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4 花咲き令嬢と義弟



「ただ今、帰りました」

疲れきった声でそう言いながら、使用人に持っていた荷物をあずける。

「おかえりなさいませ。失礼ながらお嬢様そちらのお花は?」

その使用人の言葉で私は自分が花を握りしめていることを思い出した。

そうだった、元といえば、これのせいで私はこんなにも疲れてるんだった·····。

先程、頭から抜いた花は水につけている訳でもないのに、未だに生き生きと咲き誇っている。

くそ、お前は元気でいいな。


「ああ、これは私の部屋に持っていくから何もしなくていいわ」


「かしこまりました」


使用人は不思議そうな顔をしながらも何も聞かずに頭を下げた。

うん、私が可愛い花を愛でるような性格してないのは自分が一番わかってるからその探るような視線はやめようね。


使用人の視線に気付かないふりをして、自分の部屋に入るとすぐに鍵を閉めた。


そしてそのままベッドに倒れ込む。

「なんだよ、この状況·····」

枕に顔を埋めてぽつりと漏らした一言は思いのほか弱々しいものだった。

私はベッドから体を起こして引き出しを開ける。

そこにあったのは朝と変わらない姿で引き出しを陣取る白い花。

こちらも水にいけている訳でもないのに、生き生きとしたままだ。

本当に、私の身体、どうしちゃったんだろ。

うじうじとベッドの上で花を見つめていると、部屋の扉をノックされた。

誰·····?使用人かな。


「どうぞ」

「失礼いたします、姉上」

ひょ?!


聞こえてきたのはユーリイの声だ。

いや、待て待て待て。ユーリイが来るのは完全に予想外!!

私はあわてて花を引き出しに戻す。


なんで?!今までも、ユーリイが私の部屋に来ることなんてほとんどなかったのに!

