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ブロック6「不統治空間(アンガヴァンスペース)」

 ネットにアクセスする市民の所持品の一つ一つまで中央から、ないし分散された相互監視機構から管理される時代。


 そんな中にあって、そのサイトだけは設立当時からずっと自由で、カオスで、解放された空間として機能してきた。


 管理局から完全に独立したネットワークの最後の変種であるそこは、途切れることのない需要の受け皿になってきた。


 犯罪者からちょい悪の主役プレミアプランまでがこのサイトを利用した。


 闇取引のために。


「アカウントロンダリングしてから初めてのアンガヴァンスペースへのアクセスだ。二年前、お前たちと出会う前。その頃は俺もただの犯罪者だった」


「もう聞いたよ。……しっかし公共サイトや順法私設サイトとは全く違うねえ。あちこちにブロックノイズが出てるよ。変なウィルス貰ったりしなきゃいいけど。あー、リスクってものをビシバシ感じるなー」


 海後たち三人はいつものように、アバターを顕現させた海後が両隣にウィンドウ化したメグリとセイを従えて歩いている。


 違うのは、ここが違法サイトだというコト……公共サイトの秩序だった乱雑さとは全く違う、本物の無秩序がそこにはあった。


「そんなものはないさ。このサイトを運営している分散型ネットワークは闇では一番信頼されているクラスタだ。それと、アンガヴァンスペース自体へのアクセスはもちろん違法だが、履歴も残らない。内部での違法プログラムの使用履歴もな。だからこの行為自体には発覚のリスクはない。――よし、確認しよう」


 海後がウィンドウを新しく開いて、言う。


「俺たちはここでカチアからプログラムを受け取って、この俺のアカウントの計算資源リソース

を使った仮想コンソールにインストールし、起動する。それが確認されれば得られたデータを送信する。対価に情報を得て、それで仕事は終わりというわけだ」


「そう、オッケー」


 メグリが辺りを見回しながら上の空で答える。


 実際、アンガヴァンスペース内は興味深いものでいっぱいだ。


 汚い茶色に染められた仮想の床面に露天商のように座り込んだ売人アバターが、特殊な手段を用いることで出所不明にした物品タグを売っている。


 リアル世界の実際のモノに紐づけられた物品タグは自ら次の持ち主を精査する機能を持ち、この仕組みを利用して保険料滞納や特定の疾患にかかるなど、信用度が下がったアカウントには特定の物品が手に入れられないようになる。


 それをこのアンガヴァンスペース内では、他の比較的クリーンなアカウントが所持した物品を無期限に貸し出す形をとることで、脛に傷のあるアカウントでも問題なく制限のかかるモノを手に入れることができる。


 現実世界での受け渡しは、住所を晒すことなく、移動する公共交通機関の内部で行われた。


 似たような脱法、または完全に違法な手段で様々なモノがやり取りされている。


 アンガヴァンスペースは一見すると闇市で、辺りの人だかりを見るに非常に活気に満ちていた。


 この空間を成立させているインフラが具象化された、巨大に絡み合った樹木状の構造物を中心に、人々が群れを成している。


 露店が軒を連ね、人々が行きかう。


 違法サイトにこれほどたくさんの人がいるとは驚きだ、と、これを初めて目にするセイとメグリは思った。


「いやー、すっごい人だかりだよねー。みんな法を犯してまでここにいるんでしょ? すごいよねえ。何がここまでさせるの?」


 メグリがウィンドウからアバターの身を乗り出して、辺りにきょろきょろと好き勝手に目を向けている。


 海後はその質問に答えてやる。


「通常、エレメンタムは個人の間の受け渡しができないことを思い出してくれ」


 露天の前を通り過ぎ、雑踏をかき分けながら語る。


 メグリもセイも、初めてのアンガヴァンスペースに興味津々で、集中していないように見える。


 しかしちゃんと話は聞いているから、とんちんかんな返答はしない。


「当然覚えてるよ。エレメンタムはそういうもの。取引所と個人の一対一の関係でしか得ることはできない。個人対個人の取引は不可能。常識」


 海後は頷く。


「そうだ。個人はエレメンタムを管理局の運営する取引所でバイナリ―コインと交換する形でしか手に入れることはできない。一旦個人のアカウントのウォレットに入ってしまったエレメンタムは消費バーンするか再度取引所でバイナリ―コインと交換するほかない。アカウント間でのやり取りができないことにより、流動性が制限され、管理しやすいということだ。しかしここは違う。違法な手段で架空の簡易取引所を作り出し、そこに集めたエレメンタムをシャッフル。バイナリ―コインや物品タグと交換で再配分することで、誰にも知ることができない『ダークウォレット』の形で誰もが好きなだけエレメンタムを保持することができるようになるんだ。アンガヴァンスペースの魅力をまとめると、ランクの下がったアカウントでも制限された物品を手に入れられること、エレメンタムを金さえあれば好きなだけ、非公開で保持することができるようになること、そして、違法プログラムを管理局の目から隠れて起動できること、だな」


「へー、詳しいじゃん」


「昔はここの常連だったからな。まだ十代の頃だ」


「悪ガキだったんだね、何してたかは敢えて訊かないけど……。ところでどーしたの? セイ、さっきから静かじゃん……あっ、もしかして緊張してるぅ? 違法サイトだからってナーバスになってるのかなあ? かーいいなあもう!」


