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Episode1 竜殺しとおもらし


 そんなやりとりを唐突に思い出した。


 俺は佐我アンジ……だった。

 日本のとある高校で不良をしていた。

 宿敵・竜道を返り討ちにして、付いた『竜殺し』の名があの世にも届いたらしく、怪しい女に「本物の竜を倒せ」と頼まれ、別の人生を歩むことになった。


 そうか。俺は生まれ変わったのか。

 その事実を自称魔女の……メドナ・ローレンと言ったか、その女に告げられた。


 記憶は上書きされるように、それまでのことを朧気にした。生まれ変わった後、どういう風に生きて、何年過ごしたとか、ほとんど覚えていない。



 まだ朝が早かった。

 ベッドから起きるとやけに天井が高く感じた。

 部屋は薄暗いし、夜明けくらいの時間帯だ。


 両手を確認するとヘドが出るほど小せえ。

 ふやふやだし、筋肉も全然ねえ。


 今、俺は何歳なんだ……。

 小学生ってレベルじゃねーぞ。

 こんな腕じゃ、竜どころかその辺のゴロツキにも勝てそうにねぇよ。



 そもそもここは何処だよ。

 俺は誰で、何歳で、今は西暦何年だよ。

 前世より家も古臭くてカビ臭ぇし、昨日や数日前の記憶も朧気で覚えてない。


 無性に苛々する。混乱してるからか。

 前世の死にザマを知っちまったからか……。

 あんだけ世話になった幼馴染も死なせた。



「っだぁあああ、クソッ――――え、あぁ?」


 喋ってみて、地声と言語の違和感に気づいた。

 声がめちゃくちゃ高い……。

 言葉も日本語じゃない。

 英語なんてまともに勉強してねえが、英語じゃないことくらい俺でも分かる。こっちの暮らしで自然と身に付いたのか?



 とにかく、周りを確認しよう。

 掛け布団を捲ってベッドから飛び降りた。

 ドダンッと派手な音がして盛大に転んだ。


 足も脆い。根性で立ち上がるしかなかった。

 そのとき背後から誰かの声がした。


「ん……っ……ふぁ……」


 声質から女か? もしかして母親か?

 ベッドに手をかけて背伸びする。

 今降りたベッドの隣にもう1台、ベッドが置かれていた。


 そこで誰か寝ている。

 布団にくるまってもぞもぞ動いていた。


「…………」


 回り込んで誰かを確認した。

 横顔が見えた。女だ。

 女がすやすや眠っている

 栗色の毛をした、色白の外国人だ。


 いや、異世界人か?

 顔立ちがまるっきり普通で安心したぜ。

 映画に出てくる異世界人って、目が尖ってたり、耳が尖ってたり、気味悪い顔してるのもいた。


 回れ右してもう一度、辺りを見回す。

 部屋の端に窓がある。外を見てみよう。

 窓辺に手をかけて背伸びした。


 外には、すぐ近くに大きな湖がある。

 その先には山。



 ここが湖のほとりってのは分かった。


 そして、窓に反射して、俺自身も映っていた。



「は、なんだこいつ……」


 髪がアホみたいに長い。

 肩より下まで髪が伸びてる。女みたいに!

 色はさっきの女と同じだが、よく見ると毛先にいくほど白髪になってやがる。

 意味のわからねぇグラデーションだ。


 眼も紫色。ビー玉みたいにくりっとしてた。

 西洋風の顔立ちだが、髪の色が異様だ。


「あっ……ぐ」


 動揺した俺は足をもつれさせ、また転んだ。

 転んだ拍子に前髪が顔にかかった。


 手が掬い上げる。

 なんだよ、この髪。邪魔くせえな。


 後で切っちまおう。

 毛先なんか完全にジジイだろこれ。

 間近で見ると白というか、銀髪に近いが。



「……う……」



 なんか股間がムズムズしてきた。

 転んだ反動か、猛烈に小便したくなった。

 トイレに行きたい。


 なんだか尿意の感じ方も違う。

 異世界人の体だからだろうか――。


 いや、そうじゃない。

 小便の溜まり方が股間の前方というより少し下の方っていうか、慣れ親しんだ部分に溜まってない感じがする。


 違和感を感じて手で(まさぐ)ってみた。



「え……え……ねえ!?」


 ねえ! アレがねえぞ。男の勲章がねえ。

 これも異世界人だからって理由じゃねぇよな。

 それ以外の部分は普通の人間だから、男と女の分け方も同じはずだろ。だったらアレがないとおかしいじゃねぇか。


「ま、まさか」


 今の俺は、男じゃないってこと、なのか?


 男じゃ……ない……?