ちょっと待って、まだ心の準備が·····


「姉上·····?」


私が慌てている間に部屋に入ってきたユーリイが、恐る恐ると言った様子で声をかけてきた。


「な、なにかしら」

慌てて返事を返したけど、その声は裏返ってしまった。

普通に恥ずかしい。


だけど、ユーリイはそんな私の様子に気づかない。

その美しい顔は相変わらず不機嫌に歪んでいた。ああ、私は最近ユーリイにこんな顔しかさせてないな。

なんとか身なりを整えながら、ユーリイに向き直る。彼は一度なにかを躊躇うように口を開いて、そして閉じた。

「·····話があるのなら早く言いなさい?」


部屋に義弟がいる状況に慣れない私はつい、急かすようにユーリイに話を促す。


「姉上、もうリリアをいじめるのは、やめてください·····」

若干、つっかえながらも彼はしっかりと私の目を見てそう言った。

どうやら朝の話の続きをしに来たらしい。


「貴方も執拗いわね。朝も言ったはずよ。私は誰にも指図などされない、と」

だから私も朝と同じ答えを返す。

「指図などしたつもりはありません!お願いです、リリアにこれ以上関わらないでください。このままでは本当に、貴女の学園での立場が」

私は珍しく声を荒らげたユーリイに内心、驚く。

この子はこんなに感情を表に出す子だっただろうか。


·····いや、私の記憶ではここまで露わにしているのを見るのは初めてだ。

この子は小さい頃からずっと自分の感情を抑えて過ごしていたのだから。

それを変えたのは·····、やっぱりリリアなのかな。


ふと、脳裏にあのふわふわとした可愛らしい少女の顔が浮かぶ。

きっと、今までも沢山の人に愛されてきたのであろう彼女を。


羨ましい。

皆に、誰かに愛される彼女が。一人の人間としての存在意義がある彼女が、羨ましい。

誰かの心を動かせる程の力がある彼女が羨ましい。



ふと浮かんできたそんな考えを私は頭を横に振って掻き消した。


「姉上、聞いていますか」

少しトーンダウンしたユーリイの声が聞こえてきたことで、私は我に返った。

ああ、そうだ。今はそんなくだらないことを考えてる暇じゃない。

なんとかユーリイを部屋に返さないと。

「私の学園での立場だったかしら?そんなのどうでもいいわ。毛ほどの興味もない。

話はそれだけ?それならさっさと出ていってくれるかしら?」

「·····僕は朝、貴女と話した時、貴女が断罪されるかもしれないと言いましたよね」


話の流れが変わったことに私は僅かに身じろぐ。

そんな私の様子を見たユーリイは私が話を聞く気があることを感じ取ったのか、少しだけホッとした顔をした。

「正直もう、かもしれないじゃ済まなくなってるんです。既にリリア達は貴女を断罪する準備を始めています。そして、その中にはアラン様もいます」


アランというのは私の婚約者のことだ。

そうか、あいつも断罪メンバーの中にいるのか。

ユーリイは気まずそうに言うけど、全く意外性がなくてむしろ笑えてくる。

恋愛小説定番の流れになってきたなぁ、と呑気に思っている私とは裏腹にユーリイは俯いて拳を握りしめた。


「このままでは一週間もしないうちに姉上は·····」

そんな義弟の様子に私はこれは笑い事じゃないな、と気を引き締める。

どうやら義弟は私が思っていたよりもずっと私の事を考えていてくれたらしい。

どうしてこんなやつのことを心配してくれるのか。嬉しいと思えばいいのやら、不憫な子だと申し訳なく思うべきなのやら。


ごめんね、こんな姉とも言えない姉で。でも、どうしても譲れないんだ。


「あんな下の者共が集まったところで私に勝てるとでも?」

「でも、アラン様は伯爵家なんですよ?!」

「もし仮に、私がそいつらに断罪される未来があるのだとしても、私は今している行為を辞めるつもりは無いわ」

「な、なぜ」

「そんなことより」

言い募ろうとする義弟の言葉を遮って私は単純な疑問を口にした。

「貴方はその面子の中にはいるのかしら?」

「は?」

「だから、その私を断罪しようとする人々の中に貴方は居るの?」


ちょっとした興味だった。

きっとユーリイはその面子の中にいるにきまっている。だのに、どうしてこんなにも私の進退を心配しているのか気になった。


私の問いかけに、それまでずっと下を向いていたユーリイが頭を上げた。


「い、いるわけないでしょう!!」

「へ?」

だからその言葉は予想外すぎて、思わずさっきのユーリイのような反応をしてしまう。

えっと、今、なんて·····?

何も言えないままユーリイを見ていると、彼はムッとした顔をして眉間に皺を寄せた。


「まさか、僕がいるとでも?」

「え、うん」

あまりの衝撃に思わず素で答えてしまった。

すると、ユーリイは有り得ない、と言いたげに私を見る。


「だって、貴方はこの家が嫌いでしょう?」

だから嫌いな姉の事を罰するには十分な舞台だと思ったんだけど·····。


「確かにこの家のことは、好きとは言えません。でも、僕には貴女を嫌う理由がありません。

·····たった一人の家族だと、そう思っていたのは僕だけだったんですか?」

ユーリイから聞こえてきた予想外の言葉に私は思わず固まった。

たった一人の、家族?

ユーリイが私のことを、家族だと?こんな私のことを?


「父上は、きっと僕達のことを道具としか思っていないと思います。だから、僕もあの人と家族になることを諦めました。

母上に至っては、話した事だって数える程しかありません。母上も僕との距離の取り方を考えあぐねているみたいですし。使用人も淡々と業務をこなすだけ。

それでも、貴女は、姉上だけは、僕を気遣ってくださったじゃありませんか·····。

拾ってきた僕に早々に無関心になった父上に、しっかりとした部屋と家具を与えるよう進言してくださったのは貴女です」

「それは·····」


人として当たり前のことだぞ、と叫びそうになっている私に気づかず、義弟は言葉を続ける。


「それに、度々僕にしたいことは無いか、欲しいものはないか、寂しくはないかと声をかけてくれた。

誰もが他人に無関心なこの家で、貴女だけは僕を気遣ってくれた。そのことにどれだけ僕が救われたか·····」


掠れる声で、泣きそうな表情で、そう話す彼に私の胸が音を立てて軋む。


違う、違うんだよ、ユーリイ。

きっと今より、もっと広い世界に出て、世間がいう普通を知れば、貴方は私を軽蔑する。

だってあの時の私にはもっと貴方にできることがあったんだから。

あの時、私がもっと頑張って行動していれば貴方は今よりもっといい環境で育つことが出来た。

それなのに、それをしなかったのは私だ。

お祖母様が亡くなって、自分にも余裕が無いからって言い訳して、行動することを恐れたのは、私だ。

ユーリイ、ユーリイ、ごめんなさい。

私は貴方が感謝するような人間なんかじゃない。



こんな綺麗な感情、受け取る資格もないの。


今だって、私はこうして一人ユーリイをこの家に置いていこうとしているのだから。















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