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11 花咲き娘、釘をさされる


いつも楽しそうにニコニコ笑ってるこの人がこんな顔をするなんてかなりレアだ。


「別に親密な訳じゃない。ただ、少し家同士の交流があって社交界に出る前からよく家に来てたりしてたから、顔見知りなんだ。ただそれだけの関係だよ」

その言葉とは裏腹にアルトさんの整った顔にはハッキリと嫌悪の二文字が浮かんでいる。

いつも余裕そうに笑っている悪魔が不快そうにしているのが面白くてつい、私は笑い混じりに「嫌いなんですか?」と問いかける。

「嫌いというか根本的に俺はあのクソガキとは相性が悪い」

「素が出てますよ」

「なんのことかな?」


そう言ってアルトさんはすぐに元の様子に戻ったけれど、ここまであからさまに彼が感情を顕にしたのを初めて見た私は、内心とても驚いていた。どれだけ会長のこと嫌いなんだ。

まあ、かく言う私も苦手なんだけど。


「アリーサちゃんもめんどくさい奴に目をつけられたね。これからあいつに追い回されたりして」

「変なこと言わないでください」

「あながち、間違った予想ではないと思うけどな」

「アルトさん!」

億が一にもそんな言葉が現実になってしまったらどうしてくれるんだ。


上機嫌でニタニタと笑っているアルトさんを睨みつける。


まったく、さっきまであんなに不機嫌だったくせに。


楽しそうにこちらを見ているアルトさんに冷めた視線を向けていると、「ごめんごめん」と全く気持ちのこもってない謝罪を頂いた。マジでコイツ、どうしてやろうか。


「いやー、本当に君は面白いね」

「何回も言ってますけど、私は全然楽しくも面白くもないですからね」

「うん。その冷めた目もいいね」

「もうやだこの人」

私の胃がしくしくと痛みを訴えはじめたので、私はアルトさんの相手をすることを諦めた。


なんだかこの人、会う度に本性を隠さなくなってきてる気がする·····。

そして、私も会う度に振り回されている気がする·····。


鼻歌を歌い出しそうな雰囲気のアルトさんの隣で溜息をつく。

「あ。そういえばアリーサちゃん、手紙は出さなくていいの?」

風が少し強くなってきたな、と腕をさすっているとアルトさんにそう問いかけられた。

「手紙、ですか?」

「うん。ほら、図書館に行く時に手紙持ってたでしょ。てっきり投函するつもりだと思ってたんだけど勘違いだったかな?ポストならさっき通り過ぎたし」

そう言われて私はすっかり頭から抜け落ちていたユーリイへの手紙を思い出した。

·····そうだった、ユーリイへの手紙ださないと。


「いや、勘違いじゃないです。アルトさんに言われなかったら忘れたまま帰るとこでした。すみません、ちょっとポストにこれ出してくるのでアルトさんはここで待っててください」

