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ブロック7「かねてからの計画」

「その人の言っていることはこの世の真実よ」


 全員が振り向く。


 カチアだった。


 さすがに今度は裸ではなく、他のアバターたちと同じような、流行の衣服を着ている。


 スミが意地の悪い声で茶化す。


「あら、今でもモテモテなんだねえ。海後ちゃん。そっちのちっちゃなウィンドウの中にいる女の子にも」


 メグリは唐突に自分のことを言われ、なんとなく不快な気分になる。


 自分と海後は別にそんなんじゃ、ともごもご言っている。


 セイは相棒のサポート役のそんな様をじっと感情のこもらない目で見つめている。


「アンガヴァンスペースの期待のニューホープが、今や追い詰められて犯罪をするしかなくなった人間を狩る主役(プレミアプラン)とは。嘆かわしいことね」


 カチアはそう言った。


 スミは突然現れてこんなことを言う少女に少々面食らったようだが、もう立ち去る気のようで、


「まあいい。海後ちゃんとはもう会うこともないでしょうね。そう、キミの言う通り、ここ以外で会ったときは敵同士だよ。覚悟してね」


 それだけ吐き捨てるように言うと、つかつかと離れて行ってしまうのだった。


 後にはカチアと海後と二つのウィンドウだけが残された。


 海後はカチアから何となく目をそらしてしまう。


 記憶通りの妹の姿を直視できなかったのだ。


「約束通り来てくれたのね。予想とは違って」


 カチアは言う。


 海後のアカウントに、メグリとの個人チャットの回線が開く。


「予想とは違うって? 来ないと思っていたのかな? まあ、怪しさ満点だしねえ。それがフツー。海後がおかしいんだよ」


 カチアはじっと海後たちの方を見ながら立っている。


 相手から切り出してほしいらしい。


 当然、海後が答える。


 姿故の、やりにくい気持ちを感じながら。


「それで? どうすればいいんだ。どのアプリを起動すればいい? お前自身がそうしないというのは、相当ヤバい代物なんだろうな」


「これよ」


 カチアのデータ流が海後のアカウントのアドレスを探り出し、ストレージに一つの圧縮ファイルを落とし込む。


 仮想のキーボードを表示した海後はキーを打ち込み、それを解凍すると厳重に解析する。


 しかし起動(アクティベーション)に必要なエレメンタム数もわからなかった。


 こんな事態は初めてだった。メグリもセイもアバターに目を剥かせた。


 パブリックドメイン及び、オリジナルとして作られたプログラムの中にこのようなタイプは見たことも聞いたこともなかった。


 ファイルの破損を疑ったが、そうではないようだった。


「メグリ。このアプリの解析を頼む。さて……」


 海後は呪文のようにプログラムの発動フレーズを口にする。


 『極限疲労(サウザンドヤードステアー)』、冗長化(リダンダント)、と。


 大量のエレメンタムをつぎ込むことで同じコマンドを何十にも重ねがけする技だ。


 そのくらいせねばあカチアを制圧できないと踏んだのだ。


「カチア。お前は何者だ?」


 濃厚な敵意を読み取ったのかそうでないのか、カチアは臆することなく答える。


 無表情のまま。


「それは言えない」


 それにしてもこの少女のアバターは海後たちの目の前に姿を現してからずっと表情がない。


 海後は訝しむ。


 アバターの表情と本人の勘定とのリンクを切っているのだろうか。


 見ず知らずの相手同士の交渉事では極めて無礼な態度だ。


 しかし違法な取引であることを考えるとそれでも許されるか、とも思った。


 そして問う。


 直截に。


「何故このプログラムは起動できない?」


 カチアはため息をついた。


 この少女が初めて表す、感情の表出らしい仕草だった。


「そう、やはりあなたたちでもダメなのね。期待していたのに、残念だったわ」


 そういう割にはため息以外まったく残念そうではない。


 あっけらかんとしたすがすがしさすら感じさせる表情をしている。


 やはり、アバターの表情の動きをオフにしているに違いない。


 海後も、セイもメグリもそう思った。


 海後がもう一つ、しなければならない質問を投げかけようとしたその時、


「まあいいわ。目的のもう半分を達しましょう。これがあなたたちが欲した情報よ」


 とメグリが言うのだ。


 三人は面食らった。


 交換条件を達していないのに渡してくれるというのか?


