6 花咲き娘、プレゼントする
「·····ユーリイ?」
思わずすれ違ったその人の名を声に出してしまった。
すると、その人は振り向いて周囲をキョロキョロと見渡す。
やっぱり、ユーリイだ。
はっきりと顔が見えたことで気のせいじゃないとわかって、私は首を捻る。
なんでこんな所にユーリイが?
不思議に思ってしばらくユーリイを見ていると彼は誰かを探すようにしばらく周囲を見渡した後、溜息を零すとまた何事も無かったかのように歩き出した。
何だかえらく疲れているように見えるその様子に身勝手にも心配してしまう。
心做しか綺麗な銀髪も少しくすんで見える。
·····リリアと上手くいってないのかしら。それとも家でなにかあったとか。
急に罪悪感が湧き上がってきて私は落ち着かなくなる。
もし、私があの家からいなくなったせいでユーリイに何かしらのしわ寄せが来てるんなら何とかしてあげたいけど、でもどうやって·····。
「アリーサちゃん?」
と、いつの間にか俯きがちになっていた私の肩にぽんと手が置かれた。
顔をあげればそこには心配そうな顔をしたアルトさんがいた。
「もしかして、本当に体調悪くなってきた?」
「あ、いえ。そういう訳じゃ·····」
「でも、顔色あんまり良くないよ」
一度目と違い、本気で心配されるのが伝わってきて申し訳なくなってしまう。
「本当に大丈夫です。ちょっと考え事をしてただけなので」
「そう、それならいいけど」
微笑んで、大丈夫だとアピールするとアルトさんは渋々ながらも引いてくれた。
「でも、もうなんだかんだ言っていい時間になってきたし帰ろっか?」
「そうですね、日も暮れてきましたしちょうどいいかもしれないですね」
アルトさんの言葉に私も賛同する。
「この後、パレードがやるんだけどその時に花火が打ち上がるんだ」
「花火ですか」
「そう。俺も久しぶりに見るんだけど、お店からちょうど綺麗に見えるから多分、ミャーシャさんと団長もお店に帰ってくるんじゃないかな」
「あ、じゃあその時にプレゼント渡しますか?」
「うん、それが良いと思う」
結局、アルトさんの言葉通りお店に戻ることにした私たちはもう一度だけ串焼きを食べて帰った。相変わらず美味しかった。
お店に戻ると、ミャーシャさん達は既にお店に帰ってきていた。
「あら、おかえりなさい。お祭りは楽しめた?」
「はい。美味しいものも食べれたし、満足です」
「そりゃーよかった。うちのアルトのエスコートは大丈夫だったか?」
ミャーシャさんの質問に答えると、ミストさんにも問いかけられた。
「ええ、とても丁寧にエスコートしてくれましたよ。あとアルトさんが女性に大人気だってことがわかりました」
私の言葉にミストさんが豪快に笑った。
「あっはっはっ、そうかい、そうかい。アルトは誰にでも人当たりがいいからな。女の子に睨まれなかったか?」
「あー·····」
苦笑いをする私にミストさんはまた少し笑った。
「こりゃー、悪いことをしちまったな。あの視線かなり怖いだろ?」
「え、ミストさんもああいう視線向けられたことあるんですか?」
「あるある。何回もあるよ。俺なんか男だしこんなおっさんなのにアルトといると女の子達に睨まれるぞ。あの視線の恐ろしいこと恐ろしいこと」
大いに共感できる私は大きく頷く。
ミストさんにまであの視線を向けるなんて、恋する女子強すぎる。
「まったく、うちの愛しの旦那と可愛いアリーサを睨むなんていい度胸してるわ」
プンプンと怒りながらミャーシャさんがそう言ってくれるので私の心とストレスで傷んだ胃は少し癒される。
隣には同じことを思っているであろうミストさんが頬をゆるめてミャーシャさんを見ていた。
「いいんだよ。俺にはミャーシャがいるから。こんな癒しが家にいるなんて考えただけで仕事を沢山頑張れるさ」
「もー、いやーね、ミストったら!」
また目の前でイチャつき始めたので私がその様子をなんとも言えない表情で見守っていると、アルトさんに肩を叩かれた。
「今、プレゼント渡しちゃっていいんじゃないか?」
「あ、そうですね」
私も頷いてプレゼントのフラワーソープを取り出す。
「全く。団長もアリーサちゃんも好き勝手言ってくれてるけど、俺だってそれなりにダメージは負ってるんだからね」
と、隣からアルトさんの納得いっていないような声が聞こえてきたので私は少し笑ってしまう。
「いや、言っておきますけど私の今日の胃への負担は半端なものじゃないですからね」
「あー、それについてはごめんね。ちょっと面白くなっちゃってわざと意地悪したのは認めるよ。お詫びにこれどうぞ」
はい、と少しぶっきらぼうに渡されたそれは、ラッピングされた可愛らしいクッキーだった。
「これは·····?」
「二人へのプレゼントを買った時に一緒に買ったんだよ。まあ、半ば強引に誘ったことは否定できないし、ささやかですがそのお詫びとお礼です」
アルトさんから受け取ったそれを私は大事に持つ。
