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ブロック11「純粋さ」

「メグリ! 取引所に連絡つけろ。今そっちのサーバーに入ってった奴は重犯罪者だってな」


「回答が来たよー。読み上げるね。『申し訳ありません。該当するお客様が犯罪を犯しているか否か当取引所では判断できかねます』、だってさ」


「ふん。管理局め。こちらが取引する際は色々難癖つけてくるくせに、上位層アッパークラス相手だと顔パスか」


「そういうものよ、日暮海後、神崎メグリ。この社会の理不尽の一つね」


 海後はバイナリ―コインとエレメンタムの取引所の入り口で、審査待ちアバターの群れの中に紛れていた。


 いや、おしくらまんじゅうのように周囲のアバターに圧され、潰されかけていたとも言えようか。


 接触判定を勝手にいじって、他のアバターをすり抜けたりして行動するのは違法だから、どうしようもない。


 海後の悪態が聞こえる。


「クソ! 一瞬メグリの妨害を破ったと思ったらこんなところに逃げ込むとは!」


「日暮海後、あなたには珍しい失態ね」


 カチアはウィンドウの中で無表情のまま言う。


 メグリと海後は、一週間一緒にチームを組む訓練をしたあとも皆目中身の見えないウィンドウの中の少女にじろりと視線を送った。


「言ってろ。それより相手のロケーションの追跡、怠るなよ」


 海後がカチアをチームに引き込んだ理由はいくつかある。


 そのハッキングの腕を買ったからと、実務上の意味で定期的に連絡が取れる関係を維持したかったのと、何より、本当に信頼できるか見極めるためだった。


 例の企業の不正に突っ込むのはその後でも遅くはない。


 そう判断したのだった。


 例の謎の違法プログラムは未だに正体が解析できていない。


 複雑すぎてソースコードを得られないのだ。


 海後は取引所に入ろうとごった返す群衆の中からサイト遷移で一瞬にして抜け出ると、移動先の広場のサイトでメグリと情報の確認をする。


 相手の基礎的なスペックはわかったか、と問う。


「はいはーい、公開情報の限りでは、保有ハードウェア能力が5000コスト分。エレメンタムが4000コスト分。今取引所で買い増してたり裏に隠してる分があったらわかんないけど、これが奴の当面の戦力だね。いやー、それにしてもハードウェアが5000コスト分!? 法律で制限されてる限度いっぱいの計算能力じゃん! 自宅にそんなおっきなマシンを置いてるの?」


 通常、個人や零細企業、団体が大規模な計算を必要としたとき、自前のマシンではなくネット上で取引される計算資源リソースに頼るのが普通だ。


 エレメンタムを消費バーンして貸与されるそれは基本的に計算資源貸し出し業者以外の人間の自由にはならない。


 いや、そういう業者も法律上、自由に自分のマシンの計算能力を使えるわけではないのだが、ここは割愛しよう。


 ともかく、普通の収入を持つ個人が自前でマシンを用意できるなど考えにくいことなのだった。


 そうすると敵の素性はある程度把握できるな、と海後は言った。


「標的はかなり裕福、か」


「勝ち組のボンボンってわけね」


 メグリが、うらやましい! と続けた。


 海後も含め、所詮彼らは社会の中位層ミドルクラスの中の最上位層に過ぎない。


 資金量から見れば、彼らの前には持つ者と持たざる者の断絶が大きく横たわるのだ。


 ほとんどの主役プレミアプランにとって、個人で自由に使える計算資源を用意するなど、金銭的に無理な話なのだ。


「ふん、まさにいよいよ豚だな。犯罪などせずに壁に守られた豪華な家で無害なネット遊びにうつつを抜かしていればいいものを」


 カチアが諫める。


「日暮海後、今のうち言っておくけど、あなたはいろいろなことを学ぶべきよ。特にあのセイという元仲間の言葉から……」


「偉そうに言うな。この三人のユニットで行動している時は俺がリーダーだ」


 それだけ言ってメグリの言を打ち消してしまう。


「……海後、あたしはカチアちゃんにさんせーだな」


 海後は苛立ちを隠さずに、


「メグリまでどうした? この一年、一緒に正義の戦いに身を捧げて来たじゃないか。もしかして、『正義の反対はまた別の正義だ』とか、その類の青い考えに染まったのか? 少年漫画の読み過ぎか? 勘弁してくれよ。この世の正義は一つだけだ。違法かどうかだけなんだ。法を犯したアカウントを狩る。それが俺たち主役プレミアプランだろうが」


