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8 花咲き娘、約束される


「·····なんであなたがここにいるんですか」


扉を開けて第一声。

思わず半目になってしまったのは仕方の無いことだと思う。


「そんな顔しないでよ。俺、傷つきやすいんだから」

そんな私の様子にアルトさんは全く傷ついた様子もなくそう言った。



朝、せっかく気分良く起きて、天気も晴れたのに一気にテンションが下がる。

「私、これから図書館に行くんです。そこをどいてください」

扉の前に立ちふさがるこの男のせいで。


お分かりいただけるだろうか。

自分のよくわからない能力に困惑しながらも、このままじゃいけないと気合を入れなおし図書館に向かおうと扉を開けたとき、この男がにっこりと現れた私の気持ちを。

……街角で悪魔に会ってしまった気分だ。





「あ、そうなの?じゃあ俺もついて行っていいかな?」

「え、何でですか、普通に嫌ですよ」

即答すると、アルトさんはショックを受けたような顔をした。

「どうして?俺、なにかアリーサちゃんが嫌がるようなことしちゃったかな」

弱弱しく言葉を返されて何を白々しいことを、と言い返そうとしたとき。

「あら、喧嘩かい?」

店の奥からミャーシャさんが出てきた。

「おはようございます、ミャーシャさん」

「おはよう、アルト。なんだい、なんかアリーサに怒られるようなことでも言ったのかい?」

「いえ、ただ俺が無理言って怒られただけです」

ミャーシャさんを巻き込むな、と視線で伝えるもアルトさんはそれを完璧に無視する。

……この野郎。


「あら、アルトは一体アリーサにどんな無茶を言ったんだい?」

「あの、ミャーシャさん」

「彼女と一緒に街をまわりたくてお願いしてたんです」

大したことじゃないから気にしないで、と私がミャーシャさんに告げるよりも一足先にアルトさんが少し目を伏せてそう言った。

「またどうしてアリーサと?」

ミャーシャさんの疑問に私も気になってアルトのほうを見ると、彼は照れくさそうに、僅かに頬を染めた。そしてミャーシャさんに何かを耳打ちする。

その瞬間、ミャーシャさんの表情がきらきらと輝きだした。


思わず、頬が引き攣る。嫌な予感。

が、そんな私とは対照的にミャーシャさんは「あらあらあら」と嬉しそうな声を上げた。

ねぇ、ミャーシャさん。「あら」ってなんですか。なにが「あら」なんですか。

風向きが怪しくなってきたなと、アルトさんを睨みつけるがアルトさんはにこにこと笑うばかりだ。

「あ、そうだ!」

突然、大きな声を上げたミャーシャさんのほうを見る。

「そういえば私、買い忘れた食材があるのよ。アリーサの用事が終わった後で良いから買ってきてくれないかい?」

「いいですよ」と即答しようとした私は続く言葉に固まった。

「アルトと一緒に」

「ん?」


今なんて?


「じゃあ頼んだよ!私は仕込みに戻るから」

「え、ちょっと」

ミャーシャさんはそう言うと意味深なウィンクをして店の奥へと戻ってしまった。

私はその背中を呆然と見送る。

「それじゃあ、いこっか」


声をかけられた私はギギギと音がしそうなくらいぎこちなく振り返る。

そこには満面の笑みを浮かべた悪魔(アルトさん)が立っていた。









「ミャーシャさんを巻き込むなんて卑怯ですよ」

結局、ミャーシャさんからのお願いを断る気力もアルトさんに抗う気力もなかった私はおとなしく悪魔(アルトさん)と共に図書館へと向かっている。せめてもの抵抗として先に買い物を済ませて早いところ、アルトさんに引き取ってもらおうと思ったのだけれどもそれも失敗に終わった。

もうやだ。泣きそう。


今日も今日とて周りからの刺さるような妬み嫉みの視線を感じながらアルトさんにそう抗議するとアルトさんから「心外だな」と返ってきた。


「俺はミャーシャさんに自分の気持ちを遠回しに伝えただけだよ。巻き込むなんて酷いなぁ」

「じゃあ、あの時ミャーシャさんになんて耳打ちしたんですか」

キッとアルトさんを睨みつけると、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「別に、なんでアリーサちゃんとまわりたいのって聞かれたから、「はっきり言わないとわからないですか」って言っただけさ」

