7 花咲き娘、手紙を書く
プレゼントも無事二人に渡し終えた私達はその後、花火の時間までのんびりとバルコニーで話をすることになった。
「あら、その花も石鹸で作られた花なのかい?」
「これは、その·····」
ミャーシャさんから手に持ってる花について問いかけられた私は言葉に詰まる。
何故なら、この花は私の頭から咲いた花だからだ。
結局、捨てるのも置いていくのも違う気がして持って帰ってきてしまったこの花。
それをミャーシャさんに聞かれて私は口ごもる。
·····どうしよう。なんて言えば正解なのか。
まさか馬鹿正直に「この花は私の頭から咲いた花なんですよ」なんて言えるわけもない。
そんなことを言ったらまず間違いなく、正気を疑われる。
「えっと、これは本物の花なんです。石鹸で作られた花を買った後にたまたま同じ種類の本物の花が綺麗に咲いてるのを見つけて摘んできたやつで·····」
「ああ、なるほどねぇ。本当にアリーサは綺麗な花を見つけてくるのが上手だねぇ」
「へぇ、アリーサちゃんにはそんな特技があるのかい」
嘘をついている私はそんな二人からの褒め言葉に申し訳なさを感じて、曖昧に笑う。
「いつも花は決まったところで摘んでるの?」
そんなモヤモヤとした気持ちを心に抱えていると、アルトさんに質問された。
「あ、いえ。決まってはないです」
本当は常に私の頭の上に咲いているのを摘んでるだけだけど、と心の中で独り言ちる。
「花の種類とかも決めないで摘む感じ?」
「そう、ですね。その時々で綺麗に咲いてる花を摘むだけなので特に種類とかは定めてないですね」
思いの外、アルトさんに花について食いつかれてしどろもどろになりながら答えているとアルトさんは突然黙り込んでしまった。
「ミャーシャさん、この花すごく綺麗に咲いてるのでまたお店で飾っても良いですか?」
これ以上、詮索されてボロがでても困るので私は話題を変えるためにもミャーシャさんにそう聞くと、ミャーシャさんは大きく頷く。
「もちろんさ。アリーサの摘んで来た花は不思議と見てるだけで癒されるからね。むしろ、私の方からお願いしたいくらいだよ」
突然こんな体質になっていい事なんてないと思ってたけど·····。
ミャーシャさんからの言葉に私は初めて少しだけ、この特異体質になって良かったと思えた。
·····どうかこの花が、優しいみんなのことを癒してくれますように。
柄にもなく私は真剣に花に祈りを込める。
すると、信じられない事に花が仄かに光り始めた。
一瞬、見間違えかと思ったそれは徐々に明るさを増してゆき、はっきりと光っていると分かるレベルにまで明るくなってゆく。
え。なに、これ·····。
慌てて発光する花を後ろに隠して人目に付きにくくする。
幸い、まだミャーシャさんたちには気づかれていないようだ。
とはいえ、このまま変わらないペースで光を増し続けてゆくのならバレるのも時間の問題だろう。
·····一体、どうすれば。
そんなことを考えている間にも光はだんだんと強くなっている。
やばい·····!
誤魔化しきれないほどに光が強くなったその時。
バァン!!
大きな破裂音がして私は更にパニックに陥る。
え?今の音、何?!
「お、花火が始まったぞ」
と、一人パニックになっている私をよそにミストさんが上を見上げて楽しそうに声を上げる。
は、花火·····?
私も釣られて上を見上げると真っ暗な空一面に大輪の花が咲き誇っていた。
「綺麗·····」
「ここから見る花火は格別なのよ」
思わずもれた独り言にミャーシャさんがニカッと満面の笑みで教えてくれる。
絶え間なくあがる花火に花のことも忘れて、空を見上げているうちに時間はどんどんと経ってゆく。
最後に一際大きな花火が打ち上がったかと思うと、連続で何発もの花火があがり、祭りはフィナーレを迎えた。
しばらくは花火の余韻でぼっーとしていた私だったけれどもすぐに花のことを思い出した。
……あ、そういえば花は?
