30 花咲き娘、話をする
気持ちの昂りが落ち着いてしまうと、妙な気恥しさと微妙な状況のせいで何を話せばいいのかわからなくなってくる。
「·····取り敢えず、どうしてこんな状況になってるのか説明させて欲しい。」
何を話そうか迷っているとアルトさんにそう言われた。
もちろん頷いて話の続きを促す。
散々泣いて落ち着いた後なら何を話されても冷静に聞ける気がする。·····あくまで気がする、だけど。
「まず俺の立場についてなんだけど、さっきも言った通り役職は騎士団副団長。普段はミストさんと共に騎士団の指揮をとったり育成をしたりしてる」
「·····普段は?」
アルトさんの言い方が引っかかってつい、繰り返すとアルトさんは頷いた。
「でも、ごくたまに通常の任務以外のことを言いつけられるときがあるんだ。エルセン家がこの国の相談役というのは知ってるよね?」
突然問いかけられて、私は素直に肯定する。
エルセン家が相談役というのは貴族の中では誰もが知っている事だ。
「その縁で俺は今までも何度か秘密裏に国王から王命を受けることがあった。そして、その中のひとつが聖女探しだったんだ」
思わず、聖女という単語に反応する。
やっぱり私に近づいたのは聖女が目的で·····。
ズキッと胸が僅かに痛みを訴えるけれど、今はそれに気付かないふりをして話の続きを聞く。
「そこで俺は隣国といつ戦争になってもおかしくないこと、その時戦力で押し負ける可能性があること、そしてそれを助ける存在―――聖女がいることを知った。
なんでも王族には代々聖女が現れると分かるようになっている仕組みがあるらしくて、今回もそれによって聖女が現れたことを知ったようだった。アリーサちゃんと学園ですれ違ったあの日も実は聖女らしき人がいないか探していた」
だからあの時、騎士にも関わらずアルトさんは学園にいたのか。
行動に納得が行くと共にそんなに前から聖女を探していたことに驚く。
「だけど、聖女は一向に見つからないまま時間だけが過ぎていく。捜索しようにもこれといって手がかりはない。そんな時だよ、アリーサちゃんと出会ったのは」
身体が強ばる。
本音を言うと、今すぐ耳を塞いでしまいたい思いはある。
だって、自分が聞きたくないことは聞かないように耳を塞いでしまえば、自分に都合の良い世界で生きてしまえば、ずっと楽だから。
でも、それでは護られるばかりだったリリア・カサランと同じになってしまう。
それでは、あの家にいた時と同じように自分の意思で選択できなくなってしまう。
だから、ちゃんと私は聞かないといけない。
たとえそれで自分が傷つくことになったとしても。
俯きがちになっていた顔をあげると、アルトさんと目が合った。
私は目を逸らさずに、アルトさんを見つめる。
彼は少しの沈黙の後、再び話し始めた。
「最初は警戒心だけだった。·····あの夫婦は人が良いし、素性も知れない人を雇うなんて危険極まりないと思ってたから。
だからしばらくの間、アリーサちゃんを観察も兼ねて監視することにした。それで、そのうちに気づいたんだ。アリーサちゃんが聖女なんじゃないかって」
「え、ちょ、ちょっと待ってください」
急展開過ぎてついていけない私は思わずアルトさんの話を遮った。
「あ、アルトさんが聖女を探していたことは分かりました。でも、どうしてそんな急に私が聖女だと?私の頭から花が咲いた瞬間を見たってことですか?」
「いや、頭から花が咲く瞬間はまだ見た事がない·····っていうか、あの花頭から咲いてたの?」
目を丸くするアルトさんに私は言わなくてもいいことを言った、と後悔する。
あんなアホの子みたいな姿、出来れば知られたくないに決まってる。しかも相手はアルトさんだ。
一人、恥ずかしさに悶える私にアルトさんは気を取り直すように咳払いをする。
「·····まあ、それは今は置いておこう。俺がアリーサちゃんが聖女だと思ったのはアリーサちゃんがいつも摘んでくる花を見てなんだ」
「私が摘んでくる花、ですか」
「うん。アリーサちゃん、いつも食堂に綺麗に咲いてたからって言って花を持ってくるだろう?その花が、やけに長持ちでどこか普通の花と違って見えたから何かおかしいと思って、それで花火を一緒に見たあの日、確信した。アリーサちゃんが聖女なんだって」
やっぱり、あの時ミャーシャさんやミストさんは気づいていなくてもアルトが気づいていたのか。
·····そりゃあそうだ。あれだけ光を放っていたのなら見られていてもおかしくない。
だけど、と私は首を傾げた。
「でも、ミャーシャさん達にも常連さん達にも一度もあの花がどうこうとは言われたことないですよ?」
「元々あの人達は大雑把なところがあるし、俺は聖女を探してたから花に注目したけど普通そこまで置いてある花をしっかり観察したりはしないよ」
なるほど、と頷くと私が納得したのがわかったのかアルトさんは話を次に進める。
「俺はそれを国王に報告した。その時はあの場所を、あの人達を守りたいその一心だったから。
もし、戦争ともなれば俺たち騎士は戦争に出なきゃ行けない。戦争が始まってしまえば戦地に居なくとも、あの町にいても死ぬことだってあるのに、俺はその場にいることも、守ることも出来ない。だから、絶対に最悪の事態だけは避けたかった」
震えるほど強く、拳を作り握りしめるアルトさんを自分でも何を思えばいいのか分からないまま見る。
怒りも悲しみも全てさっき出し尽くしてしまったせいなのか、私は自分が思っていたよりも冷静に話を聞けた。
「でもごめん。そんなの俺のエゴでしかない。無責任にアリーサちゃんを巻き込んだ理由にはならない」
いつものように飄々としていればまだ言いようがあったのに、私なんかよりよっぽど辛そうな顔をしているアルトさんをそれ以上責める気になれなくて、どうしても聞きたかったことをひとつだけ聞くことにした。
「ひとつだけ、教えてください。私と一緒にいたのは私が聖女だからですか」
彼は少しも私から目を逸らさずに言った。
「それは違う」
アルトさんがあまりに力強く言うから私は自分が聞いたにも関わらず、たじろぐ。
「嘘をついてた俺が言っても信じて貰えないかもしれないけど、俺は一度もアリーサちゃんが聖女だからって理由で一緒にいたことは無い」
「·····警戒して観察のために一緒にいたことはあっても?」
アルトさんの強い視線にやけに気恥ずかしくなって茶化すようにそう言えばアルトさんは苦笑しながら「うん」と答えた。
「でも、だからこそアリーサちゃんを知れば知るほど分からなくなった。アリーサちゃんが聖女になって国に協力することが果たして良い事なのか。でも国王は既にアリーサちゃんの存在を知ってしまっている。
誰でもない、俺自身が報告したことによって。
·····もう後戻りはできなかった。だからせめてアリーサちゃんに選択肢を与えてくれと国王に言ったんだ。あの方はそれを了承した。まあ、どうやらそれも嘘だったようだけどね」
謁見の間でアルトさんがあんなにも取り乱していた理由がわかって私は何も言えない。
アルトさんの手は力を入れ過ぎているせいなのか、血の気をなくして真っ白になってしまっている。
·····私は、どうすればいいんだろう。
怒ればいいの?それとも許せばいいの?
こういう時、気の利く言葉もかけられない自分が嫌になる。
と、その時。
頭が、ムズムズした。




