ブロック5「出会い」
まばゆい光、男は包まれる。
叫びだけを残して、跡形もなく消え去った。
万雷の拍手。
フォロワー達は大喜びだ。
彼のファンたちはこの瞬間こそを求めているのだ。
正義の執行の場面と言うよりは、残酷な処刑を見ることを。
「終わりましたね」 と、セイ。
ああ、と答える海後。
「おめでとう! 海後! バイナリ―コインがたっくさん入ってきてるよ!」
ちゃりん、ちゃりん、と寄付がなされるたびに鳴るように設定されている効果音がマシンガンのように連続して途切れることがなかった。
「……おめでとうございます、海後さん」
海後は急に感傷的になって、フォロワーには聞こえないグループチャットで、「なあ、お前ら。あいつに同情するか?」 と訊いた。
セイは答えなかった。
メグリが答える。
「みんなやりきれないんだよ。何かしなきゃ、生きてる甲斐がないってね」
「その結果が犯罪行為か? 生きるためじゃないのはわかってる。多くを望まなければ最低限食っていけるんだからな」
ウィンドウ内のメグリのアバターはため息をついた。
「だから、わかんない? 生きることと、生きてるぅーって実感を得ることは、別なんだよ。人間の生にはどっちも必要なの。今の時代、私達やあの犯罪者のような人間には生の実感を得ることは難しいんだよ。だから……」
セイが口を挟んだ。
「犯罪をすることか、それともそれを取り締まり罰することに生の充実を見出すというわけですね」
「……ひどい時代だよね?」
海後はふぅーっとため息を吐いた。
「俺には自分の生まれた場所を侮蔑する趣味はない」
そしてまた、彼の頭の中に声が響く。
(――じゃあ、どうするの? 時代の奴隷にでもなるつもりなの?)
海後はまだ邪魔者がいたことを思い出した。
「メグリ。放送を終了しろ。ここからはいたずらを仕掛けてきている奴を制裁する時間だ」
メグリはひどく驚いた様子だ。
「え? そんな奴いるの? 泣く子も黙る敏腕主役であるあんた相手に?」
「こちらでは確認できません。本当にそのような相手がいるのですか?」
ああ、と海後は答える。
管理局側のシステムで多重に暗号化されているハズの個人チャットにアクセスできるバケモノだから気をつけろ、とも。
さらに驚き、気を引き締めるメグリとセイだった。
その時、また、海後にだけ声が聞こえた。
(――待って、今姿を見せるから)
それは嘘ではなかったようで、海後たちの目の前に、ログインのエフェクトが現れた。
光る霧のようなものが現れたかと思うと、その内部、地面の方、足先からアバターのポリゴンとテクスチャーが構築されていく。
黙ってそれを見つめる三人だったが、構築が腰のあたりにまで及んだあたりで驚愕せざるを得なかった。
「はぁ!? 裸!? どーゆーこと!?」
「ありえません……」
「ほう、これはこれは」
そのアバターは一糸まとわぬ少女の姿をしていた。
あり得ないことだった。
裸の仮姿などあり得ない。
サーバーに二次元のイメージをアップロードすれば自動的に三次元のモデルを構築してくれるサービスがあるのだが、例えば隠すべきところを隠していないイラストを送ったとしよう。
100パーセント受理されない。
同じような三次元モデルをそのまま送っても同じことだ。
サーバーの管理局は仮装空間内に置ける性的な縛りに大変厳しい。
まず全裸のアバターなど絶対に許可されないし、いずれかの抜け穴的手段を用いてそのようなものを表示したとしても、監理局からの監視に引っかからないわけもない。
「海後、この子のアバター、私たちにしか素っ裸に見えてないみたい」
海後はブロードキャストウィンドウを確認する。
ライブ放送確認用のそれは、海後たち以外の第三者からの視点を再現したものだ(先ほどブロードキャストはオフにしたから映像は他所へとは流れていないが)。
そこにはセーラー服を改造したような衣装をまとった少女の姿があった。
「どういうことでしょう、海後さん」
強大なハッキング能力のなせるワザだった。
だが海後は聞いていない。
彼にだけ感じられる驚愕に支配されていたから。
「イサ……」
メグリとセイのアバターはウィンドウ越しに顔を見合わせた。
海後が上の空になることなど大変珍しい。
いつも冷静沈着で真剣、集中しているのが彼だったのに。
しかしそれも一時のこと、海後はすぐに我に帰ると敵意もあらわに謎の少女のアバターに向け怒りの言葉を放った。
