5 花咲き娘、ものを買う
「いらっしゃい。あら、そこのおじょうちゃんは色男のお兄さんとデートかい?」
「へ?」
出店のおばあちゃんに話しかけられて私が否定しようと首を横に振った瞬間、アルトさんが「そんなところです」と頷いた。
絶句してる私に気づかずにおばあちゃんは「あら〜!」と嬉しそうな声をあげて私とアルトさんを交互に見る。
なにか文句を言ってやろうとアルトさんを睨んだものの、アルトさんの顔が完全にこの状況と私の反応を楽しんでいたので、私はあえて何も言わないことにした。なんでもアルトさんの思い通りにしてたまるか。
「·····アルトさんはここに何を買いに来たんですか」
「反論しないの?」
予想通り、私が普通の態度で話しかければアルトさんは少し残念そうに拗ねて私にそう聞いてきた。
「いつでもアルトさんの思い通りに私が動くと思わないでください」
「それは残念。えっと、何を買いに来たか、だっけ?」
全く残念に思ってなさそうな声質で問われたので私はコクンと頷く。
「団長とミャーシャさんに何かを買って帰ろうかなと思って」
「あ、なるほど。それなら私も日頃のお礼と言ってはなんですけど、なにか買っていきたいです」
そういう私にアルトさんは「いいと思うよ」と笑い返してくれた。
「ちなみにアルトさんは何を買うとかはもう決まってるんですか?」
「いや、まだ決まってないよ。団長が前におそろいのものが全然ないってぼやいてたからおそろいのものを買おうとは思ってるけど。何かいい案ある?」
「おそろいのものですか。……あ、じゃあマグカップとかはどうですか?マグカップならたくさん種類ありますし」
「ああ、いいね。じゃあ俺はそれにするよ」
「私はもう少しここで見たいものがあるので先に買っちゃっていいですよ」
「了解」
先に行ったアルトさんを見届けて私も物色を始める。
……さてと。私は何にしようか。
キョロキョロと周りを見渡していると気になるものを見つけて私は近づく。
「あの、これは何ですか?」
出店のおばあちゃんに話しかけると、ニカッと笑顔を向けられた。
「それはフラワーソープと言ってね、東の国で今贈り物として大人気なんだよ。この国でこれを扱っているのはまだうちしかいないからかなりレアだよ。おじょうちゃん、目の付け所がいいねぇ」
「フラワーソープ……」
私は小さな正方形の箱の中いっぱいにピンクの花が敷き詰められているそれを見る。
「しかも、その中に入っている花はね全部石鹸でできているんだよ」
「え、石鹸?あ、だからフラワーソープなんですね」
おばあちゃんに言われて改めて見ているも、とても石鹸には見えない。
「そう、その花弁をお風呂に浮かべると溶けだしてお肌がつやつやになるって言うわけ。素敵でしょう?」
おばあちゃんの言葉に頷く。
これ、いいかもと値段を聞くとかなりいいお値段だった
「ごめんねぇ。なんせ、珍しい輸入品だから値がはるのよ」
悩む私におばあちゃんは申し訳なさそうにする。
……でも私、あのお店で働き始めてから必要最低限のものしか買ってないからお金には余裕があるのよね。
家賃もお店の上に住み込みだからってすごく安くしてもらってるし。
……あれ、考えれば考えるほどあまりによくしすぎてもらってないか?
も、申し訳なさすぎる。
黙ってしまった私に、おばあちゃんが「ああ、でも」と声を上げる。
「この石鹸で作られた花はマーガレットって言うんだけどね、この花の花言葉は夫婦への贈り物とかにはぴったりだよ。おじょうちゃん達どこかの夫婦にプレゼントするんだろう?」
私とアルトさんの話を聞いていたらしいおばあちゃんに私は頷く。
「なんていう花言葉なんですか」
「確か、真実の愛と誠実って花言葉だったね」
「買います」
思わず口から出ていたその言葉におばあちゃんがにやりと笑った。
「毎度あり!」
……実に商売上手なおばあちゃんだ。
というか、さっきも似たようなことをアルトさんにされた気がする。
私、だまされやすいのか?
なんとも複雑な気持ちでラッピングされたそれを受け取る。
まぁ、いいものを買えたからいっか。
ミャーシャさん達、喜んでくれるといいな。
なんて思っていると、頭の上がムズムズしてきた。
あ、やばい。
悲しいことにこの感覚に最近慣れてきてしまった私はすぐに人目につかない物陰に隠れる。
数秒後、ぽんっと音がして私は自分の頭を触る。
案の定、手のひらに伝わってきたのはもさっとした感覚。
私はそれを慣れた動作で頭から引き抜いた。
「あれ?」
が、抜いた花を見て私は首を傾げた。
これってさっきの花だよね?
