国王様はきっとアルトさんとジュリーナ姫の婚約に賛成でしょうから気をつけないとですね」
「確かに俺があの子と結婚すれば国の関係は安定する。国王からしてみたら理想的だろうね」
忌々しそうにしているアルトさんに私もつられて顔を顰める。
「無理やり婚約させるとかあの方ならやりかねませんよ」
「·····昔はあんなんじゃなかったんだけどね」
ボソリと呟かれた言葉に私が反応すると、アルトさんは困ったように微笑んだ。
「よく幼い頃は遊んでいただいたりしたんだ。でもその時は王弟殿下とも仲が良くて、人の気持ちに聡いとても優しい方だった」
「·····猫を被ってたとかではなくて、ですか?」
「うん。正真正銘、素の優しさだった。断言できるよ」
「でも、それならどうして今はこんな手を使って·····」
「前国王が、私達の父が死んでから兄は変わってしまったんだ」
「·····え」
突然思わぬ方向から声がして、後ろに目を向ける。
「話の邪魔をして悪いね。でも興味深い話をしていたものだからつい、ね」
王弟殿下は申し訳なさそうに眉を下げて微笑んだ。
私とアルトさんが咄嗟に最敬礼をしようとして、王弟殿下に止められた。
「ああ、そんな畏まらなくて良いよ。私が勝手に割り込んだんだから」
「あ、あの前国王が亡くなってからって一体·····?」
先程の言葉が気になって王弟殿下に恐る恐る聞く。
「私達の父が暴君だったって話は前にしたよね?」
「はい」
「兄も私もずっとその姿を見て育った。国民の声を無視して重税を課して、自分の思い通りに政を進める。陰口を叩かれているのを聞いたのだって一度や二度の事じゃない。
だから、兄は自分は絶対に父のようにならないと誓ったんだ。国を心から大事にし、国民を守ると」
その話を聞くだけでは立派な志に思える。それがどうして、今このような形になってしまったのか。
私と同じことを疑問に思ったのかアルトさんが「今の国王の像とその志は矛盾していませんか?」と問いかけた。
「その通りだよ。今の兄は、国を守ろうとするあまりに大事なことを忘れている。誰もが幸せに、自由に暮らせる国にしようと二人で誓ったのに·····」
「·····だからこそ、私達に協力してくださるんですよね?」
俯きがちで段々と声が小さくなってゆく王弟殿下に問いかける。
すると、彼はゆっくりと私の方に目をやった。
目が合って、微笑む。
「国王にそんなことさせないために、自分も協力すると言ってくれた、あの言葉に偽りは?」
答えを返さない王弟殿下にもう一度問えば、彼は王族に相応しい威厳ある顔つきに戻り「ない」と短く返事をした。
「私は、兄を止める為に君に協力すると決めたからね。私に出来ることなら喜んでやらせてもらうよ。兄上に、ちゃんと向き合いたい。同じ志を持ったあの日のように」
心強い王弟殿下の言葉に深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。ご協力、感謝致します」
「私は、何をすれば良い?」
「王弟殿下は、国王の説得をお願い致します」
私の言葉に王弟殿下が息を呑んだのが分かった。
「最初っからなかなかハードだね」
「時間がありませんから。自由に動くのならあの御二方がこの国に滞在している間です」
「なるほど」
王弟殿下は頷いたっきり、黙ってしまう。
やはり今、直接兄弟で話させるのは酷か·····?
もう少しやりやすいことに変えようか悩んでいる私に「わかった」という声が聞こえてきた。
見れば、王弟殿下が真っ直ぐに私を見ている。
その瞳に映るのは確かな意思と覚悟だ。
「その役目、私にしか出来ない事だ。責任を持って私がやらせて頂こう」
力強いその言葉に、私はもう一度深く頭を下げた。
「よろしくお願い致します」
すると、頭を下げてから数秒も経たない程に溜め息が聞こえてきた。
アルトさんからだ。
「王弟殿下がそんな大役請け負ったって言うのなら俺もグダグダ言わずに頑張るよ」
仕方なさそうな口調とは裏腹に、アルトさんの顔はぎらついている。
初めて見る騎士らしい表情に驚くけど、アルトさんが本気になってくれることほど頼りになることは無い。
「お二人共、よろしくおねがいします」
それぞれが、それぞれの目的を持って挑む。
選択の時は、すぐそこまで来ている。
恐らく明日はおやすみです




