16 花咲き娘、決意する
「·····で?」
「で、とは?」
ユーリイの背が見えなくなった頃に、今まで怖い程に静かだったアルトさんが口を開いた。
「あの人は元婚約者か何かなの?」
「·····いえ。婚約者はいましたけどあの人は違います」
「じゃあどういう関係なの?さすがに密室で男女二人きりは良くないんじゃないかな」
珍しく少し強い言い方をするアルトさんに驚きながらも、私はユーリイが義弟だということを伝えようか迷う。
でもなぁ。
義弟だということを話したからと言ってこの場にいた説明にならない気がするし、それに自分でも何故だか分からないけど、アルトさんにはすこし言いづらく感じる。
「次からは気をつけます」
一先ず、短く返事するとアルトさんは頷いた。
「随分親しげだったね」
「·····まあ、長い付き合いなので」
これで話は終わったと安心していたのに、アルトさんからまた話しかけられてギョッとする。
この話、まだするんですか·····。
「あの人と街で会ったんだっけ。貴族なのに珍しいね」
「アルトさんも貴族じゃないですか」
「俺は例外だよ。だいたい·····」
と、そこまで言ってアルトさんは突然話をやめた。
アルトさんにしては珍しく少し余裕のない顔をしている。
そして彼は続けて溜息をついた。
「ごめん、俺がそこまで口出すことじゃなかった。今のなし。·····もし良かったら俺にも紅茶入れてくれない?アリーサちゃんの美味しい紅茶」
「えー、面倒臭いから嫌です」
「お願い、いれて〜」
少し心配したのに次の瞬間にはすっかり元の様子に戻ったアルトさんに拍子抜けする。
なんだ、心配して損した。
「じゃあ下に降りましょう。たしか昨日作ったシフォンケーキも残ってるはずですからそれも一緒に」
「お、いいね〜。楽しみ」
「我ながらかなりいい出来でした」
それから下に降りると話していた通りシフォンケーキを食べてしばし、優雅な時間を過ごした。
ちなみに詳しくは説明しないが、またミャーシャさんの勘違いが加速したことをここに記しておく。
もうやだ。
◇◆◇
その日の夜。
夢を見た。まだ幼い頃の、夢を。
女の子がベッドの横に立って泣いていた。
そんな女の子の頭をベッドの上に横たわる老婦人が優しく撫でる。
「――――――――」
老婦人が何か女の子に話しかけているが、その声にはノイズが混じって正確にききとることは出来ない。
それでも泣き止まない女の子に老婦人は困った顔をする。
そして、女の子を優しく抱きしめた。その腕は枯れ木のように細い。
「自分の意思で生きるの。貴女は、私の宝物よ·····」
どこかぼんやりとした世界の中で、その声がやけに凛と響いた。
老婦人は泣いていた。
何故だかその事が苦しくて悲しくて、私の方こそ泣き出してしまいそうになる。
ああ、そうか。だから私は·····
女の子が老婦人を抱きしめ返した。
思わずその景色に私は手を伸ばす。そして
そこで目が覚めた。
「夢、か」
目尻に浮かぶ涙を拭って部屋を見渡す。
まだ、暗い。夜明け前のようだ。
長い間過ごしたあの部屋よりも少し狭くて寒い。
でもこの部屋には既にたくさんの暖かな記憶がある。
そうだ、私はもうアリーサ・ローズじゃないんだった。
·····もう自分で選択しないといけないのか。
いや、違う。選択できるようになったんだ。
大きく息を吸い込む。
少し冷たい澄んだ空気が肺に入った。
次の日。
食堂に来たアルトさんに私は笑いかける。
「お城に行くというお話、謹んでお引き受け致します」
変化の時はすぐそこに。
明日の更新はお休みさせていただきます。
お読みいただきありがとうございました!




