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ブロック9「剣闘士の決着」

「同胞だと?」 


「僕らの兄弟です。哀れな、犯罪に走るしかなかった彼ら。あなたたちのような、主役(プレミアプラン)の『正義』の犠牲者たち。もうこんな悲劇を繰り返さないと誓ってくれますか?」


 海後はセイの言葉を理解できないという風に、


「お前も沢山俺たちのまねごとをしてきただろうが」


 と。セイは首をゆっくりと横に振った。


「確かに、確かにそうです。だから罪を償わなければ。海後さん、あなたを消すことによって。いいえ、それだけじゃないんです。これまでに消してしまった以上の人間を救わないと。まず、他の主役(プレミアプラン)達も止めて……」


「どうかしてるぜ」


「ねえ、セイ、あたしたち、仲直りできないの?」


 そんな言葉はもう似つかわしくないどころか、悲惨な響きすら伴っていた。


 もはやセイと海後の間の溝はどれだけのものをなげうっても埋められない。


 譲歩という資源は、お互いの前に横たわる崖を埋められるだけの量が用意できなければ無意味なのだ。


 そもそも二人には一片の譲歩の用意もないのだが。


 セイも海後も、現状認識の足りない人間の言葉は無視する。


 しかし次に彼女が言ったのは無視できない言葉だった。


「ごめん、海後! もうセイの『匿名記者(アノニマス・リポーター)』 の自動アバターを止められない! 公共サイトに出られちゃう!」


「そうか……」


 海後は冷静だった。


 何か、覚悟を決めたような様子だった。


「おやおや、諦められたのですか? いいでしょう。破れかぶれで『極限疲労(サウザンドヤードステアー)』 で近づいて『魅惑の愛撫(ブランディエントゥール)』でも使ってくるかと思いましたが」


 それにはぴしゃりと答えを返す海後。


「アンガヴァンスペース以外でのお前の履歴の完璧さは知ってる。無理矢理情報を吸い出しても違法なモノは何も出てこないだろう」


 セイのアバターが怪訝そうに眉をひそめた。


「……それじゃあ、何の勝算があって私から逃げない選択肢を選んだんです?」


 海後は得物を前にした猟犬のような笑みを浮かべた。


 今度はセイがゾクリとする番だった。


「信用していないわけではないが、メグリにも秘密にしていたことがある」


「え? 海後、どういうこと?」


「違法アプリを使えるアンガヴァンスペースにアクセスするのだぞ? 防御用だけでは心もとない。治安の悪い地区に行くときに官憲に隠してナイフを持つために、あらかじめ行き先にそれを隠しておくような、そんな悪知恵さ」


 セイを見つめつつ、海後は本来あり得ないはずの、割り当てストレージ上限を超える五つ目、新たなコマンドを唱える。


「『吟遊詩人(ミンネジンガー)』(違法性:グレー、コスト5000エレメンタム)」


「馬鹿な! あり得ません!」


 セイが叫んだ。


 驚いたのはメグリも同じだ。


 こんなことは聞いてない、メグリもセイも、仲間と認めた相手なら何一つ隠し事はしない主義だったが、海後は違うのだった。


 それは過去を話さなかったことからも明らかだった。


 切り札を隠し持っていることをセイは予想すべきだったかもしれない。


「どういうことですか……」


「シャドウ・ストレージさ」


 本来、誰のアカウントも、保持できる仮想ストレージ量は決まっている。


 ネット上に収めておけるプライベートなデータは限りがあるのだ。


 戦闘用の、巨大な容量を要するプログラムは、誰しも四種までしか装備できない。


 それを、海後は裏技を使って限界を突破しているわけだ。


「アンガヴァンスペースの中でしかできない芸当だ。昔、このサイト内でのみ引き出せるシャドウ・ストレージを用意していてな。お守り代わりに入れておいたのさ。考えられる攻撃に対処できるプログラムを二つほどな。そのうち一つは違法プログラムだ」


