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ブロック18「絶対強者」

 アンガヴァンスペース内に用意された特製の広場――露天商が避難した跡地だ――に海後の声が響く。


「いいか! 時間稼ぎが目的だ! 遅滞戦闘に終始しろ!」


「了解したわ」


「了解したしました」


 二人の女の声がそれに答える。


 海後の両脇にアバターを具象化させた状態で控えるカチアとテルー。


 もはや、極度にフォロワーの少なくなった海後には、味方と呼べる存在は彼女ら二人しかいない。


 約束の日、約束の時刻、マイナス5分。


 緊張が走る。違法サイトの住民たちは遠巻きに見守っている。


 べヒモスがこんな場所にやってくるという情報は既に海後によって流布されている。


 それだけでスキャンダルだが、コーマほどの男だ。『吟遊詩人ミンネジンガー』を含めたあらゆる手段で真実の暴露を抑えにかかって来るだろう。


 彼は何のリスクもなしにアンガヴァンスペースにアクセスする。


 海後を消す。


 そのためだけに。


「怖い? 日暮海後」


 カチアの言葉に海後はふっと笑みを漏らす。


「お前こそどうなんだ? 今までろくに感情を表すこともなかったじゃないか」


「そう見えるかしら」


 なんとなく不思議な感じを得る口調に疑問の視線を投げかける海後。


 しかしカチアのアバターの横顔はいつも通りの鉄面皮で、そこからは何も読み取れない。


(それにしても不可思議な奴だ)


 海後は思う。


 思えば、今のこの状況もカチアが原因だった。


 セイが「裏切り」を実行に移したことも含め、ここ最近の海後に起こったイベントは全てこの少女が発起点だ。


 13歳の妹の姿をした不思議な少女。


 正体不明。この戦いが終わったら話してくれるのだろうか?


「いよいよですね。猟犬」


 テルーだ。海後はカチアから彼女の方に顔を向ける。


「今から相対することになるべヒモス・コーマを倒せばアカウント売買の総元締め、モーレ・ゲオメトリコ社の息の根を止められる。それで間違いありませんね?」


 自信をもって答える。


「ああ。間違いない。掴んでいる証拠は計算資源独占の企てに関するものだが、それさえ突けば相手は倒れるだろう。巨悪狩りジャイアントキリングの達成だ。俺も復讐を達成できるし、フォロワーを回復させられる。万々歳というわけだ」


「本当にそれだけですか?」


 海後は押し黙る。もちろん、それだけではない。


 彼の中で姿を変えた正義。その実行に他ならないのだ。


 ただ、今はまだ、それをまっすぐ口にできる程、形を伴ってはいなかった。


 フォロワーのため。


 シャイな心持が報復と実利の虚飾を言動にまとわせていた。


「私は知っているわ。日暮海後。あなたの本当の心根を」


 カチアの言葉が場に響く。


 海後もテルーも、それ以上何も言わなかった。時間が来たのだ。


 ズン、というなにかが頭にぶつかったような感覚が三人を襲った。


 ここまでとてつもない妨害プログラムを食らうのは初めてだった。


 外部との連絡が一切不可能になる。


 外部へのブロードキャストなどもちろんできはしない。


 これでこの違法サイトにコーマが現れても、それを告発する手段は一部のプログラム以外になくなったわけだ。


 効果音とエフェクトを伴って、広場に波打つサイト遷移の証拠が現出する。


 奴のお出ましだ。


「やあやあやあ、諸君。まさかこんなきれいな女性とかわいらしい少女までお出迎えしてくれるとは思わなかったよ」


 海後の方には目もくれず、女性陣の方を順番に見比べるべヒモス・コーマ。


 彼は周りにウィンドウを一つも伴っていなかった。


「ん? それにしてもそちらのは誰かに似てるような……。ああ、そうか」


 そう言うと、くっくっく、と、海後の方を見ながら意地の悪そうな笑みを浮かべる。


 何を考えているのかはわからないが、きっと下卑た妄想だろう。


 海後は不快感をアバターの眉を寄せて表明する。


「コーマさん、いや、コーマ。今日は一人か? いいのか? それで……」


 海後の問いかけに、くるりとそっぽを向いて白の和装の裾を振り乱しながら答えるコーマ。


 仕草のいちいちが大げさでうっとうしい。


「オペレーターかい? ああ、必要ないね。そもそも、この件はチームのみんなにも内緒なんだ。はは、まさかアンガヴァンスペースにアクセスするところは見せられないからね。クリーンでホワイトなアカウントで通っているから」


