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花咲き娘と腹黒騎士

遅くなりすみません!

アルト視点です


アリーサちゃんが風邪をひいた、らしい。


勤務を終えた帰りに食堂に顔を出したところ、ミャーシャさんから教えてもらった。

どうも、三日前に俺と出かけた帰り、雨に降られたのが良くなかったらしい。アリーサちゃんはここしばらく、体調が良くなかったそうだ。そして、昨日ついに立ってられないほどの熱が出たらしく、現在は部屋で療養中とのこと。

診療してもらおうとはしたものの、アリーサちゃんが強い拒否感を示したため、諦めて今はこの店の二階で様子を見ているらしい。


ミャーシャさんはそんなに体調が悪かったことに気づけなかったなんて本当に申し訳ない、無理をさせてしまったと落ち込んでいた。


が、それは俺にも言えることだ。

アリーサちゃんが無理をしていたのを気づけなかったのは俺もだから。

俺に何か出来ることはないか、と沈んでいるミャーシャさんに声をかけると申し訳なさそうにしながら、少しだけアリーサちゃんのとこに顔を出して欲しいと頼まれた

どうやらかなり熱が高いらしく、食事もあまりとっていないらしい。

それを了承した俺は、二階へと上がった。




◆◇◆


アリーサちゃんの部屋の扉をノックする。

が、返事はない。

もう一度ノックすると数秒してから「どうぞ」とか細い声が聞こえてきた。

扉を開けるとそこにはベッドの上でモゾモゾと身体を動かすアリーサちゃんがいた。

「調子はどう?」

俺の問いかけにアリーサちゃんは虚ろな目をしたまま答えない。

「アリーサちゃん?」

「ああ、ごめんなさい。少し、熱で頭がぼーっとしてて」

二回目の問いかけには応えたものの、いつもより心做しか声がふわふわとしている。

頬も火照っているし、確かに熱は高そうだ。


さて、どうしたものか。

俺はベッドの横に座って考える。


まず、第一にミャーシャさんは俺とアリーサちゃんの関係を誤解している。まあ、誤解させるようなことをした自覚はあるのでそれは仕方がないことなのだが。

問題は今の状況だ。

俺とアリーサちゃんはあくまでも利害の一致で一緒にいるだけの関係だ。それなのに、こうして用もないのにこうして二人きりになるのはどこか違和感を感じる。


かと言って特にすることもないからと下に降りればミャーシャさんに何か言われることは間違いない。

それに、この状態のアリーサちゃんを一人にしておくのは流石の俺でも気が引けるというものだ。


「アリーサちゃん、水は飲んだ?」

取り敢えず、アリーサちゃんの現在の状態を知ろうと質問してみる。

「おみず·····?そういえば、しばらく飲んでないかも、しれないわ。申し訳ないけど用意してくださる、かしら。少し動くのが辛くて·····」

「別にいいよ」


辛そうに咳をしながらお願いをされたので俺は頷く。

ベッドの脇に空のマグカップが置いてあったので俺はそれにアリーサちゃんの願い通り水をいれ、ベッドに戻る。

アリーサちゃんは「どうもありがとう」と僅かに口角を上げるとコップに入った水を少しずつ飲む。


その間、手持ち無沙汰な俺は彼女を観察しながら内心、首を傾げる。


いつもと言葉遣いも雰囲気も違うし、本当にこれ大丈夫なのか?


考えてみるものの、医療については特に知識のない俺にはよく分からない。


アリーサちゃんは「はぁ」と吐息を零してコップを置いた。

「·····ダメだ。やっぱり暑い·····。あの、少し着替えを手伝ってくださらない?汗をかいてしまって、気持ち悪いの」


一瞬、聞き間違いかと思った。

が、聞き間違いではなかったらしく、アリーサちゃんは「すぐに終えるから」と言葉を続けた。


いや、すぐに終えるとかそういう問題じゃないだろう。

思わずツッコミたくなる。


これがアリーサちゃん以外の女性だったら、わざと熱を出した振りをして俺を誘っているのだと捉えるが、相手はあのアリーサちゃんだ。俺は、彼女はそんな真似はしないと知っている。


