3 花咲き娘、本性を知る
そしてお祭り当日。
このまま黙ってどこかに行ってやろうかと考えていた私だけど、目覚めてすぐに部屋にミャーシャさんが来てしまったせいで逃走することもできなくなった。
まぁ、そんなことする勇気も度胸もないんですけど。
「あら、まだ支度してなかったのかい?」
「ミャーシャさん、やっぱり私ここで留守番してます。いや、させてください」
「な~に?緊張してるのかい」
「いや、緊張してるっていうか」
「そりゃあ、あんなイケメンと祭りをまわるなんて緊張するわよね」
ミャーシャさんはあの一件からどうやら私がアルトさんに思いを寄せていると思っているらしい。
否定したものの信じてもらえないのでもはや諦めた。
寧ろ、否定すればするほど常連さんまでニヤニヤと生暖かい目を向けられる始末だ。実に解せない。
「ほら、これワンピース。かわいいのが売ってたからあんたに似合うと思って衝動買いしちゃったよ」
そういうと、ミャーシャさんは私にワンピースを差し出した。白地に細かく花の刺繍がされている可愛らしいものだった。
「え、私のために……?」
「そう。アリーサったらお給料出しても全然オシャレしようとしないから。まぁ、無理強いはしないけどさ、今日くらいはオシャレしていきなさいな」
私はコクコクと頷きながらワンピースを受け取り、抱きしめる。
「ありがとうございます……。とても、とても嬉しいです」
「そんなもので喜んでくれるならいくらでも買うよ!」
豪快に笑うミャーシャさんに私も笑い返す。
こんなに暖かい贈り物をもらったのは初めてだ。
その後、ワンピースに着替えてミャーシャさんに見せると、満面の笑みで何回も似合っていると言ってくれた。更に、ミャーシャさんが「せっかくなら髪型もいつもと違うのにしよう」と言って急遽、ミャーシャさんに編み込みまでしてもらった。器用なミャーシャさんにしてもらった髪はとても可愛らしく整えられた。
「よし、完成。これでずいぶん可愛くなったね」
「あ、ありがとうございました」
久しぶりの女の子らしい時間に気恥ずかしくなっていると、ミャーシャさんが「あら」と時計を見て声を上げた。
「いけない、夢中になりすぎたわ!じゃあ、私とミストは先に行くからあんた達も楽しみなさいよ」
「はい、あの本当にありがとうございました!」
私が頭を下げるとミャーシャさんは嬉しそうに笑った。
ミャーシャさんが部屋を出たのを見届けた私はもう一度ミャーシャさんにしてもらった編み込みを鏡で見る。
……あんまり乗り気じゃなかったけどミャーシャさんのおかげで元気出てきた。
よし、いくかぁ。
気合を入れて、私は部屋を出た。
◇◆◇
待ち合わせ場所に向かうと、既にアルトさんがいた。
その周りには遠巻きにアルトさんを見て、頬を赤く染める多くの女の子達が。
あ、やっぱり帰ろう。
思わず回れ右をしたものの、手首を後ろから掴まれた。
ぎこちない動きで振り向いた先にいたのはアルトさんだった。
ひっ。
「おはよう、アリーサちゃん。待ち合わせ場所ならこっちだよ」
「……あ、はい。おはようございます」
微笑むアルトさんに私は観念してそう返した。
「今日はいつもと違う髪型なんだね。この前も可愛かったけどそっちも可愛いよ」
「ありがとうございます」
サラッと褒められたので私は笑い返す。
·····いや、私の髪型のことよりも周りの視線を気にしてくださらないかしら。
内心そんなことを思いながら。
私は今、かつてない程大勢からの悪意ある視線に晒されている。
令嬢だった頃はどんな事をしても私の家の権力が怖くて睨んでくる人なんていなかったんだけれど、今の私は後ろ盾も何も無いただの平民なわけで。
·····よって、絶世の美男であるアルトさんといることで集まる半端じゃない数の嫉妬や妬みの視線は容赦なく私に向けられる。
そして元来、メンタルがそんなに強くない私は今現在も進行形で胃をキリキリと痛ませているのだ。
·····やっぱり、ミストさんとかここまで協力してくれたミャーシャさんには悪いけど今日はもう帰ろう。本当に体調悪くなってきたし。
私はアルトさんの方をちらりと見た。
「あの〜」
「ん?どうした?」
「実はあまり体調が良くなくてですね·····」
「え、そうなの。大丈夫?」
アルトさんは歩みを止めて私を見た。
「えっと、なのでせっかくここまで来ていただいたんですけど今日は解散したく·····」
後半になって徐々に尻すぼみに声が小さくなってゆく私にアルトさんは一瞬、目を細めた。
「いや、無理するのも良くないし、どこかで休憩する?それとも送っていこうか?」
「え"」
それじゃあ意味が無いんだよ。
思わず、固まった私にアルトさんは心底心配していますという顔で私を見る。