 これではただでもらうようなものだ。


 というか、正体不明で起動できないとはいえ、起動してくれと頼まれたプログラムのデータすら受け取っている。


 海後がそのことを疑問に感じ、問うと、


「その情報を使って企業の支配に風穴を開けてほしいの」


 と返ってきた。


 それが目的か。


 海後は合点がいく。


 要はテロリストの類だ


 損益を度外視し、他人を駒のように動かそうとする、厄介な奴ら。


 メグリが海後に心配そうな顔を向ける。


 だが海後は気にも留めない。


 そうとわかっているならこちらも利用するまでだ、と。


「注文が多いな。プログラムを起動しろだの、なんだの。まあ、こちらとしてはこの情報に基づいて行動するだけだ。その結果がそちらの望むものであるのなら結構だが。まあ、無関係な話だがね。やりたいようにやらせてもらうさ。だがそれにしても……」


 海後はセイとメグリに目を配る。


 彼らも疑問らしかった。


「どうして俺らなんだ? 俺らはただの犯罪者ハンターで、こういうのは専門じゃない。もっと、そういうのにお似合いの組織があるだろ。企業批判を繰り返す奴らや、何なら本職のテロリストでもいい」


 まあ、テロリストの類は海後たちの狩猟対象なのだが。


 もしカチアが世に知られたテロリストであったなら、狩猟対象でしかなかっただろう。


「いいえ、あなたがよかったのよ。日暮海後」


 その瞬間、メグリのウィンドウから「がっ」という妙な声が聞こえた気がしたが、海後は無視した。


「あなたの活躍をずっと見ていたわ。その結果、選ぶことにしたの……。わけがわからないわよね? でもいいの。じきにわかるわ」


 海後は答えに当然満足しない。


 見ていたとはライブ放送のことか?


 気味の悪いセリフを個人チャットへのハッキングで伝えてきて、あげく理解不能な理由で取引を持ちかけてくる。


 あまりにもばかげていた。


 グループチャットを起動する。


「メグリ、セイ、どう思う?」


「どうって、そうだねえ。っま、腕は買ってくれてるみたいだし、秘密裏に企業にクリティカルヒットを与えてほしいってことじゃないかな? ほら、他のマジメな団体とかだと、うるさいじゃん? 正義がどうとか」


「正義か」


「そう、正義、ですよ。海後さん。いつも言ってるあなたの正義とは少し違うようですが」


「どういう意味だ? セイ」


「そのまんまの意味ですよ」


 意味深な言葉を訝しむが、海後はそれ以上追及せずにグループチャットを閉じる。


 そもそも、考えてもわからないのだし、罠の可能性もあるにせよ、とにかく飛び込んでみるというのが性分の海後だった。


「まあいいさ」


 投げやりな感じで言う。


「どのみち俺らに選択肢はない。おいしい話が転がり込んできたら飛びつくしかない。雑魚を狩るのにも飽きてきたところだ。なあ、そうだろ? メグリ、セイ」


「まあねえ。なんかやっててかわいそうになる相手ばっかだし」


「そう、そうですね。かわいそう。まったくその通りです。海後さんにはそういうのわからないでしょうけど」


 また、この調子だ。


 いつものセイではない。


 海後は訝しんだ。


 すかさず個人チャットを開く。


「セイ、どうしたんだ? お前らしくないぞ?」


「僕らしくない? あなたに僕の何がわかるんです? 思い違いをしてはなりませんよ。海後さん」


 セイは皮肉な調子で返す。


 いつもは一歩引いた、リーダーである海後に敬意を払った口調を崩さないのだが、今回は言葉選びも抑揚もずっと尊大だった。


「喧嘩がしたいなら今はよせ。いったいどうしたっていうんだ」


「どうしたもこうしたもないですよ。こんなサイトにアクセスして」


 海後はわけがわからなかった。


 長くも短くもない間――主役(プレミアプラン)にとって仲間と過ごす一年とはそういう年月だった――とは言え、連れ添った仲間の心情が理解できないのは彼にとってストレスだった。


「一つ訊いていいですか? 海後さん」


「……なんだ」


「あなたにとっての正義とは、何ですか?」


 いったい何が言いたいんだ、こいつは!


