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どうやら俺が愛した人は死ぬらしい

作者: サクラもちお

 俺が5歳の頃、両親は亡くなった。いつも笑顔で優しくしてくれたのを今でも覚えている。


「翔也良くやった!誰にでもできることじゃないぞ」


 道で倒れたおばあちゃんに駆け寄り落ちた荷物を拾ってあげた時、そう言って頭に置かれたその大きくて温かい手。自分が少し大人に慣れたような気がする。俺は父のその手が好きだった。


「翔也は優しい子ね」


 ちょっとしたことでもそう言って腕を大きく開いて思いっきり優しく抱きしめてくれる。ふわっと母親特有の温かさに包まれる。俺は母のその抱擁が好きだった。


 そんな2人にもっと褒めてもらいたくて頑張ろうと決意したのが5歳の頃だった。

 しかし、その決意も虚しく2人は帰らぬ人となった。

 俺の誕生日プレゼントを2人で選ぶためにお互い仕事を早く上がっていたらしい。その道中で事故にあった。その日は俺の誕生日の前日。朝起きた俺に明日はテーブルいっぱいのご馳走を用意するからね!と張り切っていた母。そのご馳走を食べることはもちろん見ることさえも叶うことはなかった。

 まだ幼稚園児だった俺には理解が出来なかった。もう2人に会えない、その事実を受け入れられるだけの器がなかったのだろう。

 

 父方の祖父母は俺が生まれる前に亡くなっていたため、引き取られたのは母方の祖母の家だった。いきなり訪れたその状況に加え、あまり話したことがなかったため我ながら最初の頃は冷たく接していた。

 けど、言う事を聞かない俺に祖父母は優しく言い聞かせてくれた。なかでも祖母は本当に優しかった。


「翔也は一人じゃないよ」


 祖母の優しい言葉。どこか母を思い出すその優しさに俺が心を開くまでそう時間はかからなかった。

 そんな祖父母も俺が心を開いてから1年経たずに亡くなった。祖母が両親と同じように事故で亡くなり、後を追うように祖父も病気で亡くなった。

 親戚は俺を疫病神を見るような目で見て即座に孤児院に押しつけるように預けた。


 それからの暮らしはあまり記憶にはない。小学校ではどこで噂を聞いたのか俺のことを疫病神だと言うやつがいた。

 中学でも似たようなことがあったが全部無視をした。

 親の残してくれた遺産で高校に通って卒業したが何も楽しいことはなかった。その頃の俺は人を信じることができなかったからだ。自ら人と関わることを避けていたのだ。


 高校を卒業して、就職してからも俺は誰とも関わらないようにしていた。最初の頃は新人の俺を気遣って話しかけてくれていた人たちもそんな俺を見かねて自然と近寄っては来なくなった。

 一人を除いて。

 

「翔也くん、良かったらお昼一緒に行こう」


 俺と同期でもある彼女の名前は白井 麗美。ゆるく巻いた長い髪、少しためれながらも大きな目と整った鼻と口。誰が見ても可愛いとは感じるのではないだろうか。明るい態度とその可愛らしい容姿から一見ふわふわしたように見られがちな彼女だが、自分の意志をしっかり持ってる芯のある人なのはこの1年だけでわかった。

 そんな彼女がなぜ俺なんかに声をかけてくるのか分からない。


「俺はいいから、一人で行ってくれ」


 必要以上に関わらないようにするためそう言う俺を彼女は悲しそうな目で見つめてくる。

 そんな目で俺を見ないでくれ。


 彼女が俺に話しかけてこない。そんな日は一度もなかった。毎日何かしら話題を持って話しかけてくる。その理由は分からない。正直迷惑だった。


「翔也くん、駅前に美味しいお店ができたの知ってる?今度一緒に行ってみない?」


「翔也くん、今日私占い一位だったんだよ。翔也くんは占いとか見るタイプ?」


 俺に関わらないでくれ。


 ある日の日曜日、俺は近くのスーパーに買い物に来ていた。車も持っていないため俺は基本歩くしか移動手段がない。買うものを買って、家へと向かう帰り道見覚えのある顔が前から歩いてくるのが見えた。