「クリーンでホワイトですか」


 テルーが反応した。


「本当にそうなら、今すぐモーレ・ゲオメトリコ社との契約を破棄し、私達がすることの邪魔をしないでください。モーレ・ゲオメトリコ社こそが諸悪の根源であり、もっともブラックな存在なのです」


 コーマは笑った。


「オレ自身がホワイトであることと、取引相手がどうであるかはまた別のことさ。ネット上では悪友との関係が評価に影響するというコトはままあるが、そもそもモーレ・ゲオメトリコ社もオレも、公開情報からたどれる履歴はすべてホワイトだ。関係ないね」


 海後が歯ぎしりをする。


「表の顔は何も悪いことしてませんって面しておいて、その裏では汚いことをしているというわけか。人の妹のアカウントを手に入れたり」


 その時になって初めて気が付いたというように、コーマは海後に目を向けた。


 それまでひっきりなしに喋っていたのが、急に静かになるものだから不気味だった。


 数拍の間を置いて、笑みを崩さず、明るい調子でこう言うのだった。


「当時のオレは今の君ぐらいの歳で、若かったからね。どうしても結婚したかった下位層ダウナークラスの女にプレゼントしたのさ。君の妹のアカウントを。なにせ魅力的な履歴を持っていたからね。美しい履歴だった。本当に」


 海後は自身の髪がぶわっと逆立つような感覚を抱く。


「……まさか、犯罪者が奪ったアカウントを偶然手に入れたのではなく、最初から……」


 コーマはゆっくりと頷いた。


 目を海後から離すことなく、口の端を頬へと引き上げながら、アバターがゆっくりと。


「そうともさ。最初からオレは君の妹に目を付けていたんだ。まさかその後、兄の君が主役プレミアプランになって僕の仕事のあっせんを受けるようになるとは……」


「うおおおおおおお!!」


(――海後、待って!)


 コーマのあまりの悪びれなさに理性を失う海後、そしてそれを個人チャットでなんとか諫めようとするカチアだったが、どうしようもないことだった。


 冷静さを完全に失ってしまった海後は、遅滞戦闘をせよとの自身の戒めも無視し、全力でコーマへと飛びかかる。


 彼我の間の距離を増速ブーストして一瞬で詰めると、


「5000エレメンタム、消費バーン起動アクティベート、『重力法則ローズ・オブ・グラビティ』!!」


 と、発声。


 最も攻撃的なプログラムを初手から発動する。


 アンガヴァンスペースを成立させている各ノードに強烈な負荷がかかり、あたりの風景が歪んでいく。


 その中心にいるコーマは壊滅的打撃を受けるはずだったが……。



~高馬初雪~

・保有エレメンタム 1126700

・戦闘手段

  不明



「そんなもの、オレに効きはしないよ。100000エレメンタム、消費バーン計算資源リソース借り入れ、仮想ノード構築、アンガヴァンスペースのインフラを肩代わりしろ」


 一時的にもたらされた計算資源リソースによってコーマの自由になる仮想の計算機が生成される。


 それはアンガヴァンスペースの広場の上空に雲か宇宙人の母船のように現れた巨大な半透明の円筒のポリゴンによって表現された。


 演算されるのは、アンガヴァンスペースを在らしめているプログラム。


 分散型ネットワークの形を取るそれの一部を一時的に乗っ取り、計算を肩代わりする。こうすることで『重力法則ローズ・オブ・グラビティ』 で影響を受ける程に貧弱だったアンガヴァンスペースのネットワークを強化し、高負荷プログラムの影響を極小化するのだ。