私が来た道を引き返そうとすると、アルトさんも一緒について行くと言うので結局二人でポストの元まで引き返すことになった。


「それは誰への手紙なの?」

道中、アルトさんが私に問いかけてきた。


「教えません」

「もしかしてラブレター?」

「生憎、そんな浮いた話は私には提供できませんよ」

「本当かな」

「本当ですよ。私、今まで恋人らしい恋人もいたことないんですから」

「はは、俺だって似たようなものだよ」


いやいや、あなたは私とは別のベクトルでしょうが。

笑いながら同意するアルトさんに思わず心の中で呟く。

私の場合は本当に周りにそういう人がいない。いるのは常連のおっちゃんと奥さんにベタ惚れなミストさんだけだ。

が、アルトさんは私とは違う。常に入れ食い状態だ。

沢山の選択肢がある上で選ばないアルトさんと選択肢すらない私を一緒にしないで欲しい。


そんな私の願いが伝わったのかアルトさんは「まあ、プライベートな事をあまり詮索するのはこれくらいにしておこうかな」と話題を終えた。


その後、他愛もない話をしながらポストに手紙を投函した。

手紙について、アルトさんは宣言通り私にもう質問をしてくることは無かった。


図書館に行き、手紙も投函したことで今日の私の用事は終わった。なのでやることの無くなった私達はミャーシャさんに言われた食材を買って、現在店へ帰る途中だ。


「雨降りそうだね」

ねずみ色の雲を見ながら、アルトさんがそう言った。

「ですね。ゴロゴロ言ってますし、もしかしてこの後、結構天気荒れますかね?」

「荒れるかもねぇ」


緩い会話を続けながら帰る足を早めたが、どうやら間に合わなかったらしい。

肩にポツポツと水滴が降ってきたかと思うと、すぐにそれは激しさを増した。


「やっぱり、降ってきた!」

「アリーサちゃん、ひとまずあそこで雨宿りしよう」

「わ、分かりました」


雨から逃げるために私とアルトさんは急いで屋根のある建物の下に避難した。

幸い、食材に被害はないようで安心する。

「ごめん。俺、傘とかなにも持ってない」

申し訳なさそうに言うアルトさんに私は苦笑を返す。

「私もです。食材もありますし、しばらく動けなさそうですね」


ザーザーと大きな音を立てて降る雨を見るに、雨が止むのはかなり先だろう。


取り敢えず、特にすることもないので私は食材を置いて座り込む。雨に降られたせいか、少し寒気がする。

「大丈夫?」

「あ、はい。アルトさんこそ、寒くないですか?」

「俺は大丈夫だからアリーサちゃんはこれ羽織りな」

アルトさんは自分の上着を私の肩に優しくかけてくれた。

「·····そういうとこだと思います」

「ん?なにが?」

少し暖かくなった身体を擦りながら私は呟く。

「そうやって甘い顔して人に優しくするから言い寄られるんですよ」

「いや、俺だって仲良くもない人に優しくするほどできた人間じゃないよ」

ゆるゆると首を横に振ってアルトさんが否定するので私は首を傾げる。

「私達って、仲良いんですか?」

「悲しいこと言わないでよ。俺達は友人なんかよりよっぽど強い絆で繋がれてるじゃないか」

そんな関係を築いた覚えのない私が眉間に皺を寄せていると、アルトさんはニタリと笑った。

「俺達は、立派な共犯関係でしょ?」


悪役にピッタリな表情をするな、なんて考えながらその言葉を反芻する。

「共犯ってなんですか。私達いつからそんな怪しげな関係になりましたっけ」

「いつからも何もアリーサちゃんも言ってたじゃないか。俺の事を信頼はしてないけど、信用はしてるって」

確かに言った記憶はあるが、それがどうして共犯云々に繋がるのかが分からない。

そんな私にアルトさんは語りかける。


「俺も同じだよ、君のことを信用はしてる。だから俺は君を裏切らない。その代わり、君は俺を利用していいけど、俺にもその権利はあるってことは忘れないで欲しい」


アルトさんは含みのある笑い方をすると、それ以上何も言わなかった。

私の出来の良くない頭ではアルトさんの言葉の真意全てを推し量ることは出来ないけど、きっと近い未来、面倒事を持ち込まれるんだろうな、と何となく予想する。



あとこれは多分だけど、私は今それとなく釘を刺されたのだと思う。

言葉遊びのようにあやふやでわかりにくい言い方ではあったけど、恐らくアルトさんはこんなようなことが言いたかったのだろう。



私達は共犯関係だけど、それ以上でも以下でもない、と。

だから必要以上に踏み込んでくれるなと。

事実、アルトさんは私によく質問をするが踏み込んだことは聞いてこないし、私が答えを教えなくてもしつこく食い下がってきたりはしない。



別にそんなの私だって分かっている。

線引きを見誤ったつもりは無いし、これからも必要以上に詮索することはしない。



しないけれど。

改めて言われてしまうと、何故か少し悲しく感じるのはミャーシャさん達のあの暖かな空間に慣れてしまったせいだろうか。



一向に弱まる気配のない雨音を聴きながら、私は「わかってますよ」とだけ返事をした。









結局、しばらく一歩も動けずに雨が止むのを待っていた私たちだったが、割と早い時間にミャーシャさんが私たちの分の傘を持って迎えに来てくれた。

ミャーシャさんはどうやらわざわざ私達を探し回ってくれたらしく、傘をさしていたのにその肩は少し濡れていた。

それを心配すると、「あんたの方が濡れてるよ」と逆にミャーシャさんに心配されて、かじかんでいた心が少しだけあたたまった気がした。




















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