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29 花咲き娘、号泣する


上機嫌な姫様と、脂汗が止まらないアスラン国王と、ニタリと意味深な笑みを浮かべる国王によって本人の意思は無視された話し合いが進み、結局アルトさんは今のところジュリーナ姫の婚約者候補になっているらしい。

·····私には関係ない、けど。



「じゃあそういうことでよろしいですね?」

「ええ!!よろしくてよ!ね、アルト!」

語尾にハートがつきそうなジュリーナ姫にアルトさんは答えを返さずに曖昧な笑みを浮かべている。

あ。あれ不機嫌な時のアルトさんだ。



「ジュ、ジュリーナ、取り敢えず今日はお暇しようか」

アスラン国王が姫に向かって恐る恐る声をかけた。

「え〜、私もう少しアルトとお話したいのだけど」

「それは明日でもできるだろう?今日は元々顔合わせだけのつもりだったんだ」

「·····はあ、仕方ないわね。まあいいわ。また明日ね、アルト」

渋々ではあるものの、ジュリーナ姫が引くとアスラン国王は目に見えて安堵の表情を浮かべた。アスラン国王もまさかこんな展開になるとは思っていなかったのだろう。

「それでは私たちは失礼するよ」

相変わらず止まらない脂汗を拭きながらアスラン国王とジュリーナ姫が退室する。見送るためか、我が国の国王も共に出ていく。

私たちはそれを頭を下げて見送った。




·····なんか、全然予想と違う展開になったな。


部屋を出たのを確認して緊張の糸が切れたのか、思わず大きなため息をついてしまった。

「お疲れ様でした。貴女様はこの後は着替えて部屋に戻っても良いと国王から仰せつかっております」

すると、隣に立っていた女性からそう言われた。

「分かりました、短い間でしたが大変お世話になりました」

昨日から教わりっぱなしの私が女性に頭を下げると、彼女は「いえ」とだけ言って片付けに行ってしまった。

うん。相変わらずの対応だけどなんかそれも慣れてきたかも。

冷たいとか怒ってる訳じゃなくてあれが彼女の平常運転なのだろうから。


私はもう一度彼女に向かって頭を下げると邪魔にならないよう部屋の外に出た。







·····アスラン国王とジュリーナ姫の様子を見られたのは良かったけど、なんかモヤモヤするな。


誰もいない廊下で一人ため息をつく。今日はどうしても溜め息が多くなってしまう。


脳裏にジュリーナ姫のご機嫌顔が浮かぶ。

素で悪役令嬢をいく彼女は積極的な性格をしているようでアルトさんにもずっとくっついていた。


·····別にいいけど。アルトさんが誰とどうなろうと。

私は裏切られたわけだし、どうせなんとも思われてないんだろうから。


自分で思っておきながら、自分で傷ついて気分が沈む。


なんで私ばかりがこんなに落ち込まないといけないんだろう。


まあ、答えなんてわかりきってるんだけどさ·····。



今はそれ以上考えたくなくて、頭を振って打ち消す。


と、静かな廊下に誰かが走ってくる音が聞こえた。

なんか急いでるな、と思いながら近づいてくる足音を聞いていると、突然何者かに腕を取られた。

何事かと驚いて腕を取った人物に目をやった私は次の瞬間、見事に石化した。



そこに居たのは僅かに息を切らしたアルトさんだったから。






アルトさんは何も言わないまま驚く私をじっと見る。

その顔は真剣そのものだ。

彼のそんな表情を滅多に見た事がない私は内心パニックになりながら後ずさる。

が、アルトさんはそれを許さないとでも言うように私の腕を掴む力を強めた。


·····ちょっと、いやかなり心の準備が出来てない。ていうかなんでここに?さっきまでアルトさんもあの部屋にいたはずなのに。



「アリーサちゃん」

甘く、掠れた声が私の名を呼んだ。



その瞬間、急に心臓が鼓動を早める。

そんなに長く離れていた訳では無いのに、なぜだか無性に懐かしい気持ちになった。


「な、んですか」


その事に戸惑いながらも何とか返事をする。

「少し話がしたいんだけど、いいかな」


数秒迷ってから私は覚悟を決め、首肯した。






突き当たりのあまり人目につかない場所に移動した私達はしばらくの間お互いに何も喋らなかった。


「·····ごめん」


先に口を開いたのはアルトさんだった。

物音一つない廊下でアルトさんの謝罪が嫌に響く。


「·····それは何に対する、謝罪ですか」


急に涙が湧き上がってきて私はその涙を零さないよう、ぐっと堪えてそう返す。

ああ、泣きたくなんてないのに。


聞かなくちゃいけないことも沢山あるし、言いたいことだって沢山ある。それなのに、気持ちの整理ができなくて泣き喚いてしまいたくなる。


嗚咽が出そうになるのを抑えている私の頭をアルトさんが恐る恐る、いつもよりぎこちない動きで撫でる。

労わるように、慈しむように。


「全部、謝りたかった。大切なことを黙っていたこと、アリーサちゃんを傷つけたこと、約束を守れなかったこと」


彼はいつもより少し低い声で、まるで懺悔でもするように話す。




そうですよ、私すごく傷つきました。何も知らなかったし、信用してたのに裏切られるし、話は出来ないし。


心の中では沢山たくさん、言葉が思いつくのにやっと口に出せたのはたどたどしい言葉だった。


「私っ、あなたに裏切られたんだと、思って·····!」


「うん」


それでもアルトさんは私を撫でる手を止めない。


「すごく傷ついて」


「うん」


「すごく、怖くて」


「·····うん」



「私、本当は利用されてたんだって、思って·····、だからもう、もうアルトさんとああして出かけたり、話したりも出来なくなるんだって、そう、思って。そう、思ったら」


話しているうちに、堪えきれなくなった涙が、一筋零れた。


「すごく、寂しかった」



自分で言っておきながら、私は言葉にしてから自分自身でやっと理解出来た。

ああ、そうだ。私、寂しかったんだ。


裏切られたと思って、悲しかったし、怒りも湧いたし、やり切れない思いもした。

でも、一番大きな感情は寂しいという感情。


もしもう二度とアルトさんに会えなくなったら、前みたいに話せなくなってしまったら·····。


そう考えたら寂しくて仕方がなかった。

だから私はあんなにショックを受けて、そして今、こんなに喜んでいるんだ。


アルトさんが私のことをどう思っているのか分からない。

どういう目的で私と一緒にいたのかも分からない。

だけど、そんな状況でも私はアルトさんと話せたことが嬉しくて仕方がない。


私は未だにどうしようもなく好きなのだ。アルトさんのことが。





涙でぼやける視界でアルトの顔を見ようと顔を上げた瞬間、頭ごとアルトさんに引き寄せられた。




ぽすっ、と音がして私はアルトさんの胸におさまる。

あなたたかな体温が伝わってきた。


「ごめん、本当にごめんね」



これまでの人生で一度もなかった程に子供のように号泣する私をアルトさんは抱きしめる。


「アルトさんは最低だ」


私とは違って余裕ありげなアルトさんが悔しくてつい八つ当たりのようにそういえば、アルトさんは「うん」とそれを肯定した。

「俺、本当に最低だよ。·····ごめん、ごめんね」





ギュッと私を抱きしめる腕の力はとても強くて、でもそう言うアルトさんの声は少し、震えていた。



























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