その表情を見た瞬間、私の頭の中で何かがプチンっと切れた。
あ、もう限界だ。
「ちょっとこっち来てください」
私はアルトさんの手首を掴んで人目につかない路地へと引きずり込む。
周囲に人がいないことを確認してから私は口を開いた。
「あの、いい加減にしてくれませんか」
「はい?」
アルトさんが困惑したように首を傾げる。
「だから、そのしょーもない演技のことですよ!こっちは本気で胃痛が止まらないのに、自分の都合の為に私を巻き込まないでください」
「·····は?」
今度こそ、アルトさんは困惑した顔のまま固まった。
「ミストさんの部下って言ってたし、ミャーシャさん達にも信頼されていらっしゃるようだから本当は我慢しようと思ったけどもう限界です。申し訳ないですけど私、帰らせて頂きます。今日はわざわざありがとうございました」
言いたいことは言ったと、アルトさんに背を向けてその場を立ち去ろうとするも、「まって」と今度は私が手首を掴まれた。
「えっと、なんの事言ってるの?さっきから」
「だから!その演技!人畜無害な優しそうな青年演じてますけど、素はそんなんじゃないでしょう?!」
私が叫ぶとアルトさんは目を見開いた。
そう、このアルトという男。
すぐには分からなかったけれど、挙動がどうも嘘くさいのだ。
最初は勘違いだと思ったしミストさんもミャーシャさんも信頼してるようだから、普通の好青年だと思っていた。
が、「俺と行くのは、嫌ですか」発言でその考えは確信に変わった。
そう言った時、私を利用しようとする意志を感じたからだ。
だいたい、イケメンにろくな奴は居ない。
ソースは私の周りにいるイケメン共だ。
「·····驚いたな。バレてたのか」
案の定アルトさんは目を丸くしながらそう呟いた。
「じゃあ、俺がアリーサちゃんを強引に誘ったのが何故か、理由はわかる?」
「言動といい顔立ちといい、大層女性にモテそうなのに彼女どころか気になる方もいないという所から女性が苦手なのかな、と。私はその女性避け役ですかね」
自信はないけど、街ゆく女性がアルトさんに頬を赤らめているのを冷めている目で見ていたし、大方そんなところだろう。
予想通りアルトさんは「正解」と頷いた。
「お店での様子を見てて、君のエスコートをするのと付き纏ってくる女性の相手をしながらまわるのとどっちがいいか考えた時に、君の方に天秤が傾いたんだ。しかし、上手くやれてると思ったんだけどな」
「ええ、私も最初はすっかり騙されました」
頭を搔くアルトさんに私は頷く。
「でも、女性が嫌だからって強引に事を推し進めすぎです。あれがなかったら私は今も騙されてたかもしれませんよ」
「あ〜、やっぱり?でもこの男は自分に気があるんじゃないかとは思わなかったの?」
「ええ。それにしては目に熱がありませんでしたから」
「なるほどね。次回までに参考にしておくよ」
「しなくて良いです」
私が否定すると笑われた。何故。
「いや〜、それにしても体調が悪いって言い出した時はそう言って無理やり俺の家に来ようとするパターンかと疑ったけど、君が普通に店に帰るって言うから焦ったよ。なんとか引き留めようとおもったらこんなことになるし」
「いや、周りからの視線のせいでシンプルに胃痛が止まらないだけなので·····」
「慣れて欲しいな」
「無理です。ということで、今回はここで解散ということで·····」
即答した私がアルトさんに背を向けて逃げるようにその場を立ち去ろうとすると後ろからため息が聞こえた。
「あ〜あ、残念だなぁ」
「·····何がですか」
振り向きたくない。本当はすごく振り向きたくないけれど猛烈に嫌な予感がするので私は少しだけ頭を後ろに向ける。
「アリーサちゃんがこのまま体調不良だからって店に帰ったら俺はそれを団長に報告しなきゃいけなくなる。そうしたらあの夫婦はきっとアリーサちゃんを心配してお祭りをまわるのをやめて店に帰ろうとするだろうなぁ。せっかく久しぶりに二人でお祭りをまわってるのに、残念だ」
「··········」
「ちなみに二人っきりで出かけるの、五年ぶりらしいよ」
「·····わかりましたよ。戻ればいいんでしょ、戻れば!随分といい性格されてますね!」
「ありがとう」
「褒めてない!」
私がアルトさんを睨んでも彼は素知らぬふりをする。
·····あ〜!!もうっ!あの夫婦を人質にするのは卑怯すぎる!
だから今日は行きたくなかったんだ。
「·····ほら、行くんなら早く行きますよ。女避けにでも風避けにでも弾除けにでもなんにでもなってやりますよ」
「いや、最後はさすがにダメでしょ」
機嫌のよさそうなアルトさんの声を後ろに聞きながら私は人目のつかない路地から出た。