2 花咲き令嬢と家族
·····て言うか、今はそんなこと説明してる暇じゃなかった。
私は目の前の姿見をもう一度見る。
そこにいるのは、若草色の瞳に茶色がかった赤髪の少女―――つまり私だ。
そして、その頭の上にはやっぱり何回みても花が咲いている。
もう一度言う。
花が、咲いている。
目を擦っても、鏡を拭いても、頭の上の花で咲いている花は消えない。
·····なんだこれ?
恐る恐る、頭の上に手を伸ばす。
モサッ、とした感触があった。
その感触はどう考えても草そのものだ。
なにこれ·····。やだこれ·····。どうしようこれぇえ!!
モサッ、モサッと頭の上を弄り続けながら私は考える。
え、これどういう状況?
っていうか、私が寝てる間に私の体に何があった?
何がどうなったら突然頭の上に花が咲くの?どういう人体の不思議?
いや、確かにさ昨日、「貴女の頭はお花畑かしら?」的な発言したよ。
したけどさ、どうして発言した本人の頭から花が咲くの?だいぶ、独特なケースじゃない。
私はこの状況をどう受け取ればいいのかしら。
寝起きな上に未だかつて無い意味の分からない状況に混乱で頭がまともに働かない。
·····取り敢えずこの花、どうしよう。
何一つ理解できずにパジャマのまま棒立ちしていると、コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「お嬢様、部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
「へっ?!!」
い、今入ってこられたら頭の上の花見られる!!
「お嬢様?入りますよ?」
どうしようか考えあぐねていると、使用人は私からの返答がないことを不審に思ったのかガチャリと扉の開く音がした。
え?!もう入ってきたの?!ど、どうしよう。
そうしている間にも使用人の「お嬢様?」という声は近づいてきている。
ええい、ままよ!!
ブチッ
「起きていらっしゃいますか、お嬢様」
「え、ええ。起きてるわ。だから先に戻ってていいわよ。私も後から行くから」
「かしこまりました、それでは失礼致します」
使用人が部屋から出ていったのを確認すると私は大きく溜息をついた。
な、なんとかなった·····。
でも、コレ思わず抜いちゃったけど大丈夫だったのかなぁ。
私は後ろに隠していた花を見る。
苦肉の策でさっき使用人が来る前に咄嗟に抜いてしまった頭の上に咲いていた花。
頭から抜いてしまえば見た目はただの花にしか見えない。
ちなみに抜いた時、特に痛みはなかった。
·····取り敢えず、朝ご飯食べないと。学園に遅刻しちゃう。
私は引き出しの中に花を入れると、部屋を出た。
·····決してなかったことにしようなんて思ってないよ。多分。
「おはようございます、お父様、お母様。」
席につきながら二人に朝の挨拶をする。
「おはよう」
母からの簡潔な返答が聞こえた。いつも通り、父からの返事はない。
「ユーリイもおはよう」
「·····おはようございます、姉上」
義弟のユーリイが視線も合わせずに小さく挨拶を返す。
これが我が家の通常運転だ。もちろん、食べている間の会話はない。
誰もなにも喋らず食べ続けるので、毎回食事はすぐに終わる。
そして誰が何を言うでもなく席を立つ。私も準備をする為に席を立った。
「姉上」
が、いつもならこのまま無言で部屋に戻る義弟が今日は何故か私に話しかけてきた。
ちなみにこの義弟は私より一歳年下で同じ学園に通っている。
学園の皆も私達が義理の姉弟だと知っているし、私達は血は一切繋がっていない為、見た目が全く違う。
いまいち平凡な見た目の私と違って、義弟は紫の瞳に鎖骨程まで伸びた銀髪を緩く結んでいて、どちらかと言うと中性的な顔立ちをしたイケメン。
そして、リリア・カサランを慕っているイケメンの一人だ。
「何かしら?」
今まで彼から話しかけられることはほとんどなかった。
というか、会話自体久しぶりにするかもしれない。
内心、少しドキドキしながら振り向くと義弟は眉間に皺を寄せ、いかにも不機嫌な顔でそこに立っていた。
「姉上の最近のリリアに対する態度はあまり歓迎出来ません。いい加減にしてください」
·····久しぶりにした会話がこれか。
若干気落ちしてしまう。
でも、そうさせているのは全て自分だ。
それに、私の計画はそれなりに順調みたいだし、今日も張り切って悪女の演技をしていきますか。
素が出ないように気合を入れると、私は義弟の方へ振り返った。
まず心の底から蔑むような目を作って、少し顎を突き出して、最後に口角を片方だけ僅かにあげれば、はい!悪人顔の完成!!