「貴様! なぜ妹の姿をしている!?」
驚くのは今度はメグリとセイの方だった。
妹、その単語に。
プライバシー情報の流出を過度に恐れる彼らしからぬ言動だった。
少女は何も答えない。
ぎり、と海後のアバターは歯ぎしりする。
「……まあいい。冷静になろう。どういうことか、セイの疑問に答えるならば、答えは一つだ。公然猥褻でも管理局の監視網に引っかからない力、俺たちにだけこんな映像を送る力、それだけのことができる計算資源を保持していると、パフォーマンスをしているんだよ、これは……。どれだけの計算資源リソースをつぎ込んでいるんだ、こんなことに」
少女は大きく息を吸い、吐くと、海後たちの視点でも衣装を出現させ、露出狂のような状態を改める。
そして無表情でこう言うのだった。
「こんにちは。はじめまして。私はカチア。取引をもってきたから、聞いてほしい」
海後は自室でコーヒーを飲みながらデスクトップに向かっていた。
画面の中にはメグリとセイのアバター。
ライブチャットである。
海後の姿もカメラが拾っているが、リアルタイムでアバターの姿に置き換えられている。
みんなそうだ。
彼ら主役は素顔を晒すことを仲間に対してであっても極力避ける傾向にあるのだ。
プライベートを話さないのと同じ理由だ。
「で、あのヘンタイの娘の話だけど……」
メグリが興味なさそうに話を始める。
「あたしらに違法サイトにアクセスしろ! だなんて、よく言ってくれるよねー! こちとらクリーンな商売で売ってるチームなんじゃーい!」
憤慨。
アバター用ジェスチャーで頭から湯気を出しながら息巻く。
そう、カチアと名乗った少女の提示した取引は海後らに法を侵せと迫るものだったのだ。
「『違法サイト、アンガヴァンスペース内にてとある違法アプリケーションを起動してほしい』、ですか。御本人はそこにアクセスしたくないから代理の依頼と言うわけですね」
「――アンガヴァンスペース」
海後は無意識に繰り返す。
記憶の中に埋もれつつあったその名を。
「ご存じですよね? 裏の世界では有名ですから」
海後は少し過去のニュース記事にさかのぼって調べればわかる基礎的な知識を答える。
「ああ。最も古く、最も大きな違法サイトだ。P2P技術で運営されている。犯罪者のための楽園だな」
メグリが茶化したふうに、
「なぁにぃ? もしかして過去にアクセスしたことがありますーっとか言わないよね?」
「あるさ」
それは何の衒いもない、無造作な一言だった。
メグリもセイも耳を疑った。
「マジぃ!? えっ、あり得ないでしょ!? だってあんたのアカウントは一切違法行為がなされてな……」
「このアカウントでではない。以前のアカウントでだ」
二人は絶句する。
違法サイトへのアクセス、複数アカウント、そしてアカウントロンダリング、どれもネットにおける第一級犯罪だ。
「ま、まさか、海後、あんた、ワルだったんだね……」
海後は何でもないように、
「何年も前の話だ。俺がまだあのサイト内の奴らとつるんでいたころの話。まあ昔の話さ。もう一切アクセスすることはない。そう思ってたんだがな」
海後以外の二人は言葉もない。
最も清廉潔白であるからこそ、このチームのリーダーを海後に任せているのだ。
それが、こんな過去が明らかになるなど、そしてそのことをまったく気にしていない素振りを見せているなど、受け入れがたい話だった。
しかしメグリは順応が速いようで、
「まあいーわ。こっちはこっちでもうそれなりに長い付き合いだし。今まで秘密にされてたのがこんなあっけなく明かされちゃうのってなんか癪だけど、許したげる。メグリさんは寛大なので」
と言った。
海後は他の二人が落ち着いたのを見て取ると、
「じゃあ今回の話だが」
と切り出した。
そして、
「請け負おうと思う」
と続ける。
メグリからは特大の、「はぁ!?」という驚きの声が漏れた。
「あり得ないあり得ない! せっかくここまで違法すれすれとは言えホワイトなことやってきたのにどーしてそんなこと言うのさ!?」
「乗り気ですねえ。なぜです? 素性も知れない人間からの申し出なんて、罠かも知れないのに。」
妙に落ち着いてセイが言う。
「この話、デカい案件の気がする。勘だがな。……セイ、報酬を確認しよう」
セイが海後のコンソールの画面の向こうで自分のコンソールの画面を見て読み上げる。