「あっ!翔也くん」


 白井だった。

 両手に買い物袋をぶら下げてる俺に近寄ってくると笑顔で買い物?なんて問いかけてくる。


「どうして俺なんかに関わるんだ?」


 白井の問いかけに答えず、俺はずっと感じていた疑問を素直にぶつけた。

 一瞬きょとんとした表情をした彼女だったが、すぐにいつもの屈託のない笑顔に戻ると


「翔也くんみたいな優しい人あんまりいないから」


…俺が優しい?いつも冷たくしてきたというのに。


 しかし、俺の目を真っ直ぐに見て答える彼女の言葉に嘘があるようには思えなかった。

 何も言わない俺を見て彼女はそのまま続けた。


「いつも翔也くんが誰よりも早く来てみんながやりたくない仕事をしてくれてるよね。それに何よりも私が本当に困ってる時に助けてくれたのはあなただった」


 たしかに朝早くに出社して必ず残っている仕事は俺がやっていた。白井が大きなミスをした時に、誰しもが関わらないようにしていたから俺にできる範囲で手伝ったことはあった。


「誰にでもできることじゃない、私は知ってるよ。翔也くんが優しい人だってこと」


ーーーーー

「翔也良くやった!誰にでもできることじゃないぞ」


「翔也は優しい子だね」

ーーーーー


 なんで2人と同じことを言うんだよ。父さん、母さん。


「…それでも俺に関わるな。父さんも母さんも婆ちゃんも爺ちゃんも俺が愛した人は皆死ぬんだ!」


 そんなこと言うつもりはなかった。だが言葉が出てしまったのは、2人と同じ言葉をかけてきた彼女にもしかしたら気づかないうちに気を許していたのかもしれない。

 俺はそのまま今までのことを簡潔ながら彼女に話した。


「そういう訳なんだ。だからもう俺には関わらな」


 彼女は俺が言葉を言い切る前に思いっきり抱きついてきた。ドサっと手に持ち続けていた買い物袋が落ちる音がしたが彼女はそれを気にすることなく口を開いた。


「大変だったね。大変だったよね」


 何回も涙を流しながら彼女は掠れた声で似たような台詞を繰り返した後、彼女は続けた。


「でも私はいなくなったりしない。翔也くんを一人にしない。これからは私が翔也くんの側にいるから」


ーーーーー

「翔也は一人じゃないよ」

ーーーーー


 婆ちゃん。


 プツっと糸が切れたように俺の頬を大粒の涙が流れるのがわかった。その後しばらく泣き続けた俺たちは真っ赤に腫れたお互いの目を見て笑いあった。


 あれから数ヶ月、俺たちは頻繁に一緒に出掛けるようになった。社内でも以前よりどこか明るくなった俺を見てまた話しかけてくれるようになった人達もいる。学生の頃にはなかった楽しい思い出もいくつかできた。全て彼女のおかげだ。


 今日は彼女が見たいと言っていた映画を2人で見るために雨が降る中傘を差しながら歩いて映画館に向かっていた。

 雨は嫌いな人が多いかもしれないが俺は正直嫌いではない。雨の中を歩いていると嫌だったこと、気にしていたことが全部洗い流されてリセットされるような気分になるからだ。


「映画楽しみだね」


「そうだな」


 面白い事の一つも言えない俺に彼女は気にする事なく楽しそうに話しかけてくれる。

 彼女のその笑顔を失いたくない。俺は今そのことだけを考えて生きている。俺にとっての生きる意味を与えてくれた彼女。絶対に大切にする。


「翔也くん!」


 隣から聞こえた彼女の焦るような声、直後に突き飛ばされたような衝撃。

 前のめりに勢いよく倒れた俺は何があったのかわからなかった。振り返るとそこには歩道に突っ込んでいる真っ赤な軽自動車と横たわる彼女。


「麗美!」


 彼女の体からはこれでもかと溢れんばかりの真っ赤な血がドバドバと流れていた。まるでもう彼女は助からないと言われているかのように。


「麗美!麗美!しっかりしろ!」


 俺は急いで携帯を手に取り救急車を呼びながら麗美の元に駆け寄った。


「…翔也くん」


「麗美!大丈夫だ。今救急車を呼んだから。すぐに助けが来るから」


 だらっとした麗美の手を握りながら焦る俺の言葉に麗美はいつもの笑顔を見せる。そして振り絞るような声で言った。


「私との約束。絶対に自分を責めないでね」


 そう言った直後彼女はすっと力が抜けたように目を閉じた。


「…麗美?」


 俺の頬を濡らし、未だ振り続ける大粒の雨が止むことはなかった。



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