 見る見るうちに当たりの様子が正常化される。『重力法則ローズ・オブ・グラビティ』の効果が一切感じ取れなくなる。


「くっ……」


 海後は呻いた。放ったのは自分の持つ最大の攻撃手段だった。


 止められるだろうとは思っていた。


 しかしこうもあっさりとは。コーマは計算資源リソースを借り入れただけでたった一人、これだけのことを瞬時にする能力があるらしい。


「だめだなぁ、日暮」


 コーマは笑みを崩さない。海後は彼の一歩前で憤怒の表情を向け続ける。


 殴れれば殴りたかったが、一定以上の運動量を持つコンタクトは、接触判定の適用外なのだ。


「だめだめさ。これだけエレメンタムに開きがあるんだよ? たとえ君が十人いたって……」


「『完徳か人間性かイムペカビリタス・アン・ウマニタス』!!」


 コーマが言い終わらないうちに、海後を飛び越えて、上空に上がったテルー。


(とにかく、彼がここにいることを多数に知らせることができればスキャンダル! 私たちの勝ちです!)


 射程範囲内に入れた強大な敵を見下ろす位置についた彼女が唱えたのは告発プログラムだ。


 その要請に従い、全世界に散らばる評価クラスタが活性化していき、コーマがアンガヴァンスペースに接続していることが評価の対象になる……はずだった。


 テルーは驚愕の表情でふわりと着地する。


「プログラムは発動したはず!? 何故、クラスタからの応答が……」


「残念だったねえ、お嬢さん」


 コーマが不適な笑みを湛えつつ言う。海後もテルーも、驚異と敵意の視線をそれへと向け続ける。


「『完徳か人間性かイムペカビリタス・アン・ウマニタス 』は僕らのチームが作ったプログラムさ。何年も前にね。まさかこれほど大規模に信用されるものになるとは思わなかったけど。もちろん、これが自分達に牙を剥く可能性も考えて保険は構築してあるさ。バックドアとしてね。バックドアは我らがチームが作った非オープンソースのプログラム全てにある。今それを利用させてもらったのさ。停止コマンドを遅らせてもらった。クラスタたちは何の通知も受け取ってはいないよ」


 つまりコーマに対しては彼のチーム由来のプログラムは効果を為さないということか――。


 コーマがかなりの数のプログラムを作成したというのは有名な話だった。


 しかしどこぞのだれが作ったかもわからない匿名のそれにまで手が及んでいるとは海後たちは考えもしていなかった。


 ならこれはどうだ?


「15000エレメンタム、消費バーン!、『匿名記者アノニマス・リポーター』、冗長化リダンダント!!」


 海後が唱えた。


 三重の冗長化。


 三体の海後のデッドコピーの仮想アバターが出現し、アンガヴァンスペースの外へと遷移しようとする。


「無駄だよ、日暮」


 コーマ支配下の仮想の計算機が活性化する。


 上空から不気味な重低音の唸りを降らせるそれは、一瞬で海後の『匿名記者アノニマス・リポーター』の仮想アバターをハッキングし、動きを止めてしまう。


 完全に停止するそれだった。


(どうすればいい?)


 海後は自問する。テルーもまたそうだ。


 無意識にカチアを見る。能力から言えば、彼女がもっとも有望だ。


 装備しているプログラムこそ凡庸だし、事前の打ち合わせでも変わったことは口にしていなかったが、その高度なハッキング能力に期待せざるを得なかった。


 しかし、そんな間もなく、


「今度はこちらからいくよ」


 コーマの声が響いた。海後が嘲るようにそれに答える。


「ふっ、あんた、違法プログラム、持っているのか? あんたほどに注目され続ける人間ならそんなものそう簡単に手に入れられる機会があるものじゃ……」


「『勝者総取りウィナー・テイク・オール』(オリジナル、違法性:ブラック、消費エレメンタム10000)」


 特大の赤と黒のエフェクトが場を包んだ。それは吹き荒れる嵐のように場にいるすべてのアバターを包んだ。

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