28 花咲き娘、呆然とする
「久しぶり」
アルトさんと目が合った。
その瞳にいつものような揶揄う様な色はない。
「お久しぶりです」
挨拶を返すとアルトさんは何かをこらえるようにキュッと口元を締めて、眉を下げた。
·····アルトさんだ。久しぶりのアルトさんだ。
ふわっ、と何かが胸の奥から溢れ出てきそうになるのを抑えて国王に視線を戻す。
国王は私の視線に気づくと「もうすぐ時間だ」と時計を見る。
出来ればアルトさんがなぜこの場にいるのか質問したかったのだけど、様子を見るに説明をしてくれる気は無いようだ。
「アルトは私が呼んだら部屋に入ってきてくれ。じゃあ私はそろそろ迎えに行くからそっちもよろしくね」
私は彼の言葉に頷き、使用人が待機すべき場所へと移動する。
国王に言われて頷く。
部屋を出ていった彼らを見送ってから私は一度大きく深呼吸をした。
·····やばい、少し緊張してきたな。相手は隣国の王だし。
そんな私の肩を誰かがポンと叩いた。
横を見ればそこに居たのは昨日私に使用人の動作をみっちりと叩き込んでくれた使用人の長の女性だった。
彼女はいつもの鋭い視線を少しだけ弛めた。
「普通は聖女が使用人をしてるなんて思わないわ。それに貴女の仕事ぶりは完璧よ、堂々となさい」
昨日は一度も褒められていなかったのでイマイチ自信がなかったのだけど、厳しいこの人に言われると少し心が軽くなった。
「ありがとうございます」
「私は事実を言っただけですから」
そう言うと何事もなかったかのように前を見据える。
彼女の優しさを嬉しく思いながらも私も同じく前を向いた。
◇◆◇
暫くして、扉の外から話し声が聞こえてきた。
どうやら隣国の王達が来たらしい。
隣の彼女を意識して私も腹に力を入れて背筋を伸ばす。
ちょうどその時、扉がゆっくりと開いた。
緊張で喉が渇き、部屋にいた使用人達の雰囲気も一瞬ピリつく
が。
「もー、馬車での移動もう少し何とかならなかったのかしら?!体が痛いわ!!」
「仕方ないよ、ジュリーナ。これはお忍びなんだから」
「まったく!」
「まあまあ、これが終わったら宝石でもなんでも買っていいから今はとりあえず我慢して」
「約束よ?」
「ああ」
という会話によってそんな空気はぶち壊された。
·····え、なんか予想外の人たち来たんですけど。
「遠路はるばるようこそ、アスラン国王、ジュリーナ姫君」
そんな二人に国王が椅子を勧める。
おお、この状況で無反応な国王強いな。
なんて思いながら改めて部屋に入ってきた二人を見る。
アスラン国王と呼ばれた男性はおそらく四十代でふくよかなお腹にぽよぽよつるつるなほっぺたをしている。糸のような目で可愛くて仕方がないと言うように隣に座る愛娘を見ているが多分、恐らく、絶対に、親バカだ。
そしてその隣に座るのがジュリーナ姫君と呼ばれた少女だ。
おそらく十五、六歳程であろう少女はグルグルと螺旋状にきつく巻かれた金髪を左右に垂らしていて、瞳はツリ目がちな大きな瞳だ。彼女は退屈そうに椅子に座っている。
·····なんというか、物凄く強烈だ。色々と。
遠い目になりそうなのを我慢していると、国王が二人に向かって微笑んだ。
「滞在期間は二日間と聞きました。それまでどうぞゆっくりとこの国を観光していってください」
「ああ、そうするよ」
アスラン国王は頷いたが、姫の方は相変わらず退屈そうにしている。国王はそんな姫をちらりと見やってから「その間の護衛についてなんですが」と話を続ける。
「腕の良い騎士がひとりいます」
「ほお」
「アルト、入ってきなさい」
国王が扉の方へ呼びかけた。
扉が開き、アルトさんが入ってきた。
退屈そうにしていたジュリーナ姫も周りにつられて目をやる。
そしてその瞬間、姫の目が大きく見開かれた。
「二日間、御二人の護衛を任命されました。アルト・エルセンと申します。よろしくお願い致します」
「おや、随分な色男だね」
最敬礼をとるアルトさんにアスラン国王がニコニコと笑う。
のんびりと微笑むアスラン国王の横で姫が口をパクパクと開け閉めしていたかと思うと突然、アスラン国王の肩を強く叩いた。
「え!いたっ!ちょ、ちょっと何するんだジュリーナ」
「い、い」
抗議するアスラン国王を無視してジュリーナ姫は何やら言葉にならない言葉を発する。
「い、イケメンじゃない!!」
そして、部屋中に響き渡る声でそう言った。
「ねえねえ!お父様!!」
「な、なんだい?」
娘の気迫に圧された様子のアスラン国王は引き気味に返事をする。
「お父様、ここに来る前にもしも気に入った人がいるのなら婚約してしまうのも良いかもしれないって言ってたわよね!!」
「え、あ、いや、なにも今ここでそれを言わなくても·····」
アスラン国王からすればそれも戦略のうちなのだろうに、こんなに大っぴらに愛娘にバラされて焦っているのか額に少し汗が滲んでいる。
が、ジュリーナ姫はそんなことは気にしない。
「言ったわよね?」
半ば威圧されるように姫に問いかけられて可愛い娘に嫌われたくないのであろうアスラン国王はこくこくと高速で首を縦に振る。
「それなら私、この方がいいわ!」
「·····は?」
アルトさんが、呆然と声を上げた。
◇◆◇
そして話は現在へと戻る。
「し、しかしだな、そんないきなり身分もわからないのに」
「彼は我が国の相談役の子息で、現在の役職は騎士団副団長です」
「あら!若いのに優秀なのね!それに身分もピッタリ!!きっと私たち運命なのよ!!」
アスラン国王がなんとか娘を落ち着かせようとしているにも関わらず、我が国の国王が燃料を再投下してしまう。
そのせいでジュリーナ姫は少々痛いセリフを大声で叫んでしまっている。さっきまでの静寂は何処へ·····。
というか、アルトさん副団長だったのか。ミストさんの部下としか聞いてなかったから知らなかった。
「あの、お待ちください。俺は」
「そうだよ、ジュリーナ。彼の気持ちだって大事だろう?」
「大丈夫よ、だって相手はこの私よ?喜ばないわけがないわ」
そう言う姫は夢みる乙女のような表情でアルトさんを見る。
多分、アルトさんの引きつった顔は見えていない。
というか、すごい超理論だな。私が演じていた悪役令嬢を素でやってのけている。普通に怖い。
「そ、そうは言ってもなぁ」
イマイチな反応を見せるアスラン国王に我が国の国王が「それならば」と人差し指を立てた。ニタリと笑うその姿に私は嫌な予感を覚える。
「この二日でお試しなされては?幸い、アルトは二日間護衛として御二人につきますから。細かいことを決めるのはそれからにして」
ほら、予感は当たった。
何とか表情を崩さないように意識していると、姫が嬉しそうな声を上げた。
「あら!それはいい提案ね!」
「あの」
「お父様!それでいいわよね?!」
途中でアルトさんが何とか口を挟むがスルーされる。
そして、例によって可愛い可愛い娘の威圧を下手に断って機嫌を損ねたくないアスラン国王は唸るように言った。
「わ、わかった」と。