 そうだけど、という消極的な言葉しかメグリは紡ぐことができなかった。


 カチアは、嘆かわしいと言って、


「法で裁けない悪はいくらでもいるわ。そういう存在があなたの目には入らないの?」


 海後はその言葉を無視して、標的が取引所から出たかどうかを問い返す。


 ちょうど、出てくるところらしかった。


 その遷移先のサイトに同時にジャンプする。


 ブランクサイト。


 相手もるつもりらしい。


 真っ白な空間の中には標的と海後、それからメグリとカチアのウィンドウだけ。


 海後はメグリにブロードキャストの開始と標的のサイト遷移の妨害を要請する。


 海後が公開チャットで話しかける。


「自分から死地で待ち受けるとは殊勝じゃないか、犯罪者君」


 そのアバターは少年の恰好をしていた。


 アバターと実際の容姿を大きく乖離させるのは許可されにくいうえ、万人が好き好んで選択する容姿でもないことから、リアルを忠実に反映していると判断していいだろう。


 海後が、おどおどして落ち着かない様子の少年に問う。


「なぜ、マシンを保有できるほどの富裕層のお前が犯罪に手を染める?」


 フォロワーを喜ばせるためのお話タイム。


 大抵、待ち受けるタイプの標的はそういう無駄なトークを好んだ。


「おいら、強くなりたかったんだ」


 そういうことか、と海後は合点がいき、随分素直な奴だという感想を持った。


「その素直さを今からでも発揮してほしいものだ。さあ、大人しく違法行為の履歴を差し出せ」


 少年は首を強く横に振った。


 拒否の意だけを含んでいるわけではないようで、海後はどういう意味か全く分からなかった。


 次の台詞も、一瞬どういう意図で言っているのか受け取り損ねた。


「ちがうよ、おいらは君たちのような社会の理不尽な犠牲者のための資金を溜めてただけなんだ。助けたいんだ、君たちを」


「なんだって?」


「あはは、何、この子。かわいいじゃない?」


 メグリの笑いは無視して海後は考える。


 こんなやつが、かつていたか? と。


 もし本当に言ってること通りなら底抜けの善人か阿呆だ。


 年若い犯罪者というだけでも極度に珍しいのに、こんな青臭い、見方によっては侮辱的ともとれる動機を持っているなんて。


「日暮海後。この少年は大いなる徳を持っているわ。誰にでもすぐわかることよ。『魅惑の愛撫ブランディエントゥール』を使わなくてもわかる部分、公開されている部分を検索すれば」


 海後は自分の意識を検索画面に移すような隙を晒す愚を犯さず、メグリにやってもらう。


 すぐに結果が出た。


「へーっ、なるほどねぇー。見てよ海後。この子すごいよ、下位層ダウナークラスの人たちの居住区に御付きの人と出向いて公共ネットワーク端末を設置したりしてるんだって。あの、アカウント無くても誰でもアクセスできるやつ。違法なのによくやるよね」


 メグリの感心の声。


 個人チャットに切り替えることなく、気兼ねなく海後はこう言う。


 フォロワーにも少年にも聞こえる声。


「だからどうした。犯罪で穢れた金でそうしているのだろう? フォロワーからの浄財でも、受け継いだ資産でもなく」


「それだけじゃ全然足りなかったんだ!」


 当然、標的の少年から反応が返って来る。


「ねえ、そっちも協力してよ。困ってる人が大勢いるんだ。僕だけの力じゃ到底間に合わない。もうつぎ込めるお金はほとんどつぎ込んでしまった。まだまだ足りない。そっちはフォロワーが沢山いるんだろ? 僕にだっているけど、なんだか、こういう目的に賛同してくれる人はあんまりいないみたいで……」


「そりゃそうだろう」


 海後は冷たく言い放つ。


「ほとんどの人間がエンターテイメントを求めて誰かのフォロワーになっている。善行を積もうだなんて考える人間がそれより多いとは思えん。みんな、ぶっちゃけた話、血が見たいのさ。そうだろう?」


 海後のフォロワーから怒涛のようにコメントが送られてくる。


 大意はどれも同じ。


 その通りだ、と。


 そしてそれを少年にも見えるように大ウィンドウに展開して公開する。絶句する少年だった。


「残念だが、俺も、俺のフォロワーも、お前とは求めるものが全く違う。大人しく、なるようになれ」


「これはもはや暴力よ、日暮海後」


 彼にしか聞こえないチャットボイスが響く。


「この荒んだ社会の中で、これだけのことができる彼は宝石のような存在よ」


 苛立つ海後は返答しない。


 黙って少年の動きを見張っている。


「あなたのフォロワー数の増減を見なさい」


 海後はひそかにグラフを表示してそのデータを見る。


 標的の「情状酌量の余地のあるエピソード」が明らかになった直後はいつもそうだが、フォロワー数は減少する。


 そして、今回の減り方は比較的大きかった。


「これが答えね。あなたを好き好んでフォローしているような、残酷な人間たちでさえもこうして良心を持っているのよ、日暮海後。このまま少年に手を出せば沢山のフォロワーを失うかもしれないわね」


