10 花咲き娘、感情的になる
あれ?!何故か予約投稿できてませんでした!申し訳ありません!
「……それは一体どういった意図のご冗談ですか」
思考停止の旅から帰ってきた私は、まず一言そういった。
「冗談じゃないんだがな」
「それなら追加でなにか私に罰を与えることにしたからその為に探し出す必要があった、とか?」
「それもそれで俺個人としてはそそられるが今回は違う」
何がどのようにそそられるのかは知らないけど、なぜだろう。さっきから寒気が止まらない。
「今回は単純に話をしに来た。簡潔に用件を言おう。学園に戻ってくる気はないか?」
「·····ん?」
予想外な角度からのパンチに私は固まる。
「……そもそも、そのお話の決定権は私にはありませんよね」
「何故そう思う?」
なんとか仮面をかぶりなおした私を会長が観察するように見る。
「もう会長もご存じですよね?私、家から勘当されたのですが」
あまりに会長が自然に問いかけるため私のほうが自信がなくなってきてしまう。
すると、会長は目を細めて愉快そうに笑った。
「そんなの俺がどうとでもしてやろう」
「·····え」
絶句する私を会長は楽し気な表情で観察している。
……なんでこの人こんなに楽しそうなんだろう。
「なぜですか」
「そんな怒った顔をするな」
「あなたが私にそんなことをする意味が分かりません」
「それはまた今度会った時にでも話そう」
「もうあなたと会うことも無いでしょうから今、聞いているのですが?」
「学園に戻ってくる気はないと?」
「どの面下げて戻れと?」
質問に質問を返し合う私達は傍から見れば馬鹿みたいだろう。が、残念なことに私達はいたって真面目だ。
「どの面も何も堂々と帰ってくればいいだろう」
「でも、私は断罪されました。あなただって私を断罪した面子の中にいたでしょう?」
まるで何事もなかったかのように話す会長に私の頭は混乱する。
会長自らが私を断罪したのに、なんで今になって連れ戻そうとするのか。
「まさか、君はあの茶番が有効だとでも思っているのか」
はっ、と馬鹿にしたような笑い方で会長が私に問いかける。
絶句する私に会長は「だから何も気にすることはない」ともう一度学園に戻ってくることを勧めてきた。
「いや、おかしいでしょう?」
「なにが」
「なにもかもです。さっきからずっと言っているでしょう?!私はあなたに断罪されたんですよ?なんで断罪した本人が私を連れ戻そうとするんです!」
「まさか君の狙いが家から勘当されることだとは思わなかったからな。分かってたらあんなマネしなかった」
「・・・・・・意味が、わかりません」
「俺はな」
「いつまで話してんの?」
会長がその麗しい顔に笑みを浮かべ、何かを言おうとした瞬間、声がした。
アルトさんの、声がした。
「俺、話し終わるのずっと待ってたんだけどそろそろ行かないとミャーシャさん、心配するんじゃないかな」
「あ」
アルトさんの言葉に時計を見れば、彼の言う通りもうかなり時間が経っていた。
確かに、もうそろそろ出ないと。
「こんなところでお会いするとは奇遇ですね」
と、会長が誰かに挨拶をした。当然私に向けた挨拶ではない。その視線は、何故かアルトさんに向いていた。
·····知り合いなのか?
「ああ、ご挨拶もなしに失礼。お久しぶりですね、ルートさん」
隣でアルトさんがまるで今初めて気づいたとでも言うように会長に微笑んだ。
確か、ルートとは会長の下の名前だったはず。
どうして騎士であるアルトさんが会長と親しげに挨拶を交わしてるんだ。ただの顔見知りにしては雰囲気がおかしい。
「ええ、あなたはしばらく社交の場には出てこられませんでしたからね。久しぶりの貴族社会は息が詰まるでしょう?エルセン家次男、アルト殿」
「はは、どうでしょう」
曖昧に笑うアルトさんは相変わらず何を考えているのかわからない。
会長にこんな態度をとれる人はなかなかいないだろう、と思わず感心してしまう。
が、今の一番の問題はそこではない。
エルセン家って·····、あのエルセン家?
アルト様が次男ってどういうこと?
