20 花咲き娘、絶望する
どうして嫌なことを待つ時ほど時間は早く流れるのか。
まだ時間はあると思っていたのに、気づけば城に行く日になっていた。
「そう強ばった顔をしないで。怒られる訳じゃないんだから」
移動中の馬車の中で、私の肩をポンポンとアルトさんが優しく叩く。
アルトさんの言う通り、ガチガチに体を強ばらせていた私はその優しさに少しだけ肩の力を抜いた
でも、やっぱり覚悟を決めたとは言え不安なものは不安だ。
目的も状況もよく分かっていない。
自分の能力のことだってよく分かってない。
ミャーシャさんに相談することも考えたけれど、不用意に心配をかけることも出来ない。
結局、今日この日まで不安を抱えたままになってしまった。
アルトさんもいつもより口数が少ないせいで城に着くまで、馬車の中はこれまでにない静けさが漂っていた。
こんなこと初めてだ。
そんな微妙な雰囲気のまま、私はアルトさんのエスコートによって久しぶりに城に足を踏み入れた。
最後に来たのはもう半年以上前だ。
久しぶりに感じる空気に自然と私の背筋も伸びる。
しっかりしないと。
しばらく案内されるがままに城内を歩いていたが、厳かな扉の前に到着すると歩みが止まった。
私は、この扉を知っている。
令嬢時代に何度かご挨拶の為、訪れたことのある場所だ。
緊張で喉が渇く。
この部屋は謁見の間と言い、ある程度の地位にある貴族なら誰もが一度は来たことがある、国王との顔合わせの場だ。
つまり、この扉の向こうには間違いなく国王がいるということで。
背中に冷や汗が垂れるのを感じながら、私はゆっくりと扉が開かれるのを見ていた。
「よく来てくれたね」
扉が大きく開け離れて、第一声。
聞き覚えのある優しい声が聞こえた。
そこにいるのは、変わりないお姿で玉座にいらっしゃる国王だった。
そのお姿を確認した瞬間、私は頭を下げる。
「この度は畏れおおくも私めの為にお時間を取って頂き有難うございます」
「いや、貴女を呼びつけたのは私なのだからこちらこそ礼を言うべきだ」
「ありがたきお言葉でございます」
片方の足を後ろに引き、僅かに膝を曲げる。右手を胸に当て、最敬礼の形を取った。
「アルトも有難う」
国王からの言葉にアルトさんも静かに頭を下げた。
その様子にいつもの軽々しさはない。
これが本来のアルトさんなのだろうな、と横目で見ながら思う。
広い部屋にいるのは、私とアルトさん。それに国王様と何度か見掛けたことのある国の要人たちだ。
「此度、城に足を運んでもらったのは他でもない。あなたに確認したいことがあったからだ」
目立たないように周囲を確認していた私は国王の呼び掛けに視線を戻す。
アルトさんも私に聞きたいことがあるから城に来て欲しいと言っていた。
一体、なにを·····?
考えをめぐらせながらも、国王の言葉を聞き逃さないように耳をすませる。
国王以外誰も言葉を発しない中、国王様は真っ直ぐな瞳で私を見て言った。
「君は常人が持たない特別な力を持っているな?」
と。
一番最初に浮かんだ言葉はどうして、だった。
どうしてそれがバレているのか。
どこから漏れたのか。
誰かに見られていたのか。
ぐるぐると答えの出ない問いが頭を回る。
「正直に答えなければ、偽証罪で牢屋行きだぞ」
何も言わない私に痺れを切らしたのか、要人のひとりが苛立った声色で私に言葉を向けた。
「落ち着きなさい。大丈夫、そう簡単に牢屋に入れはしない」
牢屋という言葉に反応した私に国王は安心させるよう、声をかけてくださった。
が、どこまでその言葉を信じていいのか、分からない。
「·····力とは、具体的にはなんのことでしょうか」
とりあえず答えを先延ばしし、時間を稼ぐ私に答えたのは国王だった。
「君は、聖女を知っているかい?」
「はい」
図書館で見た本のことを思い出す。
国王のその言葉で話の行先は、だいたい分かった。
「それなら貴女も知っているだろう。聖女は国を救うためにいる。聖女だと思われる能力を持つものが現れた時、国はそれを保護しなければならない」
「だから、私がもし力を持っているのなら保護する、と?」
「ああ、そのつもりだ」
それなら私の答えは決まっている。
予想通りの言葉に私は首を横に振った。
「残念ながら、国王様。私にそのような力は備わっておりません。聖女ならば他の方を·····」
「その答えはいただけないな」
私は聖女などではない、と否定しようとした私を国王様が遮った。
「私は、貴女が力を持っていると確信している」
優しかった国王の目が僅かに細められた。
「貴女には悪いが、ここ数日貴女のことを偵察隊に監視させていた」
「·····は?」
時間が止まったかと思った。
頭が真っ白になって、何も考えられなくなる。
「待ってください!俺はそんなこと聞いてな·····」
「アルト、黙りなさい」
隣でアルトさんが声を上げたのが、辛うじて理解出来た。
「数日前、君が女の子に能力を使っていたという報告があった。つまり、貴女が能力を持っているというのはもう確定している」
あの時のことか。
よりによって最悪な瞬間を見られてしまった、と笑ってる場合ではないとわかっていても笑みがこぼれる。
「悪いようにはしない。いきなりこんな状況に巻き込んで申し訳ないとも思う。ただ、君に我が国の力になって欲しいだけだ。戦場になんて出さないし、生活はしっかりと補助する」
「国王様!!貴方は彼女に選択肢は与えると言っていたではありませんか!」
アルトさんが今まで聞いたこともないほどに声を張り上げたが、国王様は何も言わない。
馬鹿みたいに突っ立ちながら、このまま国に利用されるのか、とか「要人に関わるな」と言ったお祖母様の言葉をもっと真剣に聞いておけばよかった、だとか色々思うことはあった。
でも一番、自分が今ショックを受けているのは、アルトさんが全てを知っていた上でずっと、私のそばにいたという事実だった。
ずっと、心のどこかではわかっていた。
もし、力のことがどこかからか漏れているのならその原因はアルトさんである可能性が高いと。
でも、そんなわけないと思った。
だって、約束した。
私の不利益になるようなことはしないって。
それに、能力のことだって私以外誰も知らないと思っていた。
信じたく、なかった。
アルトさんが私を利用するために私の近くにいただなんて。
「貴女の最良の選択は一つだ。君ならわかるね?」
自分で選択してきたつもりだった。
でも、出来ていなかった。
いつだって私は利用される側の人間だ。
私に残された選択肢なんて、国王に言われなくてもわかっていた。
「国に、協力致します」
大きく広い部屋に、私の声が響いた。