「……男性に向かってかわいいとか言わないでください」


 メグリは歯を見せて笑った。


「あー、やっぱりそうだ! 大丈夫だよ、メグリちゃんがついてるから! ほら、人の字飲んで~」


「違います」


 メグリはなんとなくセイの言葉に冷ややかなものを感じ、気圧されて黙ってしまう。


 海後はそんなやり取りを気にも止めずに、これからのことを考えていた。



 やがてカチアとの会合の時刻が近づく。


 遠隔チャットも拒否され、直接アバターを付き合わせてログが管理局に監視されない違法サイト内で会いたいというのだ。


 前回、素っ裸で海後たちの前に現れた時には、てっきりアンガヴァンスペースにアクセスしたくないから海後たちに依頼してきたと思ったのに……。


「それにしても解せない」


 海後はため息をつきながら言う。


「最初に『アンガヴァンスペース内で違法アプリを起動してくれ』と言われたときは、てっきり自分でここにアクセスするのが嫌なのかと思っていたが。ここに入って来るのならそうではないらしいな」


「罠だったりして~」


 海後のアバターがフンと息を吐く動作をする。


 呼気は演算されないから、フリのジェスチャーだけなのだが。


「この俺を罠にはめようとするなら、後悔させるまでだ」


 時刻がいよいよ迫ってきたとき、海後に近寄って来る女がいた。


 背が高くスレンダーで綺麗なアバターをしていて、大きくスリットの入ったドレスを着た女だった。


 没入型インターフェースの睡眠作用に影響を与え、酒の酩酊感に似た快楽を提供する電子ドラッグを具象化した、酒瓶状のアイテムを手にしながら。


 要は酔っ払いだ。


「海後、海後ちゃんじゃない!?」


 知り合い? とのメグリの言葉に頷く海後だった。


 久しぶりだ、と。


「やっぱりそう! アバターも認識タグも違うけどこの私の目はごまかせないぞ! 私のことおぼえてる? いやぁ、懐かしいねえ……キミほどのハッカーが管理局に追い詰められたと聞いた時は本当に驚いたよ。モテモテだったからねえキミは。お姉さん、キミがいなくなってホントに寂しかったぁ。で、今どうしてるの?」


 ちっと舌を鳴らす海後だった。


 メグリもセイも興味深そうにこの酔ったケバい女の話に耳を傾けている。


 匂いは演算されないからわからないが、これが現実なら香水をはじめとする色々な匂いがプンプン匂ってきそうな状況だった。


「スミさん。やめてくれませんかね。過去の話は。もう俺はここにいる人間とは違うんだ。むしろここにいる人間を狩る側なんだよ」


 スミと呼ばれた女は笑った。


「まさか。あの自分たちだけ体制側の、正義の味方にでもなったようなつもりの主役プレミアプラン共の一人になったとでもいうの? まあそんなことはいいわぁ。とにかく帰ってきてくれてよかったよ! ここ、アンガヴァンスペースは私や君のようなアウトサイダーの最後の心のよりどころだから! ここにまたあなたのような凄腕が来てくれるなんて! また管理局相手にテロでもしようか。自由を勝ち取るための戦いを始めましょうよ!」


 あまりにも物騒な会話内容にメグリは面食らった。


 海後は海後で沈黙して続けているから、スミという女の話していることが真実かどうかもわからない。


 不安になる彼女だった。


 思い切って個人チャットで、本当なの? と訊いてしまう。


 そうだ、と答えが返ってきた。


 かつてはそういう人間だったんだ、とも。


「すまない、スミさん」


 興奮した酔っ払い女を遮るために上げた声は冷ややかだった。


「自由など知りません。今の俺は猟犬と呼ばれる、犯罪者狩りに精を出すただの一人の主役プレミアプランに過ぎません。もはや私はあなた方の敵です。今回はそういう意図で来ているわけではないですし、こんなところをライブ放送でもしたら終わりなので何もしませんが、外で出会ったら容赦なく終わらせにかかります。そこのところをどうかご了承いただきたく」


 絶句するスミだった。


 アバターの口がもごもごとせわしなく動くが、言葉は出てこない。


 まるで長年連れ添った夫の正体が狸が化けたものか何かだったとでもいうように、その顔は絶望色のショックで塗りつぶされていた。


「ま、まさか。キミが一体何を……? 冗談でしょ? 海後ちゃん。キミは確かに私たちの希望の星、新世代のハッカーだったはず……」


「もう違います。俺は正義の徒になったのです」


「馬鹿みたい!」


 スミは手に持っていたボトルを茶色の床面に叩きつける。


 物理演算が働いたそれは現実世界のように粉々に砕け散り、なおかつ破片は跡形もなく消え去り、アイテムとしての実在が消去された。


「ふざけないでよ!! いったいどうしちゃったの!? あの頃の海後ちゃんはどこ行っちゃったんだよ! 私言ったじゃない!? この世の理不尽が許せないから一緒に頑張ろうって! 一緒にこの世を変えようって言ったじゃない。それが私達アウトサイダーの役目だって……」


 海後は表情を変えずに、


「俺はもうガキじゃないんです、スミ姉さん」


 とだけ返す。


 スミはそれに対して冷たく、


「姉さんなんて呼ばないで」


 と言った。


 お互い黙ってしまう。


 スミは海後よりも背の高いアバターを使っているから、上から見下ろす形。


 気まずい沈黙にメグリもセイも何も言えないでいる。


 じっとそうしていると彼らの背後から声がした。

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