故にこれは多分、俺の事を誰かと間違えてるのだと思う。

「アリーサちゃん、やっぱり意識朦朧としてる?」

「·····?」

俺が改めて質問してもアリーサちゃんは不思議そうに首を傾げるだけだ。

「ちょっと様子がおかしいよ。無理しないでどこかで診てもらった方が·····」

「い、や」

ゴホゴホと咳き込みながら、アリーサちゃんが否定した。


「なんで?専門の人に診てもらった方が治りも早いよ?」

「迷惑、かけたくないの。お父様とお母様には、熱があること言わないで。ユーリイにも。·····すぐに、治すから」


アリーサちゃんの言葉に俺は眉を顰める。

やはり、彼女は俺を誰かと間違えているらしい。

口調や内容からしておそらく、記憶が錯乱して自分が貴族だった頃と勘違いしているのだろう。


俺はアリーサちゃんが元貴族ということは知っているが、逆に言えば彼女が元貴族だということしか知らない。

立場上、彼女のことを調べようと思えば調べることも出来るのだが俺はむしろ、答えに繋がるような情報は避けている。

そうでなければ、あまりに彼女にとって不公平だからだ。


だから彼女が何を思ってこのセリフを言ったのか俺には分からないしそんなこと、考える必要も無い。



·····はずなのに。

苦しそうな呼吸を繰り返しながら必死に訴えてくる姿を見ていたら、知りたくなってしまった。

彼女の生まれ育った環境を。彼女が何故この食堂に来たのかを。


でも俺はそれをして良い立場に居ない。



「わかった、大丈夫だよ」

だからせめて今だけでも。



彼女の頭を撫でて、「誰にも言わないから安心して」と伝える。

「ほん、と·····に」

「ああ、本当に。だから安心して休んで」


優しく一定のリズムで頭を撫で続けると、アリーサちゃんはうとうとし始めた。

「·····おやすみ」


数秒後、スースーと規則正しい寝息が聞こえてくる。

どうやら眠ったようだ。


俺は彼女の額に冷えたタオルをのせて、もう一度彼女の頭を撫でる。

そんな彼女の寝顔に情のようなものが浮かんできて、俺はそれを急いで振り払う。



間違えてはいけない。俺たちはあくまでも共犯関係。


互いを利用し、利用され合うくらいの距離感が一番ふさわしい。

だから、余計な私情を挟むな。


そんなことしても、あとから辛くなるのは自分だ。

既に後戻りはできない。


「·····どうしようもない、クズでごめんね」



自分でも自分の感情が分からない初めての感覚に戸惑いながら俺は彼女の頭から手を離した。







そうして部屋を出ようと立ち上がると、ぐっと服を引っ張られ、歩みが妨げられる。

後ろを振り向けば、案の定ベッドの上で眠るアリーサちゃんが俺の服を握っていた。


いつの間に掴まれたのか。


そっとアリーサちゃんの手をほどこうと試みるも、かなり力強く掴まれていて上手くいかない。


寝心地が悪いのか、悪い夢でも見ているのか、眠ったまま顔を顰めている彼女は、更に俺の服を掴む手に力を込めた。

「·····アリーサちゃん?」


声をかけても起きる様子はない。

困ったな。


どうしようか考えあぐねていると、アリーサちゃんの口が何か言葉を発した。

が、その声はか細すぎて正確に聞き取れない。


「なに?もう一度言って?」

彼女の口元に耳を近づけてそう促すと、彼女はゆっくりと口を開いた。



「·····ごめんなさい。ひとりに、しないで」



思わず、固まる。


自分自身何がそんなに衝撃だったのか分からない。

分からないけれど、その言葉を聞いた瞬間に考えたことは、あとどれ位この部屋にいることが出来るかだった。


すぐに帰るつもりだったんだけどな。


俺は大して迷惑に感じてもない癖にため息をついて、ベッドの横に座り直す。


「うん。じゃあ俺がここにいるから、安心して」

俺の服をにぎりしめる彼女の手をポンポンと叩くと、彼女は少しずつ力を抜いてゆく。

こんなに素直なアリーサちゃんを見るのは初めてだな、なんて何気に失礼なことを思いながら俺はアリーサちゃんが眠りにつくまで頭を撫で続けた。





結局、ミャーシャさんに呼ばれるまで俺はずっとベッドの横に座りながら、アリーサちゃんと共に居た。



















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