楽しそうにしているアルトさんが発した言葉に私は固まった。


あんな頬を赤く染め上げた顔で、そんなこと言われたら、ミャーシャさんがどう思うか……。


急に無理やりアルトさんと買い物に行かせようとしたことといい、最後の意味深なウィンクといい、間違いなくミャーシャさんは私たちの関係を誤解しただろう。


「やってくれたな……」

思わず敬語も忘れて私は絞り出すように呟いた。

「嘘は言ってないよ」


だから質が悪いんだ、と叫ばなかった私を誰か褒めてほしい。

そう。アルトさんは確かに嘘は言ってないのだ。ただ、どうとでも取れる意味深な言葉を言っただけ。

「そこら辺の悪党なんかよりもよっぽど恐ろしいです」

「誉め言葉として受け取っておくよ」

ため息をつく私を気にした様子もなく、相変わらずアルトさんは楽しそうにしている。


「仕事はどうされたんですか」

「今日は非番なんだよ。団長は変わらず仕事だけどね」

「わざわざ非番の日に私に張り付いて楽しいですか」

「今君のことを睨んでる女性の相手をするよりは何千倍も楽しいよ」


呆れる私にアルトさんは愉快そうに答えた。


人がせっかく視線のことを気にしないようにしているのに意識させるようなことを言わないでほしい。


「目的は何ですか」

「何のこと?」

「あなたは目的もなくこんな無駄なことをするような人じゃないはずです」

「短期間で随分俺のことをわかってくれてるんだね」

「とぼけないでください」

のらりくらりと質問をかわそうとするアルトさんに私はいつもより強い口調で抗議する。

すると、アルトさんの顔つきも少し真面目なものになった。

「うん。まあ、アリーサちゃんならすぐにそういうだろうと思った。君は頭がいいから」

私はその言葉に何も言わない。


「でも、なにが目的かはまだ言えない。その代わり約束するよ。君の不利益になるようなことは一切しないって」


しばらく、沈黙が続いた。

「……まだってことは、いつかは説明してくれるんですよね」

「必ず」

「分かりました。信じます」

「……いいの?」

アルトさんは私の答えが予想外だったのか、どこか呆気にとられた顔をした。


「私はアルトさんのことを信頼はしてないけど信用はしてるんです。あなたがミャーシャさん達に迷惑をかけるようなことはしないと知っていますし。

それともさっきの言葉は嘘ですか?」

しっかりとアルトさんの目を見て問いかけると、その瞳に不思議な色合いが混ざった、気がした。

「いや、嘘じゃない。……アリーサちゃん。きみ、本当に面白いね」

「は?」

「気づいてる?アリーサちゃんって不意にスイッチが入る瞬間があるんだ」


急に何の話だ?

突然の言葉に戸惑う私に彼は言葉を続ける。

「普段から思慮深いってことはわかるんだけど、今みたいに何かがきっかけで不意にスイッチが入ったように力強い目をする時がある」

「はぁ」


全く自分の意識にないところを指摘された私はなんて言えばいいのかわからない。

「本当に面白い」

にこにこと笑うアルトさんにいつものような嘘くささはなかった。

ただ、純粋に今を楽しんでるように見える。


「それ、喜んでいいんですか」

「もちろん」

大きく頷かれたので言葉通り、褒め言葉として受け取ることにした。


「あ、着きました」


なんてことを話しているうちに、目の前に図書館が見えてきた。

「なんの用事できたの?」

「秘密です」

アルトさんに問われて私は答えをはぐらかす。

図書館に来た理由はこの私の意味のわからない体質を治すヒントを探しに来たからだ。

アルトさんに言えるわけが無い。


「えー、教えてくれないの?寂しいな」

「勝手に寂しがっててください。じゃあ中に入ったら別行動で。なんなら先に帰っててもよろしいですよ?」

「帰らないよ」

さりげなく、帰宅を勧めるも失敗した。残念。
















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