 "あと転生先の体だけど、適性ある体が――"



「あぁぁあああ! そういうことかぁぁあ!」


 魔女の言ってたことはこれか。

 適性って何なんだよ。適性もクソもあんのか。

 確かに俺は前世じゃ、よく女に間違われたが、生まれ変わるのに適性なんか関係ねえだろ。


 それより刻一刻と尿意が押し寄せやがる。

 やばい。冗談抜きでやばいぞ。


「あああ、とりあえずトイレトイレ!」


 部屋から飛び出した。

 ドアノブを無理やり回して走り回る。


 正面にはすぐ階段。

 駆け下りるとそのまま居間に直結していた。

 中央に四角いテーブル。隅に小さなキッチンもあって水道の蛇口はなく、石造りの"流し"みたいなものはあった。


 最悪、そこでするしか。


「くっ、やべぇ……我慢が……」


 女の体って、こんなに我慢しにくいのか。

 あああ、もう漏れそう。

 流しへよじ登ろうと必死に手を伸ばすが、力むとさらにマズいことになった。


「そ、そうだ。椅子だ、椅子!」


 テーブル付近から椅子を引っ張って、隅まで移動させて流しの前に設置。

 それに昇って流しの前で仁王立ちだ。


「で……これ、どうやってすりゃいいんだ」


 掴む部分もない。

 立ちションなんて出来ねぇよ!


 なにか狙いを定める方法が別にあるのか。


 ああああ、もうやばいやばいやばい。

 とりあえずワンピースみたいな寝間着をたくし上げて腰を突き出すようにして……てか、この場合、どこから小便が出るんだよ。


 何一つわからねえ!




「アンジー? どうしたのですか?」


 アンジーだと?

 確かに俺の名前はアンジだが。


 じゃなくて!

 緊急のときに誰だよ、俺を呼ぶ奴は。

 こっちはかなりやばいんだ。


「な、何をしてるのです!?」


 振り返ると、さっき二階で寝ていた栗毛の女が階段の手擦りに掴まってこっちを覗いていた。俺の奇行を見るや否や駆けつけてきた。


「そんなところで危ないですよ!」

「く、来るな! あ、あああ、もう駄目だー!」


 もはや股間は決壊寸前。

 迫り来る異世界人の強襲と、下半身の荒波との間に挟まれた俺は目の前が真っ白になっていた。


 転生直後にこれは(オトコ)の花道に泥を塗る。

 開幕おもらしとかカッコつかねぇよ。


 それだけは絶対に……嫌だ……!



「く、来るな! 来るなぁああああ!」




 ああああああああああああ!!


 ああああああ…………あっ……!