慌てて見たものの花は既に光を放っていなかった。
あまりに何の変哲もない花の様子に私はさっき見た光景は幻なのかとすら思う。
いや、確かに光ってたはず。
首をかしげながら花を観察するもやっぱり変わった様子はない。
「相変わらず、迫力のある綺麗な花火だったな」
「ええ、そうね」
ほのぼのと話す二人の声が聞こえてきた。
どうやら花のことはバレていないようでひとまず、ほっと胸を撫でおろす。
あの光、何だったんだろう。
結局、何のヒントも得られないままにその日はお開きとなった。
その日の夜。
ベッドに入ったはいいものの、私はなかなか眠りにつけないでいた。
理由は二つ。
一つは言わずもがな、私の頭の上から咲く花のことだ。
今まではあんな、花が光るようなことはなかった。
……もう一度、ちゃんと調べてみないといけないな。
どうしてもそのことを思うと、憂鬱になってしまう。
だけど、いつまでも目をそらす続けるわけにもいかないのだ。
近いうち、また図書館にでも行ってみるか。
はぁ、と息を吐きだして気持ちを切り替える。
「それにユーリイのことも心配だしな」
思わず声に出したそれは思っていたよりも暗いものだった。
そう、二つ目の私が眠れない理由。
それが今日、街で見かけたユーリイの様子だ。
明らかにその顔には濃い疲労の色が浮かんでいた。
かと言って今の私にはユーリイを助ける力も資格もない。
でも、助けるなんてたいそうなことはできなくても……。
私はベッドからでると、机の中から便箋を取り出した。
少し迷って、私は取り敢えず簡潔に『ユーリイ様へ』と書き出す。
『ユーリイ様へ
初めまして、私はアーリィと申します。度々学園でユーリイ様の凛々しいお姿をお見受けしていたのですが、最近のユーリイ様のことで気にかかってることがあり今回は、こうして筆を執らせていただきました。
さて、その気にかかっていることというのが、ユーリイ様のお身体のことです』
とここまで書いて一旦、手紙を書く手を止める。
何故、私が偽名を使ってユーリイに手紙を書いているのかというと、私だとバレないように彼に物を送るにはこのやり方が一番最適だからだ。
というのも、ユーリイは前も言った通り中性的なイケメンだ。
その上、性格も良く成績も優秀なため、人気はすさまじい。
その勢いは学園だけにとどまらず、家にもよく数えきれない量のファンレターやラブレターが届いていた。中にはお菓子や、雑貨などを同封している人もいる。
そしてその中から害がないものを使用人が選別し、選別を潜り抜けると、やっとユーリイ本人に届くという仕組みだ。
ちなみに私はファンレターもラブレターももらったことがないからどれだけ選別に時間がかかるかは知らない。別に悲しいなんて全然思ってませんけどね。ええ、本当に。
……まあ、ともかく今回、私はそれを利用して、ユーリイに疲れに効くものを送ろうと思っている。
この前、偶然見つけて買ったアロマ、すごくリラックス効果あったし、良い香りがしたからあれを送ろうかな。
これが今の私が彼にしてあげられることの限界だ。
きっとこれだって私の自己満足でしかないのだとは思うけど。
それでも私は何かしていないと自分の中のなにか大切なものが壊れてしまう気がして動かずにはいられないのだ。
……結局のところ、私はいつだって自分のことしか考えていない。
思わず、自嘲気味ため息をつきそうになるのをグッとこらえて私は再び筆を進める。
『最近のユーリイ様は私からみてもはっきりとわかるほどにお疲れのご様子で私も、とても心配しております。つきましては今回、ささやかなものではありますが疲労によく効くアロマを同封しておきましたので、もしよかったらお使いください。
最後となりましたが、ご多忙のなかお読みいただきありがとうございました。ユーリイ様の未来に幸多きことを願って。
お身体ご自愛ください。
アーリィより』
「……こんな感じでいいかな」
あまり普段から手紙を書かない私は時間をかけて手紙を書き終える。
ユーリイは昔から私とは違い、真面目に物事を考えすぎる節がある。
思いつめてないといいけど。
そんなことを考えていると、頭がムズムズしてきた。
……え。まさか、また?
驚いている暇もなく、頭の上でポンッと音がした。
非常に嫌な予感がする。
案の定、頭の上に手を持っていくと、もさもさとした感覚が。
ああ、うん。また咲いてるね。
きっと、今私の目は死んでいると思う。
のろのろと頭に上に咲いた花を引き抜く。
ランプしか明りのない部屋なので花の色彩などはよくわからない。
……明日、図書館に行ったらこの花の名前も調べてみるか。
明日の予定を決めた私は手紙と花をしまってベッドに戻る。
取り敢えず、眠れないとは思うが体力を少しでも回復するために私は瞼を閉じた。
翌朝、九時間睡眠から目覚めた私は出かける準備を始めた。
ん~、よく寝た。