エルセン家とは、この国でも指折りの実力者である伯爵家のことだ。領主は国王の相談役もしており、かなりの権力を持っている。そこの次男って·····。
しかし、アルトさんはそれを否定しない。
「まあ、これからは以前よりはお会いすることも増えると思いますよ。その時はまた」
「ぜひ」
アルトさんの言葉に会長が微笑んで答える。
どちらも美しく微笑んでいるのに目が笑っていない。まるで獣同士で縄張り争いでもしているかのような雰囲気だ。
そんな二人の間に立つ私がどうすればいいのかわからないでいるとアルトさんが私の腰に手を添えて、引き寄せた。
「それでは俺達は用事がありますので、失礼」
会長は私達を見て僅かに眉を上げたものの、私に微笑んだだけで何も言わなかった。
図書館を出た私達は曇り空の下、しばらく口を開かないまま歩を進める。
「·····貴族だったんですね」
ポツリと言葉を落とした私にアルトさんは「うん」と答える。
「隠してるつもりはなかったんだけどね」
「嘘ばっかり。どうせ言ったら面倒なことになるから言わなかったんでしょう?」
「あはは、どうだろう」
アルトさんは私の文句にも曖昧な笑みを浮かべるばかりだ。
「まあいいですけどね。私だって話してないことはありますし」
正直、この言葉の通り私はそれほどアルトさんに腹は立っていない。
どこか未知数な雰囲気を持つ男だというのは前々から感じ取っていたし、むしろ時々感じる騎士らしからぬ優雅さに関しても生まれが貴族だというのなら納得がいく。
ただ、一つだけ気になることがある。
「でも、一つだけ質問よろしいですか」
「なに?」
私の言葉にアルトさんは首を傾げた。
「一応私も元貴族の端くれです。エルセン家の方とも何度か挨拶を交わしたことがありましたが、私は一回もアルトさんと社交界で会ったことは無いと思うんですけど」
そうなのだ。私がいま一番気になっているのはそこだ。
確かエルセン家で会ったことのある人は御当主様とその奥様、あとは私より六歳ほど年上である長男とその奥様だけだったはずだ。
私の質問にアルトさんは「あー」と気の抜けた返事をする。
「確かに会ったことは無いかな。アリーサちゃんが社交界デビューしたのは何年前?」
「五、六年前です」
素直に応えるとアルトさんは「やっぱり」と呟く。
「五、六年前には俺はもう騎士団に入団してるから会ったことがないのも当然だね」
予想外の返答にピシリと固まった私をアルトさんは面白そうに見ている。
「え、え?五、六年前にもう入団してたって、アルトさん今、何歳なんですか?!」
「今年で21歳になるね」
「それで五、六年前ってことは大体16歳くらいですよね?!貴族にとって一番大切な年頃じゃないですか!」
私がこんなにも驚いているのには理由がある。
通常、貴族というのは中等部に上がる頃に本格的な社交界デビューを迎える。
そしてそこから徐々に同世代以外にも人脈を広げてゆくのがセオリーなのだが、先程も言った通り社交界では16歳〜20歳くらいの年代は特に人脈作りにおいて重要な期間とされており、ほぼその期間に人脈の基盤ができると言っても過言では無い。
それなのに、だ。
あろう事か目の前の男はその期間、ずっと騎士団に入団していて、しかも今現在も社交界に顔を出すことなくこうして騎士をしているというのだ。
これを驚かずにいられるわけあるだろうか。
しかも、エルセン家だぞ?!!あの!有名貴族の!
·····というか、それを許してるエルセン家自体かなり変わってる気がする。
遠い目になりかけている私をアルトさんは「大袈裟だなあ」なんて言いながら観察している。
「全く、大袈裟なんかじゃありませんよ!
·····でも確かにそれなら私がエルセン家の人間としてアルトさんを認識できる訳ありませんよね」
「そうだね。正直、俺はあの家を継ぎたいなんてこれっぽっちも思ってないから人脈作りをする必要が無いんだ。貴族を辞めたっていいと思ってる。別に家族と不仲な訳では無いけどね」
最後に付け足されるように言ったアルトさんの言葉に私の心臓がギクリと妙な風景に跳ねる。
横目でそれとなくアルトさんの様子を見るが、特に変な雰囲気はない。まだバレてはいないようだ。
「ミストさんはアルトさんが貴族だって知ってるんですか?」
話を逸らすためにも、気になっていたことを質問するとアルトさんは頷いた。
「あの人はああ見えて団長だからね。もちろん報告はしてるよ。それでも団長は他の隊員と変わらない態度で俺に接してくれてるし、普通に俺を叱ったりもする。そういう所が敵わないんだ。本当に良い上司だよ」
誇らしげな様子さえ漂わせて話すアルトさんにこれ以上聞くのは野暮かと私は質問を止めた。
まだまだ聞きたいことはあるけど、こちら側ばかりが一方的に情報を持っているのはアンフェアだ。
今日はこれくらいにしておこう。
私が質問を終えるとアルトさんから楽しそうに「もう質問は終わり?」と問いかけられた。
この人、楽しんでやがる。
アルトさんの言葉に、気を遣ってるこっちの方が馬鹿らしくなってきて私はもう一つだけアルトさんに質問をした。
「じゃあ、最後にもう一つだけ。アルトさんは社交界デビューをまともにしていないにも関わらずどうしてあんなに会長と親密に話してたんですか?」
私が問いかけるとアルトさんは珍しく少しだけ顔を顰めた。