「海後、どーする?」


 海後は不敵な笑みを浮かべる。


 にやりと、アバターの顔を歪ませ、歯を見せつつ、


「知れたこと」


 と、グループチャットで一言言い、次は公開チャットで、


「言いたいことは終わったな、じゃあ、手に縄をかけさせてもらうぞ」


 と。


 ずんずんと少年の方に進んでいく。


 カチアはもはや何も言わないが、メグリは騒いでいる。


「ねえ、本当にやるの!? あたし、もう、なんか、セイの言った事とかさぁ」


 海後は今度はグループチャットで、


「メグリ。妨害を続けるんだ。それと、情報をくれ」


 メグリは応答しない。


「メグリ!」


「はいよ……」


~日暮海後~

・保有エレメンタム 16300

・戦闘手段

  『その人を見よエッセ・ホモ 』(違法性:ホワイト、コスト100エレメンタム)

  『魅惑の愛撫ブランディエントゥール』(使用法によっては限りなく違法に近いグレー、コスト10エレメンタム)

  『極限疲労(サウザンドヤードステア―)』(違法性:グレー、コスト500エレメンタム)

  『天網恢恢ドリームキャッチャー』(オリジナルコマンド、違法性:ホワイト、コスト1000エレメンタム)

  

  

~武田ノブミツ~

・保有エレメンタム 23000(内、保有ハードウェア能力5000)

・戦闘手段

  (不明)


「敵は、取引所でだいぶエレメンタムを買ってきたみたいね。保有エレメンタム量はこっちより多め。消耗戦、勝ち目ないよ」


 他の情報はない。


 いつものことだ。


 海後は牽制から始める。


「510エレメンタム消費バーン増速ブースト、『極限疲労(サウザンドヤードステア―)』」


 間合いの内へと瞬間移動し、相手の動きを止めようとする。


 武田少年の対応は、


「ハードウェア起動、500エレメンタム相当量、『修正無用の否定アンモディファイド・ネガティブ』(違法性:ホワイト、コスト可変エレメンタム)!!」


 自分を対象とする攻撃プログラムと同コストを支払い、それを無効とする。


 海後の『極限疲労(サウザンドヤードステア―)』が打ち消される。


 海後は舌打ちをする。


「あらら。これで消耗戦確定か。でも保有エレメンタムに向こうに有利な差があるから勝ち目はないね。どーする? 帰る? それオススメだけど」


「まだこれを試していないさ。『その人を見よエッセ・ホモ』」


 触れることで相手のアカウントの大まかな違法履歴の有無を判定するプログラム。


魅惑の愛撫ブランディエントゥール』ほどの証拠能力は持たないが、取るべき行動の指針にはなる。


 海後はそれを起動アクティベートし、増速ブーストして少年に近づく。


 少年はサイト遷移を封じられて、今いる場所をぐるぐると逃げ回るしか出来ないから、必然檻の中のおいかけっこになる。


「やめてよ! どうしてだよ! 僕が何をしたって言うんだ!」


 必死で逃げ回りながら、海後にとっては戯言にすぎない言葉を発し続ける少年。


 戦うつもりはなかったのか。


 海後は少々違和感を覚えるが、少年に追い付き、ついに捕まえたことにより、その感覚を一旦脇におく。


 触れた結果は、違法履歴あり。


「『天網恢恢ドリームキャッチャー 』」


 海後を中心に球状に広がる白い空間が少年を包む。


 再度ハードウェアを起動し、さらに増速して逃げようとする。


 それを海後が阻止する。


「5000エレメンタム、消費バーン、『極限疲労(サウザンドヤードステア―)』、冗長化リダンダント!」


 十倍に冗長化された『極限疲労(サウザンドヤードステア―)』が少年を襲う。


 すかさず『修正無用の否定アンモディファイド・ネガティブ』で打ち消す。


 しかし冗長化されたそれをすべて打ち消すために、どうしても対応にラグが生じ、一瞬、動きの鈍化を許してしまう。


 結局、『天網恢恢ドリームキャッチャー 』の作り出す粘性の空間に包まれる少年。


「ううっ、これは何……なんなんだ!?」


 特に対象を限定しない、範囲内のアバター全てに効果を及ぼす『天網恢恢ドリームキャッチャー 』 には単一対象プログラムに対抗するための『修正無用の否定アンモディファイド・ネガティブ』は使えない。