「『報酬は、とある企業のトップシークレット、不正に関するもの』、とあります」
「そうだったな」
その詳しい内容を、カチアは明らかにしなかった。
明らかにフェアじゃない。
こんなもののために不正行為に手を出すなど、割に合わない。
セイはまだしも、メグリが強く反対していた。
「海後、あんたねえ、あたしらが一蓮托生だってわかってるでしょ? いくらあんたをリーダーに担いでるからって無理無茶無謀無鉄砲を許すわけにいかないんだから。この話、あたしは降りるかんね! ……セイはどうすんのさ?」
画面の青年のアバターは落ち着かなげに応える。
「僕ですか? 僕は……海後さん次第ですね」
メグリのアバターは口を大きく開けた。
「なにそれぇ!? 信じられない! 説得してよ! この馬鹿ちんを!」
「あのですねえ、メグリさん……」
「どのみちだ、お前ら」
海後が言葉を発するだけで、言い争いに発展しかける二人の雰囲気が落ち着いたものになる。
「俺たちのフォロワーはもう頭打ち。ちんけな犯罪者をいくら狩ったところでフォロワー百万人以上の主役である、べヒモス達には一生敵いっこない。飛躍の瞬間は必要だと思わないか? そのためのリスクも。企業の不正を暴いたとなれば俺たちの人気は一気に爆発するだろうさ。なに、アンガヴァンスペースへのアクセス歴は履歴には残らん。それがあそこの魅力の一つでもあるのだがな」
「でもさあ、海後……」
「海後さんがそこまで乗り気なら、僕は反対しません。やろうじゃないですか、飛躍の瞬間ってやつに乗っかるの」
メグリのアバターが顔をゆがめ、しかし、やがてため息を吐くと、
「わかったわかったわかりました。どーせあたしはあんたらに縋って生きなきゃならない弱小主役プレミアプランだし、あんまり意固地になってもねえ。でも! 最低限! あのカチアって女のことは調べるし、アンガヴァンスペース内で何かされないように何重もプロテクト組ませてもらうからね!」
海後はそんなに警戒する必要はないのさ、とだけ答える。
どうやらチームの意思統一が果たされたようであることを確認すると、満足そうにコーヒーを飲み干し、コンソールの前で頷いた。
海後は昔を思い出していた。
ベッドに寝転がりながら、色とりどりのネット世界と比べれば憂鬱ソノモノの暗い灰色の街並みを見つめる。
こうイう時間はまたあいつからの通話が入るころだ、と思っていると、案の定だった。
メグリの声はいつになく真剣であった。
「この前カチアってのと接触したとき、言ったよね? 妹がどうとかって」
海後は寝返りを打つ。
曇り空から差し込む光の影になって、その顔は暗くなった。
「プライベートに立ち入るな、メグリ」
「ねえ、気になるじゃーん。このくらい信用してくれてもいいんじゃない?」
いつになく、彼らしくもなく、打ち明け話を始めてしまう。
なぜだろう。
相手がメグリだからだろうか?
しつこく連絡してくる彼女に対し、ついに心の鉄壁にも穴が開いたのだろうか。
海後は自分でもわからなかった。
秘めたものを誰にも話さないではいられないのが人間なのだ。
リアルでのつながりのない海後にとって、ネットのつながりでも、抱えているものをずっと隠してはおけない。
まだまだ若く、そういう気持ちのマネジメントが下手なのだ。
「死んだのさ。三年前に。ネット犯罪が原因だ」
空白で埋まった数舜が二人の通話を支配した。
メグリはそれを打ち破って、そうだったの、と言った。
「自殺だから、直接殺されたとかではない。だが殺されたようなものだ。アカウントを乗っ取られ、他人のものにされた。ネット上での評価も、全て奪われた。いや、これ以上はやめておこう。まあ、だからこそなのかもな。俺がああも犯罪者を憎むのは」
メグリはコンソールを見つめながら、眉を寄せた。
憐憫が彼女の中でいっぱいに膨れた。
「知らなかったよ。あんたがそーゆー苦しみを抱えてたなんて」
「そりゃ話したことないからな」
メグリはふうっと息を吐くと、それまでとは打って変わって明るい調子で、言った。
「ねえ、犯罪者が生まれない社会だったらなって思わない?」
「そうしたら仕事がなくなるだろ。俺は『猟犬』の二つ名にふさわしく、ただただ犯罪者を狩ってればいいのさ。それで満足だし、これからもそうするだろう」
メグリは黙った。
そして一呼吸置いた後、あんたがそれでいいなら、とだけ言って、アンガヴァンスペースに潜る準備に戻った。