「違法プログラム!」


 セイとメグリのつぶやきが唱和する。


「『吟遊詩人(ミンネジンガー)』の効果、それは、フェイクニュース、つまりデマ拡散機能だ。俺に不利なニュースが作成されたとき、発動すれば自動的に5W1Hを無作為に改変したフェイクニュースを作り出し拡散し、情報の信頼度を極端に下げるわけだ。メグリ、『匿名記者(アノニマス・リポーター)』への妨害を解除していいぞ」


「ホ、ホントに? ……おっけー」


 それまでサイト遷移を妨害されていたセイの自動アバターは瞬時にアンガヴァンスペースから公共サイトへ抜け出し、海後が悪魔崇拝者であることをキリスト教団体に告発する。


 しかし、同時に何万という数の似たような告発がなされた。


 どこの誰が悪魔を見ました、どこの誰があなたたちを崇拝しています、どこの誰が……といった具合。


 これで海後に危険が及ぶ可能性は著しく下がるだろう。


 安全は確保されたわけだ。


「こんな……」


 セイは信じられないという風に呆然と後ずさる。


 彼の攻撃手段は封じられたのだ。


 諦めたような言葉を口にする。


「……これとあと、違法プログラムがあるんですよね?」


「ああ、そうだ」


 メグリがハッとして、


「海後! 許してあげて! セイは……」


「黙ってろ。メグリはセイのサイト遷移を阻害していればいい。セイ、覚悟はできてるな?」


 セイは逃げようともしなかった。


 負けました、とだけ言って、うなだれた。


 海後は最後のプログラムを発動する。


 しかし、


(――本当にそれでいいの?)


 カチアの声だった。


「カチアか。お前も黙るんだ。裏切りは絶対に許さん。万死に値する」


(――その人も自分の正義を貫こうとしている人なのよ? あなたと少し違うだけ……)


「知ったこっちゃない。裏切りは許せない。こちらの問題だ。黙っててくれ」


(――ダメ! その人はあなたの仲間ではなかったの?)


「黙れというに! 『重力法則(ローズ・オブ・グラビティ)』(違法性:ブラック、コスト5000エレメンタム)!!」


 周囲の環境のポリゴンがブロックノイズを生じさせる。


 露店のポリゴンを具象化させていた演算が、滞る。


 そしてそれは崩壊し、ポリゴンの形が崩れていく。


 周囲のあちこちで同じ現象が起きた。


「これは……」


 セイが恐怖しつつ呟く。


「教えてやる義理もないが、メグリに解説する意味もあるから言ってやろう。これはサイトを具象化させているネットの分散型、ないし中央管理型のインフラに莫大な負荷をかけて、内部のアバターの速度を低下させるプログラムだ」


「そんなことをしたらあなたも……」


「無論対象範囲は選択できる。要は、『極限疲労(サウザンド・ヤード・ステアー)』の、そう簡単には止められない強化版というところか』


 ズズズ、と海後やセイを取り巻く環境がどんどんテクスチャの劣化させられた、大昔のゲーム画面の様になっていく。


 最後の言葉を残すこともなく、セイのアバターは完全に停止した。


 周囲の景観は相変わらずバグでも発動しているかのように乱れていたが、それ以外に被害はないようだった。


 セイがこのままログアウトしてもアバターだけは残り、アンガヴァンスペースのハイエナのような人間たちにいいようにされるだろう。


 セイの主役(プレミアプラン)としての、ネットにアクセスできる社会的地位を持つ人間としての人生は、終わったのだ。


「――終わったね、海後」


「ああ。そうだな」


 メグリと海後はしばらくの間、仲間、いや、仲間だった人間のアバターを見つめていた。


 口を開いたのは、メグリだった。


「ねえ、セイが言ってたこと、どう思うの?」


 同胞を狩る海後達は、とても正義の徒とは言えないという、あのセリフである。


「下らん戯言だ」


 メグリのアバターはウィンドウの中で考える顔になる。


 物憂げに。傷ついた様子で。


「どーほーねえ……。ねえ、たとえ本当にあたしたち主役(プレミアプラン)とあたしたちが狩ってた犯罪者たちとが同じ立場の裏表なんだとしたら。そうしたら、あたしたちってまるで地獄で戦わされる剣闘士みたいだね。フォロワーに血の饗宴を見せて喜んでもらう血まみれのピエロ」