「ありがとう、ございます」
「大した物じゃなくて申し訳ないけど」
「いえ、十分嬉しいです」
お詫びの品が消えものというのもアルトさんらしくて思わず笑みがこぼれる。
「私もなにかアルトさんに買えばよかったです」
「じゃあ今度出掛けた時に買ってよ」
「え?またどこか出掛けるんですか?」
「え?出掛けてくれないの?」
予想外の言葉に驚く私とそんな私の言葉に驚くアルトさん。
·····てっきり今日限りだと思ってた。アルトさんの中で私の位置づけって限りなく危険人物に近いところだろうし。
「アルトさんがいいなら、別に構いませんけ」
と、そこまで言いかけて今日の女性からの視線を思い出して言葉を止める。
いや、出来ればもう二度とこの人とは出かけたくない·····。
「あ、やっぱり」
「わー、嬉しいな。それじゃあ近いうちにまたどこかに出かけたりしようね」
と、私が意見を変えようとした瞬間に被せるようにアルトさんが話し始め、無理やり約束させられる。
「いや、やっぱり次回は遠慮した」
「俺も楽しみにしてるから」
何とかめげずに二回目の否定の言葉を発するもまたもやアルトさんに邪魔される。
じとーっと恨みがましい目を向けるもアルトさんは素知らぬ顔だ。
私は諦めてはぁと溜息をついた。
「分かりました、また女避けでもなんでもやってやりますよ。そのかわり、高くついても知りませんからね」
「覚悟しとくよ」
仕方なく了承すると、アルトさんは嬉しそうに頷いた。
そこまで喜ばれるとなんだか少し毒気が抜かれる。
「さて、団長とミャーシャさん一旦イチャつくのをやめてください」
アルトさんが声をかけると、二人の世界にはいっていたミャーシャさんとミストさんが不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「これ、お二人に俺からのプレゼントです」
「え、プレゼント?」
ミストさんが驚いた声を出し、ミャーシャさんも驚いた様子でプレゼントを受けとる。
「お二人にはよくしてもらってますから」
「お、おお。ありがとうな」
感極まったミストさんの声は震えていた。
そんな三人の様子を離れたところから見ているとアルトさんがこっちを向いた。
「アリーサちゃん」
呼ばれた私が「はい?」というと、アルトさんは苦笑した。
「アリーサちゃんも渡したいもの、あるんでしょ?」
「え、アリーサも何か買ってくれたのかい?!」
ミャーシャさんが私のほうを見て、驚きの声をあげた。
「あ、はい。私も本当にお世話になっているので……」
気恥ずかしくなりながら私も二人に渡す。
「俺なんてまだ、アリーサちゃんに何もしてやれてねぇのに」
隣でミストさんが申し訳なさそうにしているので私は素直に「これからもお二人にはお世話になると思うので」というとミストさんは嬉しそうに笑う。
「えっと、じゃあいつもありがとうございますとこれからもよろしくお願いしますの気持ちです」
おずおずと差し出すと、ミャーシャさんが私の頭を撫でた。
「ありがとうね。こっちの方こそアリーサの笑顔にいつも癒されてるよ」
その言葉にじんわりと心があったかくなる。
「アルトはペアのマグカップを買ってくれたのか」
「あら、ほんと!かわいいわ。今度から使うわね」
と、包み紙を開けていたミストさんが子供のようなはしゃいだ声を上げた。
「おそろいのものが欲しいのになかなか買いに行く時間がないってぼやいてたじゃないですか」
「お、おい。それを今言うなよ」
抗議するミストさんの耳が赤くなっているのが見えて私とミャーシャさんは顔を見合わせて笑った。
「アリーサのも開けてみようかしらね」
ミャーシャさんの言葉に若干、緊張しながら反応を待つ。
「まぁ!綺麗ね!!」
「お、本当だ。こんな花の飾り方があるんだな」
二人からの反応に私はほっと息をつく。
「その花、実は本当の花じゃないんです」
「え、じゃあ何でできてるんだい?」
「石鹸です。私もびっくりしたんですけど、その花弁を湯船に浮かべると肌がすべすべになるそうですよ」
「へぇ、そんなのがあるんだね。俺初めて見た」
私の説明にアルトさんも興味深げにそれを見る。
「東の国からの輸入品でまだこの国ではあまり売ってないものらしいです」
「東の国って技術が発達してるって聞いてたけど本当なのね。繊細で本当に綺麗」
「そうなんですよ。それにこの花の名前マーガレットって言うんですけど、花言葉が真実の愛と誠実っていうんですって。お二人にぴったりだと思って」
「そんなこと言われると照れちゃうわね」
ミャーシャさんが嬉しそうにでも少し、照れながら言った。
「二人とも色々考えて選んでくれたんだな。本当にありがとう。すごく嬉しいよ」
ミストさんに雑に頭を撫でられる。隣で同じように雑に撫でられているアルトさんが少年のように屈託なく笑っているのを見てこの人もこんな風に笑えるんだ、なんて思った。