     ○



 屈辱感。これが異世界流の歓迎。

 始まってすぐこの辱めとは、歓迎のやり方も極道だな。先が思いやられる。



 盛大にぶちまけた粗相は、さっきの女が掃除してくれた。


 せめて尻拭いくらい自分でやりたかった。

 だが、一人じゃ何も出来やしねえ。

 異世界人の女に寝間着を剥ぎ取られ、替えの服を出してもらった。


 床の掃除をして、服を洗濯して、庭で干した。

 そういうのは異世界でも共通らしいが、元の世界と違うことが一つだけあった。



「――"水脈の陣(トロプフェン)"」


 女が呪文みたいなのを唱えた。

 すると水滴が現れて集まり、それを桶に流すように女が手を動かした。


 これはそう、魔法ってやつだ。

 俗に云うファンタジー世界にある不思議な力。

 それなら竜も存在しててもおかしくはねぇか。


「なぁ、それどうやってやってんだ?」


 女は桶に溜まった水に雑巾を浸している。


「お母さんにそんな口の利き方はいけませんよ」

「やっぱりアンタが母親ってことなのか」

「……アンジー、朝から様子が変ですね?」


 アンジー。それが俺の名前らしい。

 前世の『佐我アンジ』と代り映えがない。

 女の名前でアンジーか。


「なんだか目つきも変わったような。もしかして具合が悪いのですか?」

「ああ、最悪だぜ。なんだって俺がこんな」


 後ろ髪を引っ張り、毛先を突きつける。

 おまけに股下の虚無感も半端ない。

 今は目立たないが、将来どうなるんだろう。


 このまま女として生きていけってか。


 おっぱいもデカくなるんだろうか。

 母親の胸を確認する。……けっこうあるな。

 俺も巨乳になるかもしれない。


「…………」


 母親からジロジロとメンチ切られた。

 前世の母親(ババア)のことを思い出すぜ。

 俺が無茶して傷だらけで帰ると、いつもそういう疎ましそうな顔して睨んできたものだ。俺さえ生まれてこなければ良かったと思ってたんだろう。


「まぁ、目つきはお父さん譲りですかね。言葉遣いは変ですが……成長期によくあることですよね」


 溜息をつきながら母親が掃除に戻る。

 意外と寛容らしい。


 "お父さん"か。

 そういえば父親の姿を見ていない。

 前世じゃ、クズの父親が女連れて逃げたから初めての父親を期待してしまう。


「オヤジもいるのか? どこに?」

「……」


 やけに神妙な顔になった母親。

 そういや、このオフクロの名前も知らねえ。

 母親が黙りこくる様子に嫌な予感がした。


「おい、まさか――」

「お父さんはいません」

「いない? なんでだよ」


 思わず聞き返したが、既に察していた。

 名前も前世と変わり映えない。

 なら、家庭環境もあまり変わらないのかもしれない。


「女のケツ追いかけて逃げたのか」

「なんて汚い言葉を! いけません。どこで覚えるのですか、まったく……」

「はー、図星かよ」

「違いますっ」


 母親は何度か雑巾を絞ると桶の水を流しに、外へ出ていった。


 俺もその後を追うが、足が追いつかねえ。

 この体だと不便すぎる。



 外へ出て、ひんやりした空気に驚いた。

 東北みたいに寒い地域なのかもしれない。

 天気もどんよりと曇ってやがる。


 庭に出てから振り向き、家の全景を眺めた。

 こじんまりとした木造オンボロって感じ。住んでる土地も湖畔の超ド田舎。間違っても裕福な家庭じゃなさそうだ。


「なぁ、尻拭いくらいテメェでやらせてくれよ」

「5歳の子に掃除を任せる親はいませんよ。余計に散らかされたら大変です」


 なるほど。俺はまだ5歳児なんだな。

 水捨てが終わると母親は踵を返し、すたすたと家に戻っていく。


「さっきのは魔法ってやつか? 水がいきなりドバーって。誰でも出来んのか?」

「急にお喋りになりましたね、アンジー」

「成長期ってやつじゃねえ? 細かいことは気にすんなよ」


 母親は警戒するようにこっちを見た。

 娘の豹変ぶりに驚いてんのか。

 でも前世を思い出したってだけで、昨日までの俺も俺自身なはずなんだが。



 家に入ると、すぐに母親が口を開いた。


「一つ言っておきますが、アンジーのお父さんは偉大な魔術師でした」

「魔術師……?」

「迷宮探索中の事故で命を落としたんです」

「迷宮探索?」

「まだアンジーが生まれる前ですよ」


 魔術師に迷宮探索?

 本格的にファンタジーじゃねえかよ。

 竜がその辺にいてもおかしくない。

 それはさておき、この人は俺が生まれる前から未亡人だったってワケだな。美人のわりにけっこう苦労してんだ。


「この事はアンジーがもう少し大きくなるまで黙っていようと思ったのですが、変な誤解を持たれたままなのも嫌です」

「そりゃあ悪かったな」

「いいですよ。それよりあなた、本当にアンジーですか?」

「どういう意味だよ」

「もしや悪魔憑きか何かかと」

「はぁ? 悪魔じゃねえ。俺は俺だ」


 母親は怪訝な表情で俺を見ている。

 娘が突然こんなに口が悪くなったらさすがに不審に思うか。


「お父さんと同じように私も魔術師です。多少は魔物を打ち倒す術も持ち合わせてますが……正直に言えば、追い払う程度で許してあげますよ」

「だから……」


 考えても面倒くさいだけだ。

 正直に吐いちまった方がいいかもしれない。


「前世の記憶って言えば信じるかい?」

「前世?」

「突然思い出したんだ。元はこういう性分だったもんで、いきなり口調は変えられねぇよ」

「ふーむ、前世ですか」


 母親は眉間に皺を寄せ、俺をゆっくり抱き上げて目線まで持ち上げた。


 美人に見つめられ、思わず目線を反らす。

 しばらくジトっとした目で観察された。


「ぐ……」

「害はなさそうです。とりあえず信じましょう」

「随分あっさりしてんな!?」

「私とお父さんの娘ですもの。何があっても不思議はないです」

「よくわかんねぇが、信じてくれるのか」

「邪悪な気配も感じませんし、娘ですから」

「そっか。ありがとな」

「いえいえ」


 そういうと俺を降ろしてくれた。

 異世界人も物分かりがいいじゃねぇか。

 日本の連中の気難しさとは雲泥の差だぜ。


「最近はおねしょも卒業したと思っていたのに、あんなところでお漏らしされたら悪魔が憑いたとしか思えなくて、ふふ」

「オ、オモラシ!?」


 弱点を知られたみたいで顔が熱くなった。

 そうだ。俺はこれからこの人に色々と面倒を見てもらわなきゃいけねぇ。日に日に弱みも握られていくってことだ。


「自己紹介ついでに聞くが、アンタの名前は?」

「え、名前ですか? 私の?」

「親の名も知らねえようじゃ、息子失格だろ」

「娘の間違いでは……」

「どっちでもいいだろ。いいから名前」

「はぁ……ジーナ・シルトです」

「そうか。それなら俺はアンジー・シルトか」

「はい。なんだか妙な会話ですね」

「ま、俺が娘であることには変わりねぇんだ。お互い気楽にやろうや。よろしくな、ジーナさん」


 敬意を表して、さん付けで呼ぶことにした。

 母親第2号。俺も複雑な気分だった。



【登場人物】

 アンジー・シルト : 転生後の主人公。美少女。髪は栗色~銀のグラデーション。瞳は紺色。

 ジーナ・シルト : 魔術師。美人。巨乳。髪は栗色。瞳は翠色。


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