私は作った顔が崩れないよう義弟と目を合わせて、口を開く。
声はいつもより少し低くして威圧的に。
「あら、別に貴方に歓迎されようとされまいと私にとってなにも影響はないわ。何を勘違いしているのか知らないけど、貴方ごときが私に指図しないで」
「·····僕はあなたのことを思って言ってるんです。このままでは今までの令嬢と同じように大勢の前で断罪されるかもしれないんですよ?」
眉間の皺を消し、暗い顔でそう語る義弟に私はビックリする。
この子が私を心配してる·····?
にわかには信じ難い。
「嘘つきね」
そんなことを考えていたら、思わず言葉が口から零れていた。
義弟はそんな私の言葉にぱっと顔を上げた。
その顔は戸惑っているような驚いているような複雑なものだった。
「貴方には私がどうなろうと関係ないでしょう」
口から出てしまったものは仕方ないとなんとか悪役らしい言葉を考えて発言する。
僅かに軋む心には蓋をする。自分で言った言葉に自分で傷ついていたらキリがない。
「貴方も私の事なんて気にせずにリリア・カサランといつまでもぬるま湯に浸かってればいいわ。自分に都合のいい世界は居心地がいいでしょう?」
「なっ?!」
やっぱり、リリアの事になると黙って言われっぱなしは我慢できないのか何か言い返そうとする義弟を私はフンっと鼻で笑う。よし、このまま退散してしまおう。そうしよう。
「まあ、精々群がってればいいわよ。私は私のしたいことをしたいようにするわ。誰にも指図なんてされない」
それだけ捨て台詞のように吐き捨てると私はユーリイに背を向けて歩き出す。
「姉上は、変わられましたね」
本当に小さな声でユーリイが呟いた。
確かに私は昔からお祖母様の教え通り、ここまで大きな権力を持つ貴族の中では珍しくあまりその力を使うことは無かった。
だけど、素の性格はこんなに攻撃的じゃないから今だって、勘当という目的がなければこんな事はしない。
·····しかも、ユーリイには昔からずっとあまり関わらずに生きてきたからそういう意味でも別に今も昔も変わったところなんてない。
「私は変わってなんかないわよ」
それだけ言って今度は本当に義弟の前から去ろうと思っていたのだけれど、ふと頭にある疑問が過ぎった。
もし勘当が成功したら、残ったユーリイは本当にこの家から逃れられなくなる。ユーリイにそんな生き方を強要させて本当にいいの?
その疑問に私はなんの答えも返せない。
「ユーリイ」
「な、んですか」
私が呼びかけると、ユーリイはまだ話しかけられると思っていなかったのか少し動揺していた。
私は振り返らないまま聞く。
「お父様とお母様のことは好き?」
義弟が息を呑んだのが分かった。
「·····正直、好き嫌いの話ができるほど関わったことがないのでその質問には答えかねます」
その答えに思わず唇を噛む。
ダメ、今は罪悪感なんて感じるな。そんなのあまりに身勝手だ。
「それなら、この家のことは?」
ユーリイはなにも答えなかった。
それが彼の答えなのだろう。
それもそうだ。こんな家を、こんな人間達を好きになれるはずがない。私だってそうだ。
「そう」
やっとの事で一言だけ絞り出すと、私はユーリイを全く視界に入れないままその場から立ち去った。