私の手にあるのは花弁がピンク色の花だ。
それは先程買った花と全く同じ見た目をしていた。
唯一の違いは石鹸で作られているかどうかだろう。
……なんで同じ花が咲いたのかはわからないけど、この花、今まで咲いた花の中で一番きれいに見える。
持っているだけで癒される気がしてくるそれをどこかに置いていくのも何か違う気がして私は取り敢えず、その花をもってアルトさんのもとへ向かった。
……と、向かったはいいものの、アルトさんが大勢の女性に取り囲まれているのが見えた私は思わず固まった。あれ、さっきからデジャヴが。
もう黙って帰ろう。うん。今度こそ帰ろう。
メンタルが虚弱な私が割とそんなことを真剣に考えているとアルトさんと目が合った。いや、目が合ってしまった。
「遅かったじゃないか。ずっと待ってたのに」
甘く、低いかすれた声が私にそう言った。
ぞぞっと鳥肌が立つのを感じながら私はこちらに近づいてくるアルトさんに引きつった笑みを浮かべた。
「人違いです」
何とかこの状況から逃げ出したい私が目をそらしてそういえば
「なんでそんな意地悪を言うの?」
アルトさんが私の髪を優しく指でとかす。
なんなんだ、この距離感は。やけに近い。
もしや……。
ある可能性が頭に浮かんだ私はそろそろとアルトさんの後ろに控える女性たちを覗き見る。
「ひっ」
やっぱり、といえばいいのか何なのか。そこには鬼のような形相をした女性たちがいた。
思わず、声が漏れ出してしまうような眼力で私を睨みつけている。
「ア、アルトさん、アルトさん。わかりました。置いていこうとしたことは全力で謝りますから早くここから移動しましょう」
「え、なに。俺のこと置いていこうとしてたの?いけない子だね」
それをわかっていたから今、私をこんな目に遭わせているのだろうに、白々しく目を丸くするアルトさんに軽い殺意がわいてくる。
「そういうのまじでいいんで。顔に私を虐めるのが楽しいってかいてありますよ」
「あ、バレた?」
楽しそうに笑うアルトさんを睨みつけた私はアルトさんの手首を引っ張って無理やり店を出る。
「あ〜、やっぱりアリーサちゃん面白いね」
「世界一嬉しくないお言葉ありがとうございます」
もう周りの視線は見ないふりをして、早歩きで店から離れる。
「視線で殺すことが出来るのならあの店にいた時の私、多分惨殺ですよ」
「あながち言い過ぎでもないところがまた面白い」
精一杯の恨みを込めても、アルトさんには通用せずサラリと流される。実にくえない人だ。やりづらいったらありゃしない。
「いや、でも助かったよ。俺もそろそろ限界だったし」
と、後ろからアルトさんがため息をついた。
「何がですか」
「あの人たちの相手。断っても断っても誘ってくるから」
うんざりした様子のアルトさんに相当しつこかったんだろうな、と考える。
「誘ってくるってなににですか?」
「夜の相手」
「よっ?!」
思わず何も無いところで転びそうになって間一髪のところで持ちこたえる。
「え、よ、よ?」
「あれ、アリーサちゃん元貴族なのにそういうの疎い?」
小声でそう問われて私は首を横に振る。
「いや、ある程度知識はありますけど·····。そういうお誘いとか本当にあるんだなと思って」
「貴族社会でもあるでしょ?というかそういうお誘いの類って貴族の方が多くない?」
アルトさんが首を傾げるので私は「さぁ」と答える。
「お誘いされたことないんで知りません」
「え、ないの?」
意外だな、と言葉を続けたアルトさんに「学園随一の悪女を誰も誘おうなんて思いませんよ」と自虐を返そうとして言葉を呑み込む。
危ない、危ない。こんなこと言ったら間違いなくこの人にあの店を追い出される。
なんとしてもこの人にだけは貴族だった頃の私のことは隠さないと。
「まあ、学園中の男子はある一人の少女にぞっこんだったので」
下手なことは言えないので取り敢えず当たり障りのない回答をする。
「へぇ〜、そんな人気な女の子がいたんだ」
「ええ。それはもう大人気ですよ」
学園のイケメン全員で取り合ってたしな。
若干、遠い目になりながらリリア達のことを思い出していると、見覚えのある人物がすぐ傍をとおりすぎた気がして振り向く。