 アカウント履歴に汚点を残す少年のアバターは粘着質の物質で拘束される。


 甚大な量のデータで構成されるそれは簡単には解読して消失させられない。


 強制的に接触判定を与え続け、アバターをその場に拘束する。


「あっけなかったな」


 少年はもがく。


 しかしどうしようもない。


 海後はゆっくりアバターの歩を少年の下へと進める。


「楽な仕事だった。坊主。どこで何を使った?」


 フォロワーが知りたがっているだろう手前、一応そう訊いてみる。


 返答を期待しない質問で、まさか答えが返ってくるとは思わなかった。


「『匿名記者アノニマス・リポーター』だよ、ある組織の不正を告発するために使ったんだ、僕が告発したとばれるとマズイから」


 フォロワーたちが騒ぎ始める。


 コメント欄は大荒れだ。


 これはいくら何でもひどいんじゃないか? こんな善人を、とか、どうせでたらめだ、とか、早く殺すところを見せろ、とか。


 コメントしている人間の内、割合としては、救済派が二割、抹殺派が八割と言ったところか。


 海後のフォロワーはもともと血を好むから、こういう結果になるのは海後にもメグリにもわかっていた。


「正義の徒が聞いてあきれるわ。あなたのフォロワーがあなたという人物を端的に表しているのよ。この男の子を手にかけた瞬間、それは決定的になるわ。あなたは所詮、残忍な人間の群れに哀れな人間から切り取った肉の一部を投げ与える酷薄な人間狩マンハンターよ」


「黙れ」


 海後はカチアとの個人チャットを一時的にブロックしてしまう。


 カチアが映っていたウィンドウが閉じられる。


 これで耳障りな言葉も聞かなくて済む。


「ねえ、海後」


 今度はメグリだった。


「この子をどうにかしちゃうのはやっぱ……」


 海後は折れない。


「俺の主義を曲げるわけにはいかない。ここで見逃す方が問題だと判断する」


「海後!」


(――それがあなたの選択なのね、日暮海後)


 今度はハックしてチャットを送って来る。うっとうしいことだ。


 海後は仲間たちの声に耳をふさぐ。


 そして動くことのできなくなった少年のアバターに手を触れ……。


「『魅惑の愛撫ブランディエントゥール』」


(――ダメよ! ダメ!)


 海後のパーソナルウィンドウに少年のアカウントの履歴が流れ込んでくる。


 膨大な公的機関、NPO法人への寄付の履歴の中に、ぽつぽつと違法行為の履歴が混じっている。


「ね、ねえ!」


 少年はアバターを震わせながら海後に声をかける。


 それを邪魔することはない。最後の言葉こそ海後のフォロワーが欲するものだ。


「『魅惑の愛撫ブランディエントゥール』で履歴を見たんならわかるだろう! 何もやましいことはしていない! 正義のために働いてるだけなんだ!」


「俺には違法行為の履歴しか目に入らないね」 


「みんなのためだよ!」


 少年の叫びが空虚な白いサイトの中に響いた。


「アカウントの違法売買の証拠も掴みたい、困ってる人が大勢いるんだ、だから、僕はここで終わっちゃいけないんだ」


 海後のアバターの指がピクリと震える。


 その言葉が嘘でないことは確かに得られた履歴を見るだけでもわかった。


 不正かつ足の付かない行為で手に入れられたバイナリ―コインは、一部がアカウント売買に反対する市民の会に寄付されていた。


(――この子の親の財力なら別のアカウントを買うこともできるでしょうね。……違法だけれども。だから社会的な死は回避されるでしょう)


 つまり、ここでこの少年を告発することは、アカウント売買という悪事に間接的に手を貸すことにもなるわけだ。


 一瞬、逡巡を見せる海後。しかし……。


(曲げるわけにはいかない)


「海後、本当にやるの?」


 海後は仮想キーボードを表示し、通報用ショートカットキーに手を伸ばす。


 躊躇。


 コメント欄を見る。やめろ! という声と、やれ! という声が混ざっていた。


 ため息をつき、ウィンドウの中のメグリの顔を見る。


 とても不安げだ。


 だがメグリの美学に反する行動を海後がとっても、愛想を尽かさずについてきてくれる様は、なんともいじらしかった。


 いよいよ海後がキーを押しかけた、その時だった。


 何者かの不可視のてのひらが海後の肩に触れ、触覚情報がアバターから海後に伝えられたのは

*



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