 海後はアバターを歯噛みさせながら思う。


 しかし答えてやれば少しは黙るのか?


 海後は自分の中でとうに固まっている答えを述べる。


「そんなことはわかり切っている。この世に不満があるもの、この世に向いていないもの、そういう奴をネットから追い出し、現実世界のふさわしい位置に還してやるのが俺たちの仕事だ。正義はそこにある」


 どうやら、その答えは決定的だったようだった。


 セイは今までにない丁寧さとは無縁の口調で答えた。


「ハァ……。もう結構です。茶番は」


 その瞬間、ひゅん、と音を立ててセイのアバターが現出する。


 海後に背を晒して。


 メグリが息をのむ。


 カチアは相変わらず無反応だ。


 海後は心底驚いて、


「お前、ここにアバターを具象化させることがどういう意味を持つかわかってるのか? 俺のアカウントが取り入れた情報をウィンドウで覗くのとはわけが違うんだぞ? 何のためにこのアンガヴァンスペースに入った!?」


 セイはゆっくりとアバターを振り向かせる。


 海後の方をじっと見据える。


 海後は一瞬その顔つきにたじろぐが、意思の力で自分を取り戻す。


 セイは確固たる様子で、


「もうあなたの考えはよくわかりました。このサイトに行くことを知った瞬間からもうこうするとは決めていたんですが、どうしても踏ん切りがつかなくて……。一応、一年も一緒に仕事した仲ですからね。でももういいんです」


「何を、言っている?」


「田中ギラ。誰の名前だか知ってますか?」


 海後への質問。


 彼は全く覚えがなかった。


 どこで会ったか?


 記憶のスクロールを上から順に調べるが、全く記載がない。


 書いてその後で消えかかってしまったという実感すらない。


 海後が答えられないでいると、セイが正解を言った。


「この前の犯人ですよ、あなたが消去した。あれ、僕の兄弟です」


 海後とメグリの背に電流が走った。


「ちょっと、本当なの!? セイ!」


「いいえ、嘘です」


 わけがわからなかった。


「でもね、海後さん、メグリさん」


 怒鳴るように、


「もしそうだとしたらやってられないじゃないですか! そういうことですよ! 海後さん! あなたのする真似を僕はもう見てられない! 彼らと僕らで一体何が違うんです!? まるで兄弟のような間柄なのに、残酷なフォロワーたちの一時の快楽に従って戦い合っていいはずないんだ!」


 と言った。


 その時カチアが、


「なんだか揉めているようね。仲裁しましょうか? おさまったら情報を渡すわ」


 と申し出る。


「あなたには関係ない」


 セイの冷たい言葉。海後が叱り飛ばす。


「いい加減にしろ! 大事な取引の現場だろうが! これ以上駄々をこねるなら一定期間ブロック処分に……」


「純粋な戦闘では僕の方が上ですよ? 海後さん」


 ぞわり、と海後の背面を悪寒が走った。


 剣呑な雰囲気を察したのか、カチアが後ずさった。


 メグリが、やめてよ……、と、事態のなりゆきに極大の不安を表明する。


「一つ訊こう」


 と、海後。


「どうしてだ?」


 セイの答え。


「あなたの歪んだ正義がもう許せないんですよ。海後さん。お話はこれくらいにしましょう。ところで今回、違法プログラムを積んできたんです。ほら、ここでは自由に使えるでしょう? だからそれを装備していないことを確認済みであるあなたは絶対に僕に勝てない。あなたのアカウントをここで社会的に抹殺する。絶対にもう犠牲者は増やさない」


 海後はセイの射程範囲と思われる範囲から飛び下がった。


 メグリが顔を伏せる。


 泣きそうな顔は見せられない。


 どうしてこうなったのか、と、彼女は自問するばかりだ。


 先制はセイだった。


「『極限疲労(サウザンドヤードステア)』」

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