26 花咲き娘、揺れる
「さて、どうしてここにいるのかだったかな」
足を組み、尊大な態度で椅子に座る会長が私に問いかける。
「·····ええ」
「聖女になった君にお祝いの言葉を伝えに来た、と言えば良いか」
「·····は」
吐息にも近い声が漏れた。
なぜこの人がそれ知っている?
私の反応は生徒会長の期待通りのものだったようで、彼はまた愉快そうに笑った。実に癪に障る。
「詳しい説明を」
分かりやすく語気を強めて苛立ちを顕にするものの、会長の余裕そうな表情は変わらない。
「そう怒るな、ちゃんと説明はするさ。そうだな、まず何から聞きたい?」
「どうしてあなたは聖女のことを知っているんですか」
「簡単な話だ。うちの家はエルセン家と並んで王族の相談役だ、当然聖女のことも知っていた。代々聖女が現れると俺の家にも知らせが来るんだ」
なるほど、と納得すると同時にエルセン家という単語に反応してしまう。
·····ということは、エルセン家も聖女のことを知っているってことだよね。
それなら、アルトさんは全て知っていて隣にいたというより、最初から知っていて私に近づいた?
まさか、と思う反面否定しきれない自分もいる。
でも、それじゃあ、私はどうすればいいの。
ただでさえ脆い自分の足場が、揺らぐ感覚に襲われる。
·····ああ、でもダメだ。今はまだ、まだ頑張らないと。
いまは、深く考えてはダメだ。
お腹に力を入れてなんとか縮こまりそうになる背筋を伸ばす。
会長は、そんな私を何も言わずに見ていた。
「でも、わざわざお祝いの言葉だけを言いに来た訳では無いですよね」
気を取り直して質問をする。
「まあな。この前は邪魔されたからその続きを言いに来た」
「続き?」
「ああ。単刀直入に言うとだな、君に俺の妻になって欲しい」
「··········は?」
·····ああ、多分大事な部分だろうに聞き間違えてしまったみたいだ。
「すみません、もう一度お願いします」
「アリーサ嬢、君に俺の妻になって欲しい」
·····あれ、ダメだ。何回聞いても変な言葉が聞こえてくる。
私の耳はポンコツになってしまったのか。
首を傾げる私を会長がフッと笑う。
「何を現実逃避しているのか知らないが、事実を受け入れろ。俺は君に求婚している」
「うそだあ」
つい、素が出てしまった。
·····きゅうこんって、なんだっけ?球根?
「土に植える方の球根かなんて馬鹿なことは言うなよ」
私が必死に現実逃避しようとしているのに、外野のせいでなかなか上手くいかない。あの人一回黙ってくんないかな。
「そろそろ現実を受け止めろ。何度でも言ってやろう。アリーサ、俺の妻になってくれ」
「嘘だ·····。だって、そんなこと学園にいた頃は微塵も」
「隠してたからな」
「なんで今更」
「隠す必要が無くなったからだ」
「はぁ?」
「というよりは、馬鹿らしくなったという方が正しいか」
「馬鹿らしくなった?」
「ああ。君にはストレートに伝えてしまった方が近道だと気づいてな」
·····えっと、これは馬鹿にされてるのか?
と思ったのが伝わったのか、会長から「他意はない」と言われた。
本当ですかね。
まあ、今はそんな些細なことはどうでも良い。大事なことはそこじゃない。
·····会長って私の事、す、きな、のか?
心の中でさえ吃ってしまうのに、口に出すのはもっと躊躇われる。
黙り込んだ私に会長は何を思ったのか、椅子から立ち上がって距離を詰めてきた。
え、ちょ、ま、
「アリーサ」
「ちょっ、ちょっとまっ、待ってください、なんで距離詰めて·····、っていうかいつの間にか呼び捨て?!」
焦る私とは対象的に真顔を崩さない会長は距離を詰め続ける。
「まてまてまてまて、まじで、本当に」
距離を取ろうと手を伸ばせば、その手を取られてしまう。
手のひらから、熱が伝わる。
「本気だと、分かったか?」
「わかりました、分かりました。十分すぎるほど伝わりましたから一度距離を·····」
何度も頷いてやっと、少しだけ距離を開けてくれた。
·····た、助かった。
ほっと息をつくも、生徒会長がこちらをずっと真顔で見ているので落ち着けない。
「な、なんで私を·····」
その視線に耐えきれず、思わず逃げるようにそう漏らせば、会長の綺麗な琥珀色の瞳にじっと見つめられた。
ずっと見ていると、吸い込まれそうな感覚に陥ってくる。かと言って逸らすことも出来ない。
手は離してもらったし、距離だってさっきよりあるはずなのに息が詰まりそうになる。
先程までとは明らかに違う雰囲気に戸惑っていると、会長が小さな笑みを零した。
「俺はお前が欲しいよ、アリーサ」
そして、そんなことを言った。
「学園にいた頃からずっと思っていた。気高く、孤独なお前を俺のそばに置きたいと。なあ、アリーサ。俺ならお前の心の穴を埋めてやれる」
まるで謳うように甘美な言葉を囁く会長は私の頬に手を伸ばす。
「違う、私はもう孤独なんかじゃ·····」
「いいや、孤独だよ。アリーサ、だからお前は今ここにいるんだろう?」
否定したいのに、喉の奥が引っ付いてしまったように声が出ない。
違う、違うのに、私はもう·····
「俺と一緒になればそんなことにもう悩まなくて良い。聖女のことだって俺から国王へ助言することだってできる。なあ、俺の手を取れ」
甘い毒のような言葉が脳内に入ってくる。
それでも口を閉ざし続ける私の唇に会長の手が触れた。
壊れ物にふれるような、触り方だった。
·····流されるな。流されちゃダメだ。
ここで頷いてはダメだ。考えないと。考えなくちゃ。
ぐらぐらぐらぐら心が揺れる。
自分で、考えないと。
「アリーサ」
スリっと唇がなぞられる、愛しい恋人にするように。
「私、は」
「アリーサ様、ルート様、そろそろお時間でございます」
コンコンと、扉がなる音がした。
ミユハさんの声もその後に続く。
瞬間、一気に音が戻ってきて霧がかったようになっていた頭もスッキリとした。
今、私は何を·····。
ハッと詰まっていた息を一気に吐き出す。
頭上から会長の舌打ちが聞こえた。·····いつの間にまたこんな近くに。
「いい返事を待っている」
生徒会長はそう言った後「また来る」と言い残し、私より先に部屋を出た。
私はといえば、あまりのことにその場に立ち尽し、背を見送ることしか出来なかった。
·····とりあえず、あとでミユハさんにたくさんお菓子あげよう。
呆然としながら、そんなことを思った。
現実逃避とも言う。