「お前までそんなこと言うのか」


「ごめん。セイは許されないことをしたよね。あたしは絶対そんなことしないよ。絶対海後の味方だから。ずっと」


「ありがとう」


 ネット越しの協力関係だけで、リアルで顔を合わせたこともない二人だったが、メグリはその信頼の確かさを確信していた。


「終わったわね」


 海後は振り向いた。


 セイのアバターから分捕れるものを違法に分捕ろうと、集まって来る群衆に混じって、カチアがいた。


 海後は問う。


「俺のことが気に入らないようだが、ではどうして俺に構う? 単なる取引相手でもないのだろう? 俺に告白でもしたいのか?」


 メグリの心臓が跳ねたが、当然誰も気づかなかった。


 カチアは、


「観察は済んだわ。やはりあなたは私の思う通りの人間のようね」


「そりゃどうも」


 メグリが敵意も露わに、


「ずっと見てたの? あんたねえ、人が仲間割れしてるの観て楽しい? いー趣味してるね」


「楽しくないわ」


 そう言うとカチアは海後の正面に歩み出る。


「今、どんな気分? 日暮海後」


 海後は目を険しくさせて、いい気分なわけないだろう、と言った。


 そう、と、カチアは返して、


「何も感じてないんだと思ったわ。あなた、そういう人でしょう? ずっと見てたわ」


「お前、俺のフォロワーだったのか?」


 カチアは頷く。


 じーっと海後の顔を見つめている。


 メグリは激しいイライラを感じ始めた。


「あなたの記録はすべて見たわ。公開しているものもしていないものも。ハッキング、ごめんなさいね。でもそれで興味をそそられたのよ。良い腕をしているわね」


 海後のアバターが眉根を下げる。


 それで妹の姿を取るだなんてことができたのか、と納得した。


「客観的に見て、俺より上はいくらもいる。なぜおれを選んだ?」


 カチアは表情を変えずに、


「あなたが上位陣の主役(プレミアプラン)の中で唯一アンガヴァンスペースへのアクセス歴を持っていたからよ」


 と言った。


「ちょっとまちなよ! あり得ないじゃん!」


 メグリが驚きと共に叫ぶ。そう、あり得ない話だった。


「っていうことは、海後自身がぶっちゃける前にアンガヴァンスペースへのアクセス歴を把握してたってこと? それは不可能だってば、特定されないからこその中央からの不統治空間(アンガヴァンスペース)なのに……」


 カチアは頷く。


「その通りね。でも、私はそれを知ることができる」


「その証明は?」


 海後が問いかける。


 カチアのアバターは少しだけ顔を上げて、


「あなたがアンガヴァンスペースに初めてアクセスしたのは2043年の4月30日よね?」


 その瞬間、海後は戦慄した。


 それは記憶と完全に符合するからだ。


 メグリがしきりに本当なの? と訊いている。


「何者だ、お前は」


 もはやセイとの悲劇的別れの余韻は完全にカチアの存在にかき消されていた。


 彼女は問いかけに答える気はないようだった。


「それはどうでもいい」


 一歩、二歩、にじり寄る少女のアバター。


 海後は本能的に一歩退いた。


「私の目的はある企業にクリティカルなダメージを与えること。それだけよ。日暮海後。これはあなたにとってとても興味をそそる話のはずだけど……」


 海後はアバターの眉を寄せて疑問の感情を顔に出した。カチアが続ける。


「アカウント売買。件の企業はそれに手を染めているわ。そしてもう一つの犯罪にも……」


 セイのアバターとアカウントがアンガヴァンスペースの住人にいいようにされるのを見るのは忍びなく、三人は別の場所に移り、これからのことを話し合うのだった。

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